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第一章 第三話 何でも屋のジャック 後編

本文 後半です。

同刻・森の中


 さて、場面は再び森の中。

 ネル少年が地面に描いた、ただの円形から光が漏れ出した。光は粒子となり浮かび上がり、複雑な図形へと変わってゆく。

 僕は自分の見ているものが信じられなかった。土の上にさっと書かれた円が魔法陣として動き始めている。本来それは精巧に用意された平面に、定規をつかって緻密に時間をかけて描くものだからだ。

 図形はさらに形を変え球形になる。


「そんな!?球形の魔法陣!?」


 魔導帝国ですら儀式で発動させたと言われる大魔導だ。裏舞台を知らない僕が信じられるはずがない。

 輝く球体はやがて、人が隠れる事ができる程の大きさに膨れ上がる。

 そして、光の粒子をまき散らしながら弾け飛飛んだ。


 光粒子を身にまとい、中から二人の人影が現れる。


 一人は似合わない商人の服装をした歴戦の戦士。その顔に刻まれた刀傷には英雄の風格が漂う。渋くてカッコいい壮年男性だ。

 その腰に下げられた護身用の短剣が魔法陣の残滓となる光の粒子を受けてキラキラと輝いた。マジックアイテムが強力な大魔導の残滓によって輝いているのだ。こんなことは魔法大学の実験室でしかお目にかかれない現象だ。


