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龍からハブへ

作者: まさみ
掲載日:2021/12/28

挿絵(By みてみん)


俺の名前は(タツ)

仲間内じゃあゴマシオのタツって呼ばれてる。通り名の由来はいぶし銀の胡麻塩頭だ。

年齢は還暦をちょい出たところ、足腰は健康だし気力は衰えちゃいねえ。

俺の縄張りは新宿駅構内と山手線。

ここは日本トップクラスの規模と利用者数を誇る駅で、毎日何万何十万って人間が乗り降りする。

みんな携帯をいじったり連れとだべったり目先の用事に大忙し。ながら作業は危険だって、親は教えちゃくれなかったのかね。


ベテランスリ師にとっちゃ新宿駅は入れ食いの釣り堀。

山手線の車両内の仕事も捗るが、ホームですれ違うヤツの財布を狙うのも上々。

新宿駅に来るヤツは誰も彼もあくせくして、その大半がズボンやハンドバックのポケットに無造作に財布を突っ込んだままだ。

券売機で切符を買う手間を考えりゃ、そっちの方が都合いい。

その日も俺は競馬新聞を広げ、構内で獲物を物色していた。


「ぶっ殺されてェかガキ!!」

濁声の恫喝に顔を上げりゃ少し離れたコインロッカーの陰で、前をはだけた学ランの下に、赤いフードパーカーを着込んだやんちゃそうなガキがヤクザに絡まれていた。

「人様の財布に手ェ付けてやがって、指詰めるかえェ?」

ヤクザが声を張り上げて脅せど、ガキは意固地にダンマリをきめこむ。

癖の強い髪に右目の下の泣きぼくろ。

唇をへの字にひん曲げて、向こうっ気が強そうな面構えだ。

「ぐっ!」

ガキの鳩尾に蹴りが炸裂、たまらず呻いて突っ伏す。

さらに前髪を掴んで横っ面を張り飛ばす。

「親は?住所は?学校どこだ、慰謝料たんまりぶんどってやるから覚悟しな」

「よりにもよって兄貴のカネくすねようなんて怖いもの知らずな」

「お前も運がねェな、別のヤツ狙えばいいのに」

柄シャツにチェーンネックレスの舎弟がニヤケ面で冷やかす。

灸をすえられたガキはといえば、口の端をねじってふてぶてしい笑みを作る。

「勘違いすんな、アンタだから狙ったの」

「なっ……」

「図体でけえしノロマで助かった。背広の胸ポケットこれ見よがしに膨らませて、分厚い札入れだと思ったら殆どカードで使い物になりゃしねえ」

「コイツ!!」

まんまと挑発にのせられ、額に青筋立てたヤクザが拳を振り抜く。

あーあ、めんどくせえ。

「すいません旦那、ウチの孫が迷惑おかけして」

「あァ?」

平謝りに頭を下げて歩み寄りゃ、ゴツい拳がガキの鼻先で止まる。

「てめェコイツの保護者か」

「ホントすいませんね、俺に似ちまったみてえで手癖が悪いんですよ。ぼけっと突っ立ってねえでお前も謝れ」

「は?」

「いいから」

「痛てっ」

険のある目付きでいきがるガキの膝裏を蹴り、強引に頭をさげさせる。

間抜けなやりとりにヤクザが妙な顔をする。

「爺さんもスリかよ」

「ヘイ、このへんじゃゴマシオのタツって呼ばれてます」

さりげなく名前をだしゃ、ヤクザたちの顔色が変わる。

「おいテメェ、なにヘラヘラしてんだ。孫の躾もできねー挙句にスリの自己申告かよ、土下座して慰謝料を痛ッで!?なんで叩くんスか兄貴」

「ばか、この人は組長の」

ヤクザが舎弟に耳打ちすりゃあ即態度が改まる。

「本当すいません、今日の事はよく言って聞かせますんで。俺の顔立ててここらへんで勘弁しちゃくれませんか」

「……しかたねえ。次やったら切った指踊り食いさせるぞ」

仏頂面のヤクザに手の甲で追い立てられ、ガキをひきずり退散する。

新宿駅を出た俺の手を早速ふりほどき、ガキが不満をたれる。

「離せよ。余計なことすんな」

「東京湾に沈められてーのか」

そっぽを向くガキの横顔をまじまじ眺めて聞く。

「さっき言ってたのホントか」

「何が」

「最初っからヤクザを狙ったのか。なんでだよ、他にいくらでも安牌転がってんのに」

俺の当然の指摘にガキは妙な顔をする。

スリをしたのに咎められず、ヤクザの財布を狙った意図に興味津々食い付かれちゃ、そりゃ困惑するわな。

「どうでもいいじゃん、赤の他人に関係ねえ」

「恩人にむかって恩知らずな」

