5話 クエスト進行中
ギルドから出て、まずは南区に向かうことにした。
最初に説明を受けた【失せ物探し】の依頼者は子供だったし、できるだけ早く見付けてあげたい。…と言っても、見付けたブローチをギルドに提出するのは、配達クエストを終わらせてからなんだけど。
南区へと歩いていると、視界の右上に表示されてるミニマップに変化があった。確認のために、ミニマップをステータス画面のように目の前に呼び出してみると、俺が歩いた周りが灰色からセピア色に変わっている。どうやら自動マッピング機能によって、確認されたところがセピア色に変化するようだ。マップを拡大すると、俺を示すポインターが表示され、そのポインターを中心に、大体半径3メートルほどがセピア色に変わっていた。
「なるほど。地図の魔道具はこういう仕組みなのか」
マッピングの有効範囲が直径で6メートルもあるなら、同じ場所を何度も往復しなくて済みそうだ。しかも建物の前を通るだけで、その建物が何なのかを自動的に表示してくれる。
「さすが魔道具。便利だなぁ〜」
マップ画面を見ながら、俺は思わず感心してしまった。
VRゲームが完全没入になってから、よりリアル感を出すために、ゲームからマップ機能がなくなった。だからどのゲームにも、都市やダンジョン内などの地図は、自分でマッピングするのが基本だ。
AWOも例に漏れず、マップ機能がない。より正確に言うなら、地図の魔道具か、商店などで売られている地図を所持してないと、周辺の情報が得られない仕様になっている。
商店などで売られている地図は、都市の案内図をパンフレットにしたようなもので、手に持ってないと見ることができず、その都市の情報しか得られないため、安い。逆に魔道具は、1つ持っているだけで、都市に行けば都市の、ダンジョンに入ればダンジョンの情報が得られ、得た情報を幾つも保存できる。しかもインベントリーに入れたままでも使用できるため、かなり高価だ。…と言っても、地図の魔道具にはピンからキリまであって、一番性能がいいものは、1千万Gもするらしい。性能が一番低いものでも、300万Gはするって話なんだがら、所持金が1000Gしかない俺には、到底手が届かない代物だ。
……え? 地図のことや魔道具の価格はどこ情報かって?
勿論、βテスターたちのまとめサイトですけど?
マップ画面を消して、再び視界の右上にミニマップが表示されたのを確認すると、俺は南区に足を踏み入れた。
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ギルドで説明を受けた通り、南区は住宅街だった。
日本では見られない三角屋根のアパートメントが建ち並び、通りでは子供たちが無邪気に遊んでいる。その近くには、主婦らしきご婦人たちが集まって、井戸端会議に花を咲かせているようだ。
そんな光景を眺めながら、まずは南門までのメインストリートを歩くことにした。
アルビスタは城郭都市で、東西南北の4ヶ所にフィールドへと繋がる門扉がある。中央区は、その4区に囲まれているから門扉はないが、各区は物理的に区切られているため、区から区への移動は中央区を経由しないと行き来できないようになっている。
南門が近付くにつれ、プレイヤーの姿を見掛けるようになってきた。きっと南のフィールドでレベル上げに勤しむんだろう。
次々と南門を通り抜けていくプレイヤーを尻目に、俺は南区の地図の調査を完了させるために、路地以外の道をひたすら歩き回った。路地を後回しにしたのは、ブローチの件があるからだ。
ブローチはきっと、どこかの路地に落ちている。確信があるわけじゃないけど、人通りが多い通りで落としたのなら、誰かが拾って落とし物として届けられていてもおかしくないからだ。勿論、拾った人がネコババした可能性もなくはないが、子供が身に付けるようなブローチを、大の大人がネコババなんてしないだろう。拾ったのが子供だった場合は――――…またちょっと事情が変わってくるかもしれないが。
とりあえず、ギルドへ依頼が出された時点では見付かってないし、今もクエストが進行中なんだから、まだ見付かってないんだろう。案の定、俺が歩き回った通りでは、ブローチは見付からなかった。
ブローチの代わりに見付けたのは、地図との相違点だ。地図では、男性兵舎と女性兵舎が隣り合っていたけど、実際は両兵舎とも離れた場所にあり、西区方面に男性兵舎が、東区方面に女性兵舎が建っていた。
そういえば……兵士らしき格好の人が門の近くにいたな…。
フィールドに出るわけじゃないから、あまり気にしてなかったけど、確か…帯剣した同じ服装のNPCが数人いた。多分彼らは門番だったんだろう。
――――門番なら、ブローチについて何か知ってるんじゃ…?