 でもね、その英雄が膝を折りかしずく女性への驚きはその比ではなかったよ。

 流れる金髪に女神のような美貌、その立ち姿は支配者の風格に溢れていた。さらに、その美貌に劣らぬ装い。

 光の粒子は彼女の首輪から服までの全てをゆっくりと流れるように輝かせていた。


 魔力の残滓を受けて輝くのは魔道具の証なんだ。そして布状に織り上げることが出来るのは魔力で織られた魔伝導繊維。

 現代ではもう織ることの出来ないその糸は、古代超魔導帝国の遺物をばらばらにして糸に戻すことでしか手に入れることが出来ない。

 その希少性は高級品なら衣服に数本織り込める程度。最高級品でも格子状に織り込むのが限界。

 一着まるまる魔伝導繊維のワンピースが現存するなんて聞いたこともない。


 首輪で束縛された美貌の女性と商人。

 普通に見れば奴隷商人と奴隷のはずの二人が、そんな当たり前の者であるはずがないと僕は確信していた。

 それはそうだ、おとぎ話に出てくる本物の帝国騎士と皇女様なんだもの。


 広がり消えゆく魔力の残滓は動揺している僕の上着、その左袖をも僅かに輝かせた。わずか数本の魔伝導繊維だけども、それでも僕にとっては自慢の逸品だ。


 なお、ここまでネル少年は事態に気付いては居ない。

 君の後ろに描かれた円で起きていたからね。

 やはり僕が選んだ円が一番よかったみたいだ。もっとも、どっちにしても魔法陣の発動はありえないよ。


 やがて、輝きが完全に失われると英雄がゆっくりと立ち上がる。

 そこから発せられるであろう第一声に皆が固唾を飲んだ。

 でも、僕は敢えてそれを遮るように声を発した。


「失礼いたします。私は『なんでも屋のジャック』と申します。お二方は何かの偶然でここに飛ばされたご様子」


 奴隷皇女の視線が静かに僕を見つめる。でも、ここで止まるわけにはゆかない。

 そして、ネル少年。不思議そうに僕を見るな。

 僕は君の後ろにいる二人に話しかけて居るんだよ。


「この場は少々取り込んでいます。ですがそれも直ぐに済みます。事が済みましたらお二人がこちらに迷いこまれた件で私を雇って下さい。必ず、お役に立ってみせます」


 僕の心臓が早鐘のように鳴る。


「誰に許しを得て話しかけておるのか!」


 その声で、ネル少年も後ろに人がいることに今やっと気づいた。

 のんきにそっちかー、外れたなぁーとか言っている。


 僕は、そんな悠長な事を言っていられない、英雄の怒気は僕にむけられているのだ。

 怖い、漏らしそうだ。


 それでも、ここで押し通さなくては、この場の主導権がネル少年のものになるのは間違いがない。

 少年の意図が分からない。

 これが召喚術ならネル少年の一言で僕と依頼人は英雄に殺されかねない。

 それはそうだ、僕がなんとか誰も死なないような解決を探していたなんてネル少年が知るはずもない。僕らはただの二人組の強盗なんだ。


 僕は更に言葉を続けようとする、英雄の怒気は静かな殺気へと変わる。

 駄目か!?

 しかし、それを奴隷皇女が制した。


「よい。下がっておれ...奴隷商人」


 英雄が一歩下がる。いや、奴隷商人と言い張るなら奴隷商人としよう。

 僕は奴隷商人が礼をする際、手を胸に当てたのを見逃さなかった。公的な礼儀作法だ。この時点で僕は、この自称奴隷は国家権力に類する有力者だと目星をつけることが出来た。


「良い判断だ、そして度胸もある。ときにジャックよ、そなた女性であろう?なぜにジャックなどと名乗る?」


 あら、ばれてーら。

 見た目だけならまだ美青年で通せると思うんだけどね。

 魔力の流れにも男女差はあるというから、この方ならそれで見抜いても不思議じゃない。

 僕は敵意が無いことを示すためゆっくりと剣を外した。地面に置くとそのまま片膝を付いた。そして、敢えて胸に手をあて礼の姿勢を取った。届け!この思い!


「はい。このあたりは治安も悪く以前は男として暮らしておりました。何でもそつなくこなしたのですが一芸に秀でることはなく、器用貧乏のジャックと呼ばれておりました。それで名が通ったものですから、今もなんでも屋のジャックとして日々の糧を得ております」


「本当の名前は忘れてしまったの?」


 先ほどまでの威厳に満ちた声ではなく、優しい問いかけだった。


「いえ、そんな事はありません」


「名前はとても大事なものよ。せっかく本当の名前があるのなら勿体ない事だわ。名乗ることを許します」


 何か、名前に思うところがある様子だね。

 ここは素直に名乗っておこう。


「ジャクリーンでございます」

「家名は?」


 家名はあまり言いたくなかった。

「...オーバーシュタインベルガーにございます」


 奴隷皇女の笑みが深まる。なにか思うところがある感じだ。


「へぇ、ジャクリーン・オーバーシュタインベルガー。魔導帝国の皇女の名前ね?血縁なの?」


 本当にその帝国から来ているなんて思いもつかない僕は、この奴隷皇女はえらくマニアックな知識をもっているなと、驚いた。


「僭越ながら、オーバーシュタインベルガーが滅亡した古代魔道帝国の皇族名というのも、あくまで仮説のひとつでございます。それに、おそらくですが泊を付けたい僕の先祖のだれかが勝手に名乗ったものかと」


「滅亡と皇室名ね。…それ、片方だけしか、あっていないわよ」


 僕の知っている限り滅亡は事実である。ならば、皇室の名は、やっぱり誤りと取るしかない。そうかぁ、幼いころは実はお姫様だと信じていたのに。

 しかし、今の自分はどうだろうか?