「どうせあと二・三発ボコられてしまいだった、派手に暴れりゃ警察すっとんでくるしな。余罪蒸し返されてヤバいのはあっち」

「それが狙いか?」

「さあな」

すっとぼけるガキ。タイミングを読んでその腹が鳴る。

「お前、ラーメン食いたくねえか」


新宿駅の近くの安くて汚いラーメン屋、油じみたカウンター。

傷んで綿がはみでたスツールに並んで座り、割箸を割る。

「へいおまち、チャーシューメン一丁」

「あんがとさん」

ねじり鉢巻きの親父がだしたラーメンを美味そうに啜る間も、ガキはムッツリ黙り込んでる。

「早く食わねーと冷めちまうぜ」

「なんでおごってくれんの」

「いやなら付いてくんなよ」

警戒しているくせに空腹に負け、大人しく暖簾をくぐったガキを割箸の先端で促せば、覚悟を決めて丼と向き合い、のろくさ割箸を割る。

「安くて汚ェ店だがそこそこ美味くて量多いのがウリだ」

「ッ!」

割箸に麺を絡ませ、吐息で冷ましてからかっこもうとして、ガキが顔をしかめる。

「気付かなくてわりぃ、口ン中切れてんのにラーメンはNGか」

「……冷ましゃ食える」

「伸びちまったらまずいぞ」

「もったいねーから」

ふてくされて呟き、よくよく用心して麺を口に運ぶ。怪我の痛みに僅差で食欲が勝ったらしい。

しばらく二人でラーメンを啜るのに集中する。

途中横目でうかがえば、ガキは口内の痛みにいちいち顔をしかめながらも、ラーメンを夢中で啜っていた。

「ひょろっこいなりして、ちゃんと食ってんのか」

「…………」

「最後に食べたのは」

「昨日」

「何食った」

「味付け海苔」

「お前ね、育ち盛りが味付け海苔で飢えしのぐなよ」

「うるせえな、カネねーんだよ」

「親はなにしてんだ」

「…………」

「父親は」

「競馬か競艇」

「母親は」

「パチンコ狂い」

「学校は。まだやってる時間だろ」

「…………」

「サボりかよ。とんだ不良だな」

「ほっとけ」

「で、新宿駅でスリのまねごとってか」

どうやら家庭環境に恵まれてねえらしい。昼っぱらから新宿駅を徘徊して、ヤクザの財布をかっぱらてんだからお察しだ。

レンゲで汁をすくって飲みながらさらに突っ込んだ質問をする。

「名前は」

「なんで知りたがんだよ気色悪ィ」

「ガキガキ呼ばれるのが好きなのか。半殺しのピンチを助けた上に昼飯おごってやったんだ、そん位教えたってばちあたらねーぞ」

「マサト」

「どう書くんだ」

「真人間の間をとって真人」

ガキが不愉快の極みといった渋面になり、割箸の切っ先で宙に書くもんだから、おもわず吹き出しちまった。

「スリ予備軍の中坊が真人間の真人ね、こりゃ傑作だ。で、なんでヤクザの財布を」

「腕試しだよ。トロいカモよか歯ごたえありそうだったし」

なかなか骨のあるガキだ。

丼を抱え込んで汁までキレイにたいらげたあと、ようやく人心地付いたガキが気まずそうにこっちを見る。

「ゴマシオのタツとかいったっけ。なんで助けてくれたんだ」

「同業の誼。先達の情け。好きなの選べ」

「同情ならいらねーよ」

真人が鼻を鳴らす。スレた横顔にゃ大人は信じねえと書かれていた。

スツールから身を乗り出して、真人の顔を覗き込む。

「カネに困ってんのか」

「……俺の年でできるバイトっていったら新聞配達ぐらいだし、他にあったってろくすっぽ稼げやしねえ。いいだろ別に、あるところからしかとってねえよ」

それがヤクザを狙った本当の理由か。

やっと本音が聞けて溜飲をさげる。真人は俺が見込んだ通りのヤツらしい。

爪楊枝で前歯をせせりながら、癇の強さが眉間の川の字に出た真人に諭す。

「スリは癖になる。真っ当に働いて稼いだ方が自分の為……って言ったって聞かねェか」

「今の成績じゃどのみちいい会社なんか入れねえ。高校いけるかも怪しいもんだ」

「行く気はあんのかよ」

「まあな」

「スリでためたカネを進学にあてんのか、けなげだねえ」

「喧嘩売ってんのかよ」

「ロートルの知恵を売ってんだ」

スツールごと真人に向き直り、股を開いて懇々と説教かます。

「連れがいるのを選ぶなァ無謀だ、ぼっちを狙え。ぞろぞろ手下を引き連れてるなァ論外だ。電車でも道端でも近付くなァ困難だし上手く懐に入れた所で離脱も困難でいい事ねえ。目端が利くのがまざってりゃバレる危険も跳ね上がる、最初は手堅くいけ」