落とし物として届けられている、とか。
……さすがにそれはないか。
ギルドに依頼する前に、ブローチが届けられていないか確認してるだろうし、もし落とし物として届けられたのなら、すぐに相手に連絡がいくはずだ。
それでも、まぁ…一応、念のため。
門番にブローチのことを尋ねてみたけど、やっぱり届けられてはいなかった。
路地以外のすべてがセピア色に変わってるのをマップで確認し、俺はいよいよ路地に足を踏み入れた。
路地といっても、成人男性2人が余裕ですれ違えるほどの道幅で、それほど入り組んでもない。いちいちマップで道を確認しなくても迷うことはないだろう。
路地を進みながら、道端に置かれた木箱などの物陰を注意深く見て回った。……しかし、何も見付からない。近くにいたNPCたちに訊いても、結果は同じだった。
路地にあると当たりを付けて探し回ってみたけど、どの路地にも、ブローチの手掛かりすら見当たらない。そもそも、路地にはゴミ一つ落ちてなかった。
「この路地で最後か……」
マップ上に残った、唯一灰色に染まっている路地。ここが最後だ。
――――この路地で見付からなかったら、ネコババの線で探すしかないな…。
そっと息を吐いて、最後の路地に足を踏み入れた俺は、道端で何かがキラリと光ったのに気が付いた。
初めての出来事に、俺は慌てて蹲み込んだ。抱えていた卵を片膝に乗せて、光った辺りを探ってみる。すると、1センチほどの白い球が落ちていた。
拾い上げて鑑定してみれば、それは【白い宝珠】と呼ばれるもので、何かの装飾品の一部らしい。
「ブローチの飾りの一部…かな?」
鑑定ではそこまでは分からない。とりあえず、インベントリーに入れておこう。ブローチの一部なら、絶対に必要になるはずだ。
どんどん路地を進んでいくと、道端や物陰で【黒い宝珠】と【紫色の宝珠】と【赤い宝珠】を見付けた。…けど、肝心のブローチが見付からない。
――――これは……ネコババの線が濃厚になってきたな…。
路地の終わりが見えてきて、俺は思わず溜め息を吐いてしまった。
ブローチを探すだけの簡単なクエストだと思っていたけど、ネコババした相手を捜し出すとなると話は別だ。依頼者である子供から話を聞かなきゃならないし、その子の友達や、その子の行動範囲外にいる大人を疑わなきゃいけなくなる。…けど、そんな手間取る内容のクエスト、サービス開始直後の第一エリアに、用意されてるか?
つらつらと考えながらも辺りを気に掛けていると、道端に置かれた木箱が赤マーカーだった。それは、破壊可能オブジェクトを表すマーカーで、これまで見てきた木箱にはなかったものだ。
今までとは違った変化に、俺はその周辺を徹底的に調べた。物陰には何もない。片手で動かせる範囲で木箱を移動させても、何もない。
「………木箱を壊せばいいのか…?」
杖で殴れば壊せるだろうけど………本当に壊してもいいのか? 壊した後で、この木箱の持ち主に弁償させられたりするんじゃ…。
俺の所持金……1000Gしかないんですけど…。
どうするか悩んでいると、木箱の蓋が開くことに気が付いた。蓋を開けてみれば、中に入っていたのはよく分からないガラクタの数々。その中に、三日月型のブローチがあった。
「見付けた…!」
散々探し回った三日月型のブローチ!
見付かったことに安堵しながら木箱からブローチを取り出すと、目の前にメッセージウィンドウが現れた。
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【お知らせ】
依頼品を発見しました。
目立った損傷もなく、何の問題もありません。
ギルドに提出しましょう。
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…うん?
「……………もしかして、この木箱が赤マーカーなのって、クエストの成否を計る……罠…だったから?」
そうじゃなきゃ、わざわざ【お知らせ】に『目立った損傷もなく、何の問題もありません。』なんて書かれたりしないよな…っ?!
――――あっぶな…! 破壊可能だからって木箱壊してたら、中のブローチも壊してたよ!
木箱を壊すか迷って、本当によかった! 短絡的に箱を壊してたら、クエスト失敗になってたかもしれない。
ホッと息を吐いて、インベントリーにブローチを入れる。
とにかく、ギルドにブローチを提出すれば、【失せ物探し】のクエストはクリアだ。
木箱の蓋を閉じると、俺は南区の地図調査を完成させるために、残り十数メートルの路地を歩き出した。
孵化まであと――――22:43:15。