「おいおい、雇い主を差し置いて何を分けのわからないことを言ってやがる」


 今の私はこんなところで野盗の片棒を担いでいる。

 お姫様には程遠い。



 奴隷皇女に歩み寄る野盗を前にして皇女の魅力に惚けていたネル少年だったが慌てて気合を入れなおした。

 そんなネル少年だけど、二人の間に割って入ることが出来ない。

 二人の間に立てば僕に背を向けることになるからだ。


「すげぇ美人さんだ」


 すでに、奴隷皇女も奴隷商人も野盗の間合いに入っている。その手にした剣を振り回せば無事ではすまないだろう。


「まて、殺すな!」


 奴隷皇女が叫んだ。


「へへへ、殺しはしないよ。こんな凄い奴隷は初めて見たぜ」


「おい、奴隷商人。この女いくらだ?」


「帝国金貨で10枚だ」


 奴隷商人は事前に設定しておいた金額を告げる。若く美しい奴隷の相場としては悪くないつもりの様だ。


「はははは!おもしれぇ冗談だ!この女が帝国金貨10枚と来たか」


「駄目だ、殺すな」


 野盗が二度目の命拾いをした。

 勘弁してほしい。僕が何のために交渉していると思ってるのさ。

 野盗は自分にとっての死神が誰であるか分かっていない。


 野盗が奴隷に手を伸ばす。

 やめろ!それは流石に庇い切れない。その身に直接触れる気なら、誰が止めようとも触れる寸前に死ぬ。奴隷商人に扮した帝国騎士によって確実に命が絶たれる。


 じゃらり。


 野盗の指が奴隷の鎖に触れる。

 こいつの性格からすると次は鎖を掴んで引き寄せるだろう。首が胴に繋がっていたらの話だけれども。

 意図せず絶体絶命の盗賊を救ったのは、やはりこの子。ネル少年だった。


「やめろよ!」


 少年が二人の間に割って入った。

 僕に背を向け、奴隷皇女を小さな背に護り、真っすぐに野盗と対峙した。


「このお姉さんに手を出すな」


「召喚主様!」


 奴隷皇女は少年がこの状態を見過ごさないことが嬉しかった。

 うん、この子は良い子だ。


「買うならオイラを買え!」


 でも、ちょっとアホの子だ。



 同刻・古代超魔道帝国・謁見の間・特異点対策本部


 皇帝スゴくエライヒト百世は巨大水晶球に映し出される光景を眺めながら、報告を聞いていた。

 いくつものセクションに別れた専門家による分析が次々と伝えられる。


「陛下、追加プロファイリング出ました」


 少年の人格や嗜好は、今後の帝国を左右する最重要の情報だ。


「特異点、アホかわです」


 皇帝がわなわなと震える手で顔を覆う、その足元もおぼつかない。

 その報告に皇帝には危惧する必要があった。


「な、何という事だ」


 再び上げたその顔は絶望に満ちていた。

 帝国騎士が倒れそうになる皇帝を支えた。

 宰相が寄り添い問いかける。


「陛下、いかがなされました?」


「いかん!あの娘は皇妃に似てアホかわいいに目がないのだ。身の回りのものは全てアホかわで揃えようとするほどでな。皇妃も帝国随一の才女と呼ばれながら、アホかわだけには冷静な判断が出来ないほどだった」