「具体的に」

「胸ポケットを狙うのは十分経験積んでからだ。尻ポケットは死角だが胸はすぐ目に入る、膨らみ消えてたら一発で気付くだろ」

「十分積んだ」

「半人前の未熟者が口ごたえすんな、だったらなんでバレたんだ」

真人が俯いて悔しそうに唇を噛む。

おもむろにその右手を掴んで裏っ返す。

「そこそこ場数積んでるってのはデマじゃねえな」

真人の指にはペンだことは違うたこができていた。財布をスリまくった証拠だ。

てのひらをさわって肉付きを確かめる。

「一日一個どころじゃねえ、最低百個はスリまくらねーとこうはならねーぞ。相当もうけたんじゃねえか」

「スるのと返すのはセットだよ」

わけがわからず目を瞬けば、ほんの少し痛快そうにほくそえんで種を明かす。

「バレねえようにスって返す、自己流の修行ってヤツ」


驚いた。

コイツの言い分が本当なら、真人は駅構内を歩く人間の財布を片っ端からスッて返してたことになる。


「分厚いのからは何枚か抜いたけど、金持ちにとっちゃ誤差の範囲」


スるだけなら簡単だ。

一瞬で必要な分だけ抜いて返すとなると、難易度は倍に跳ね上がる。


「変わってんなあ。キャッチ&リリースは反射神経こそ鍛えられんだろうが、カネだけ抜いてガワは捨てちまうほうがずっと楽なのに」

「誰かからのプレゼントかもしんねーじゃん」

思いがけぬ返答が虚を突く。

ガキの横顔を穴が開くほど見ちまうが、冗談やデマカセを言ってる気配は微塵もねえ。

「スリ師がとった財布の出所心配すんのか、シュールだな」

「ガワだけでも帰ってきたほうがなんぼかマシ。貰って嬉しかった気持ちまでスりたかねェし」

あきれ半分感心半分感想を述べりゃ、真人はあくまでそっけなく、ラーメン食ったら腹がふくれるとでもいうふうな当たり前の道理を話す。


コイツはこの年で仁義を通す大切さを知ってる。

スリに仁義もへったくれもねえと世の中の真人間どもはいうが、案外そうでもねえのだ。

少なくとも、人様の財布を質に流したりゴミ箱に突っ込んで知らんぷりする悪どい輩じゃねえ。


「青臭いねェ。スリで食ってく算段か」

「特技で食って何が悪ぃ、俺にはこれっきゃねーんだ」

真人が自分のてのひらを見詰めて独りごちる。

「必死に勉強していい会社入ったって、切られるか潰れるかしたら路頭に迷うじゃん。その点スリなら安心だ、両手さえありゃ自分の食い扶持位余裕で稼げる」

「人様の儲けを横からかすめとる仕事だ。履歴書に書けねーだろ」

「説教うぜえ」

「『私からあんたへのお願いはいっこだけ、真人間になって』」

「あ゛?」

真人が眉を左右対称にして、突然寝ぼけたことを言い出した俺を凝視する。

「ガキ連れて出てった女房の置手紙だよ。それだけ書いてあった」

女房とは三十年会ってない。

スツールに体重をかけ、ラーメン屋の壁に貼られたお品書きに虚ろな視線を投げる。

「俺もテメェと同じ時分にこの業界に入った。で、ずーっとこの仕事やってきた。日雇いだの雀荘の下働きだの他と掛け持ちしたこともあるけどよ……幸い向いてたもんで家族の食い扶持位は賄えてたんだが、ある日カミさんにバレちまった」