 その言葉に宰相が頷いた。


「なるほど、それで皇室に入られたのですね」


 宰相は目の前の現実から目を背けるように巨大水晶球を見上げた。



同刻・森の中


 「召喚主様!」


 奴隷皇女を護るため、僕を無視して間に割って入ったネル少年。

 その雄姿に皇女は花が咲いたように笑顔になった。

 わきわきと動く手はネル少年を抱きしめたくてうずうずしている。


 そのネル少年といえば、背後で貞操を狙う触手が蠢いているとは思いもしない。

 とはいえ、少年は少年で意外と打算を誤算していたりする。計算が苦手な子なのだ。

 そう、目の前の敵とは全く関係の無いことで悩んでいた。

 ネル少年は自身のやる気ゲージを考慮していた。そして、召喚する人物をじゃっかん低く見積もって奴隷の綺麗なお姉さんとしたのだ。

 まだ上がある、伸びしろがあると思えば余裕もあると思っていた。

 もしここで、負けても「いや、奴隷ではなく商人の娘が応援してくれていたら勝った」とか言う気満々だったのだ。

 ところがどっこい、まるでお姫様みたいな人が来てしまった。

 ネル少年の好みどストライクの綺麗なお姉さん。

 いつか思い描いたお姫様そのもの。 


「召喚主様」


「ひゃい」


 背後からお姫様の声がする。


「なぜに、奴隷のわらわをお呼びになられたのか。まだ伺っておりません」


 そうだ、少年は思い出す。


「俺を応援してください」


 わきわきする手をネル少年の小さな肩に添える。

 不意に引き寄せれば、その軽い体はあっさりと奴隷皇女に預けられた。


「妾を助けてください」


「はい!」


 奴隷皇女はトンと背を叩き、ネル少年を後押しして身を離した。

 再びネル少年がハルバードを構えた。後頭部の感触でやる気は十分!


「ああ!?防戦一方だったお前に勝ち目があると思ってんのか?」


 再び野盗の力任せの剣が振り回される。

 

 腕力の差は歴然、当たれば少年などひとたまりもない。

 対してネル少年は真向から受けるつもりはない。

 常に円を描いて動き続け翻弄する。

 実力の差は明白、当てることなど叶はずがない。


 さらに、ネル少年はまだ自分に嘘が付けないお年頃。これはもう、全身全霊をかけて綺麗なお姉さんに良いところを見せなくてはならない。

 最上級の頑張りを、それがこのお姉さんの美しさに対するネル少年の敬意だ。

 

「何でも屋!どうした加勢しろ!?」


「分かってるんだろうな?お前は次に依頼を失敗すると俺から認可証は帰って来ねぇ、ギルドからの斡旋が3カ月間受けられないんだぞ」


 焦った盗賊がチラリと僕に視線を送る。

 あーあ、そんな隙をネル少年が見逃すはずが無いじゃないか。

 ネル少年の一撃を読んでいた僕は左袖に隠し持っていた極細の鞭を抜き取る。

 魔力の残光に輝いてたのはこれだ。


「うごぉ!」


 ネル少年の一撃が盗賊に決まった。

 しかし、その斬撃の大半は僕が盗賊の身体に巻き付けた鞭に遮られ、打撃と化している。

 出血はほとんどない。これで依頼主が死ぬことは無いだろう。


 だがしかし!手元に手繰り寄せた自慢の鞭は、振るったときに比べて長さが三分の二ほどしかない。そう、これより長ければ鞭が奴隷皇女に届くというぴったりの長さに切られてしまった。もちろんネル少年にこんな事は出来やしない。奴隷皇女の後ろで怖い顔をしている奴隷商人の仕業に違いない。でも、今は切られたのが僕か雇い主の首でなかっただけで良しとする。


 その結果に満足そうな奴隷皇女が僕に向き直った。


「何でも屋のジャック」


「は、はい」


「お待たせしました。次はあなたの番です、召喚主様と戦いなさい」


 僕は悟った。

 この奴隷皇女は僕でネル少年に経験を積ませる気だ。

 年上の綺麗な姉さんとしては可愛い男の子に経験を積ませるのはやぶさかではない。

 でも、僕が勝ちそうになったらどうなるだろう?あの奴隷商人が加勢するのか?あの、鞭を切り裂いた神業で?

 そして、負けたとするなら先ほどのように僕を守ってくれる人は誰も居ない。

 これはどちらに転んでもタダでは済みそうにない。


 ところが肝心のネル少年はハルバードの刃に袋を掛けてしまった。

 背負いカバンから取り出した手拭いで汚れた顔を拭き取る。


「女の子とは戦わないよ」


 鞄を背負い直すと、ちょっと拗ねながら言った。

 なんで拗ねているんだろう?


「怪我とかしたら駄目だよ」


 奴隷商人に見習ってほしい。

 それから奴隷皇女の目をしっかりと見て言った。


「応援してくれてありがとう」


 そういうとその小さな体を軽く反らした、これはいけない。僕は慌ててネル少年の背後に廻った。

 少年はキョトンとしている。こらこら、もうすこし警戒しなさい。

 僕はネル少年の背負っている鞄の開いていた留め具を閉めた。

 ネル少年がぺこりと頭を下げた。

 いや、だから頭を下げる前に鞄を閉めなさい。


 緊張感の途切れた場に、そろそろと農夫が壊れた馬車の陰から出てきた。


「終わっただか?」


 農夫はネル少年の手を取り頭を下げる。


「ありがとう。おかけでこの通り怪我もなく無事だ」


「うん、よかった…でも」


 ネル少年の見つめる先には、壊れた馬車と散乱したキャッサバ芋がある。

 車輪が一つ完全に粉砕している。とても修理できるものではない。

 壊したのはのびている野盗なんだけれども、僕も責任を感じてしまう。


「いやぁ。僕が弁償したいのはやまやまなんですよ。でもここ暫く仕事が上手くゆかなくて持ち合わせが無いのです」


 笑って胡麻化すしかない。お金が無いのは事実なんだ。

 ネル少年が奴隷商人にすがる様な瞳を向ける。それを受けて奴隷皇女が問いかけた。


「奴隷商人。我々で買い取ることは出来ないのか?」

「殿下、我々の通貨はこの辺では流通しておりません。仮に買い取ってもこの農夫では金として鋳潰す必要があり、金塊としての価値を示す必要が出てきます」


 ついにハッキリと殿下って言った。


「そんなの無理ですだよ」


「恐らく買い叩かれるでしょう」


 困った。そして居心地が悪い。

 僕なら多少変わった通貨であっても、いずれどこかで適正に現金化出来るだろう。

 しかし、僕が受け取っても意味がない。八方塞がりだ。


「俺、丁度キャッサバが山ほど欲しかったんだ」


 ネル少年はそう言いながら背中の鞄から袋を取り出した。

 広げてみせると、大小の金貨銀貨が入っている。


「おっちゃん。これで俺にキャッサバ売ってくれよ」


 再び袋に戻したお金を、農夫に差し出した。

 確かにこれなら街で再びキャッサバが買える。でもね、ネル少年。


「ありがとう、坊や。でも、さすがにそれは受け取れないだよ」


 大人はソレを受け取れないよ。

 あ、奴隷皇女の手がわきわきと動き出した。気持ちは分かる。良い子だよね。撫でまわして良い子良い子と褒めてやりたい。

 その時、奴隷商人が左手を耳に当てて独り言を言いはじめた。よく見ると、妖精の羽を模したイヤリングを付けている。まだ若いのに気の毒な状態ではない。これは誰かと連絡を取っているね。だからネル少年。可哀そうな目で奴隷商人を見るんじゃないよ。


「大旦那様から許可が出ました」


 笑顔で皆に提案を始めた。何か妙案があることに期待する。


「このキャッサバ芋は、私たちが呼ばれた遠方の地ではとても珍しいものです。帰りも召喚陣ですので運搬の心配もありません。馬車も向こうで修理して利用出来ます。よろしければ私たちに買い取らせてください」


 それが出来れば最善だよね。でも支払いはどうするのさ?


「しかし、既にご説明した通り、私はこちらの貨幣を持ち合わせてはいないのです。そこで、商品でのお支払いでは如何でしょう」


 そう言って、奴隷皇女の両肩に手を添えてグイと差し出した。


「え!えぇ!?」


 一番混乱しているのは奴隷皇女だ。そりゃそうだろう。着ている服の一片でキャッサバ芋どころではない価値がある。もちろん、仮に服で支払われても換金なんてできはしないけどね。