「なんで」

胸の内に忸怩たるものを感じ、苦味の成分が勝った笑みが滲む。

「ブランドもんの財布を持ち帰っちまったんだ」

「質に流すの」

「カミさんの誕生日プレゼントだ」

しょぼくれて白状すりゃガキが一瞬あっけにとられ、温度が急低下した眼差しで軽蔑。

「最ッ低だな」

「いい財布だったんだよ……」

女房にゃ苦労かけ通しで、結婚指輪を除けばろくすっぽ贈り物もしてこなかった。

その罪滅ぼしを兼ねて女が喜びそうな財布を持ち帰ったんだが、新品だって嘘はすぐ見破られ、女房は怒り狂った。

「中身に手ェ付けるのも許せねェが、他人の財布を連れ合いによこす性根に幻滅したとさ」


どんな安物だろうが、よしんばそのへんに転がってるガムの包み紙だろうが、人様からスったお下がりよかずっとマシだ。

凄腕だの伝説だのおだてられて調子にのってた俺は、そんな当たり前の事実をすっかり見落として、取り返しの付かねえ過ちをしでかした。


女房はハリボテのガワより真っ当な中身が欲しかったのに。


「で?シケた身の上話聞かせて、二の舞になるなってか。余計なお世話だよ」

「誰にもやり方教えてもらってこなかったんだろ、井の中の蛙だな。新宿駅はスリの釣り堀だが、釣り針はこっちの鼻先にもたれてるって忘れんじゃねーぞ」

ガキが鼻を鳴らしてスツールを下りた時、店内で怒号があがる。

「こんなまずいラーメンでカネとろうってか、ふざけんな!」

テーブル席の片隅に座ったひねこびた中年男が、親父にむかって唾をとばす。

「すいませんお客さん、なんか気に障りましたか」

「どうもこうもねえよ、麺が固すぎで汁はしょっぱすぎだ」

「ごめんなさいね。それじゃお会計を」

「はあ?テメェ馬鹿か、逆にこっちが慰謝料欲しい位だ。俺ァ絶対払わねえぞ、まず客が満足いくもの出してから代金請求しろよ、ぼったくりじゃねえか」

「食い逃げは勘弁してくださいよ、作り直しも最初に言って頂ければ」

「それがクソまずいラーメンをキレイに食ってやったお客様に対するセリフか、土下座で謝れ!こちとらネットに書き込んで潰してやってもいいんだぞ!」

恐縮する親父を責め立てる悪質クレーマー。丼をからにしといて開き直るのはお門違いだ。周りの客はすっかりびびって箸を止めちまってる。

クレーマーを冷ややかに白眼視するガキの前を横切り、「まーまー」と間に割り込む。

「そーかっかすんな、他のお客の迷惑だろ」

「誰だアンタ、関係ねーヤツあひっこんでろ」

「ここの常連なもんでね。口に合わなかったかい、俺は大好きなんだが」

なれなれしくクレーマーの肩を叩き、右手に無個性な革財布を翳す。

「親父、この人の分も会計頼む」

「でもお客さん」

「いいっていいって俺のおごりだ、同じ店に居合わせたのもなんかの縁だろ」

「話がわかるなアンタ、こっちの頑固オヤジたあ大違いだ」

「ちょっと待てよ」

真人がたまらず駆け寄るが、とっととカネを払って店を出る。

「釣りはいらねーよ」

暖簾を分けて颯爽と表にでれば、腑に落ちねえ真人が食い下がる。

「お人好しが過ぎるぜ、なんだってあんないけすかねーヤツの分まで」

「払ってねえよ」

からっぽの両手をヒラ付かせりゃ目をぱちくり、戸を閉めたラーメン屋と俺の背中を何度も見比べる。

「スったのか」

「テメェが食ったぶんはテメェで出すのが真人間だろ」

「どうやって……」

「財布は一切動かさずカネだけ抜くのは上級テクだ、ただの札入れならさもあらん形状によっちゃ手間が増える。身体に密着してる方が違和感でバレやすい」

真人にゃほんの三秒、肩に触れただけに見えたはずだ。

それこそがブラフで、片手が注意を引き付けてる間に死角で悪さを働く。

「簡単な視線誘導のトリックだよ。ま、実際おさわりすンのはハードル上がるから推奨しねーけどな。飲食店じゃ滅多にやんねーよ、よっぽど金欠ン時除いて」

ブルゾンのポケットに手を突っ込んで、雑踏に立ち尽くす真人に挑発的な一瞥をよこす。

「なあお前、弟子入りする気ねえか」


真人は筋がよかった。ことスリの才能なら俺以上だ。

俺たちは人でごった返す新宿駅で待ち合わせて練習を重ねた。反抗期真っ只中のガキが師匠の押し売りを受けたのは意外だったが、目の前でクレーマーの財布をスッたのが利いたらしい。