「おら、村に最愛の女房が居るだ。それに鶏ガラみたいな女はこのみでねぇ」


「殺すな!」


「当然ですよ。出がらし殿下」


「出がらしだなんて誰も言っていないでしょう?不敬よ!不敬!」


 出がらしは無いよ。出るところはシッカリ出ている。羨ましい体型だね。農夫からの魅力が労働力に極振りされているのが原因であって、奴隷皇女は最上の美女だよ。


「それでは仕方ありません。でしたら少年にこの奴隷を売りましょう。そのお金でキャッサバ芋を買わせて頂きます」


「それは、助かるだ」


 奴隷商人が奴隷皇女の首輪から伸びている鎖の端を少年に差し出した。


「さぁ、この鎖を手にとってください。これは君の奴隷です。大丈夫です。要らなかったら何処かの街で売ってしまいなさい。芋と違って自分で歩きますから持ち運びも楽々です」


 あ、奴隷皇女様。なんだか嬉しそう。どう考えても、こんな子供に買われるような方ではない。これは訳アリだね。


「きゃー!ダメ、そういうのは子供の成長に良くないんだぞ」


 あははは。好き嫌いの前にエッチな事を先に意識するのが男の子だよね。

 それから奴隷商人は僕にも商談を持ち掛けてきた。


「何でも屋のジャックよ、幾らだ?」


 ああ、やはりそう来たか。盗賊の片棒を担いだのだ。

 奴隷落ちくらいで済めば幸運だったと思うしかない。


「すいません。奴隷の価格については相場観がありません。でも、いつか自分を買い取って自由を手にするためには出来るだけ安く買っていただけると助かります。ほら、鶏がらで出がらしみたいな女ですし、高くはないですよきっと」


「いや、何でも屋としての代金だ。我らが現れた際に言っていただろう。襲撃の件が片付けば雇ってほしいと」


 やった!奴隷落ちではなく仕事の依頼だ!これで何とか3カ月食い繋がなくてはいけない。


「日に銀貨1枚を頂戴しております。1日銀貨1枚で殺しと盗み以外は何でも請け負うのを信条としております。それと、犯罪行為も致しません」


 盗みと殺しの護衛をしていましたけどね、反省反省。

 それに食いついてきたのは興味津々な奴隷皇女でした。


「ん?今何でもするって言った?何でもって言ったよね?」


「はい、何でもお受けしますよ?あ!いえ、そういうのは、ちょっと」


 確かに高めのお値段設定だけれども、そっち系のサービスはやってません。


「え?なになに?」


 ネル少年が食いついて来るけども、これは本当に分かっていないね。


「男としてやっていた頃からの名残なものですから」


「あら、知っているわよ。男の子でもあれなんでしょ?」


 男の子との言葉にネル少年が再び興味を示した。


「ねぇ!なに!?俺も出来る?ねぇ!ねぇってば!」


 収拾のつかない場に奴隷商人が歯止めをかけた。


「そこまでです奴隷殿下」


 奴隷商人がいかにもお金を入れています風の小袋を取り出した。


「何でも屋のジャック。3ヶ月の間お前を雇おう。仕事内容はこちらの奴隷殿下の身の回りの世話だ。とはいえ、奴隷殿下はお忙しいお方、そうそうこちらに来ることも出来はしない。我らがこちらに来るとなればあの少年を介してとなる。その間は少年の面倒を見ているが良い」


 3カ月!これでギルドのペナルティ期間を食い繋げる。

 これはもう一人のキーマンにお伺いを立てねばなるまい。


「ネル君。暫く君のそばに居させて欲しいのだけど、迷惑じゃないかな?」


「別にいいけど?ねぇ剣教えてよ!」


 どうやら了承が得られたようだ。奴隷商人も満足そうに頷く。


「先程も言ったとおりこの辺では使われていない通貨しか持ち合わせていない。3カ月で銀貨90枚分、大金貨での支払いで良いか?10枚分の差額は両替の手間賃としてあてるがいい」


 構いませんとも。そういった金貨もそれそれで換金の方法があるというものです。


「いえ、頂いた料金分はしっかり働くのが信条ですから、3ヶ月を超えて余った分も最後までキッチリ働かせて頂きます」


「律儀なやつだ。では、交渉成立だ」

「はい、交渉成立です!ありがとうございます!」


 そう、僕はまた失敗をやらかした。奴隷商人は野盗から奴隷の値段を聞かれてなんと答えていただろうか?帝国金貨で10枚。帝国金貨と言っていたんだ。


 僕の手のひらに1枚の大金貨が置かれた。


 それは、通し番号の入った大金貨。通称帝国金貨。貴金属の重さとしての価値ではなく、絶対偽造不能の究極の通貨として大口取引の際に利用されている。

 この時代で唯一にして希少な本当の意味での通貨。

 どんなときに使うかって?船団や宮殿、戦時賠償の支払いをたった数枚で済ませる通貨だよ、凄いね!


 僕は手のひらに置かれた金貨を見て固まっている。


 僕は『三ヶ月を超える分も働きます』とはっきり明言している。契約成立とも言った。

 大金貨を見つめながら小声でブツブツとつぶやいた。


「…お前たちゴメンねぇ。ひいお婆ちゃんがあんな仕事を請け負ったばかりに、ひ孫のお前たちにまで仕事が続いてしまって。ゆるしておくれ…およよよ。え?自分たちの代でも終わらないって?そりゃそうですよねー、あはははは」


 ネル少年は一族の未来へと思いをはせる僕をグイグイと揺さぶっていた。


「ねぇ、聞いてたの?」


 あ、ごめん聞いてなかった。

 どうやら、二人はもとの場所に帰る時間になったらしい。


「それではこれにて失礼いたします、召喚主殿」


 僕たちは馬車の残骸にキャッサバ芋を積みなおした。

 ネル少年は何度も馬車を囲む綺麗な円が描けないと不満を言っていたが、僕に命令して描かせる事で納得したらしい。つまりこの円には何の意味もないんだね。


 奴隷皇女はいつまでもネル少年で遊んでいたい様だったけれども、奴隷商人の催促を受けてようやく諦めがついたようだ。

 馬車と二人を取り囲む円から、こちらに現れたときと同じように魔法陣が展開されてゆく。


「ねぇ、ジャック」


 ネル少年が小声で話しかけてきた。

 身をかがめてネル少年の話を聴く。奴隷皇女は僕を睨まないで欲しい。


「お姉さんの名前聞いてよ」


「自分で聞きなよ」


 嫌だ恥ずかしいなどと言い出した。あれれ?僕も綺麗なお姉さんなのに恥ずかしがってはくれないのか?ネル少年は僕に役に立たないなぁとか失礼な事を言いながら奴隷皇女に近づいてゆく。

 奴隷皇女とネル少年が輝く魔法陣を間に挟んで向かい合った。


「ねぇ、お姉さん。名前を教えてください」


 それに対して奴隷皇女の返答は。


「なんという名前だと思う?当ててみて」


 メンドクサイ系の女子だ!と思ったがどうやら様子がおかしい。奴隷商人から緊張が伝わってくる。どうにもその質問は攻めすぎらしい。

 ただ名前を聞くという事が事態の核心に近すぎて、いや、核心そのものである。

 このとき宮殿でも緊張がはしっていた。


「うーん、そうだなー、それならねー、お姫様みたいだから、まりりん」


 その名前を聞いた奴隷皇女の表情が、パッと花が咲いたように明るくなった。


「そうよ、妾の名前はまりりんちゃん。また、呼んでくださいましね、召喚主様」

「それと!」


 奴隷皇女が奴隷商人の袖を引っ張り少年の前に押し出した。


「このオジサンね、生まれたばかりのお孫さんが居るのよ」


 皇女の最後の言葉の意図は分からず、それに応える間も無く、球形の魔法陣が弾け飛ぶ。魔力の残滓の中にはもう、二人の姿はない。


 奴隷皇女の名前は”まりりんちゃん・スゴくエライヒト百一世”

 それが、まだ今よりずっと幼かった少年が名付けた再誕の名前。


 ところで、その残滓を受けて身に覚えのない小さな鞄から光が漏れ出しているけれども、僕には関係ないよね?

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