人としてはともかく、スリの腕前は渋々認めざるえないって所か。

俺たちゃデコボコ師弟だった。

真人は学校をサボって新宿駅に入り浸っちゃ財布をスリまくり、俺は持ち得る限りの技と知識をコイツに伝授した。

「手首の返しがなってねえ、止まってるヤツを狙え、歩き方でボロがでる、スッたあとの視線のブレを調整しろ。すれ違いざま盗って返すのは基本ができてからだ」

ジジイの口うるさい注文に、いちいち嫌な顔しながら真人はよく従って、めきめき力を付けていった。

「タツさんてヤクザにも顔利くの」

「やぶからぼうになんだよ」

「俺を助けた時の話」

「アレか。アイツらの上とちょっとした知り合いなんだよ」

「雀荘仲間とか?」

「オフレコだぜ」

キヨスクで買ってやった喉飴を転がす真人の隣、ダミー用の競馬新聞を広げて肩を竦める。

「この近くに事務所持ってるヤクザが、金庫からハジキ盗まれちまってよ」

「は……?」

あんぐり開いた真人の口ん中、グレープ味の飴玉が丸見え。

「人ごみに紛れちまえば追跡はむずかしい、電車に乗っかるまでが勝負だ。新宿駅に逃げ込んだ所で見失ったとかで、たまたま近くにいた俺に白羽の矢が立った。界隈で鳴らしてるゴマシオのタツっていや、ヤクザにもそこそこ顔が売れてたかんな。連中は言った、こん中の誰がハジキを持ってるか当ててみせろ、失敗したら商売道具を没収……即ち指詰めだって。10分後、俺が指さした男が引っ立てられてきた」

「なんでわかったんだ」

「歩き方、目の配り方、鞄の持ち方もろもろ。コインロッカーに服突っ込んでスーツに着替えてやがったが、プロが見りゃ一発でわかる」

そして俺はヤクザに恩を売り、居酒屋でだべる仲にまで昇格した訳だ。

「スリほど人を見る目が試される仕事はねえぞ。ガワから中身を値踏みするんだ」

「わかった」

よく言って聞かせりゃ、珍しく素直に頷く。


ある日新宿駅の近くを歩いていると、ちょっと引っ込んだ路地裏で中学生が絡まれてるのを目撃した。

「もうやめてください、お小遣いは全部渡したでしょ」

「万札持ってこいって言っただろ、これっぽっちじゃゲーセン代にもならねェよ」

学ランの胸ぐらを掴んで脅す、ニキビだらけのいじめっ子。取り巻き含めた3人に包囲され、貧弱メガネのいじめられっ子は気の毒にびびりまくる。

「オラ鞄渡せ」

「こ、これは塾の月謝で」

「約束の分持ってこなかったお前が悪ィ」

「何してんの」

聞き覚えある声に視線をやりゃ真人がいた。

羽生(ハブ)じゃねーか。最近ガッコで見ねーと思ったら堂々サボりか、貧乏人はひっこんでな」

「放してやれば?すっからかんって言ってんじゃん」

舌打ちに構わず急接近、さりげなくメガネを庇って立てば、今度は真人の胸ぐらが掴まれる。

「テメエからむしったっていいんだぜ」

真人がニッコリ笑って相手の肩を叩く。

「急いでっから許してくれよ」

俺は見た。

反対の手がいじめっ子のケツに回り、鎌首もたげるハブさながらの剣呑なしなやかさで財布を抜く瞬間を。

盗った財布をパーカーの腹ポケットに滑り込ませ、両手を中に突っこんで開き、何食わぬ顔で万札を3枚渡す。

「しょうがねえな」

ご満悦のいじめっ子が踵を返そうとした刹那、再びパーカーに引っ込んだ手が放たれて尻ポケットに財布を挿げる。

「ありがとう羽生くん」

「べそってんじゃねーよ、とっとと行っちまえ」

いじめられっ子の背中汚れをはたいて送り出す真人。パーカーのポケットに両手を入れ、新宿の雑踏に紛れる足取りはめっぽう早い。

「アイツ……もうコツを掴んだのか」

路地の入口で新聞を広げて成り行きを見守ってた俺は、弟子の成長ぶりに舌を巻く。


肩においた左手に注意を引き付けてから右手でスり、フードのポケットん中に放りこむ。

真人の手捌きは獲物に毒牙を突き立てるハブさながら、凄まじい冴えを見せていた。


人様に言えねえ、履歴書に書けねえ仕事だからこそ、俺たちゃ自分の流儀を守り抜く。

自分にできる範囲で真っ当であろうとする。

新宿の生ぬるい風を切って大股に歩く真人には、酸いも甘いも噛み分けて世間の荒波乗りこなす、ふてぶてしい伸びしろが感じられた。


大事なのはガワじゃなくて中身だ。

龍からハブへ、代替わりする日も近い。

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