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第一章 第二話 何でも屋のジャック 前編

書き直し本文です。

同刻・森の中


 今、僕の目の前では非常に困った状況が起きている。

 森の中に響き渡るのは、剣戟と少年のまだ声変わりを終えていない高い声。


「やばい、負ける、ギリ負ける」


 少年の名はネル。フルネームをネル・フランネル・ネルネ、11歳。自称まだまだ伸びる伸び盛りの男の子。つまり、まだ伸びていない小柄な少年だ。


 困っている理由はいくつもあるんだけど、まずはこの少年だね。

 幼年学校の制服である半袖半ズボン。そうまだ肌寒いのに半袖半ズボン。

 せっかくの上着もガッツリ腕まくりしている。

 左ひざには絆創膏、うーん、矢傷ではなさそう。

 さらには学校指定の鞄を担いでいる。ただし、フタの留め金が開いていてパカパカしている。中身がこぼれ出しそうでハラハラするんだよ!

 そして何より、なんでこんなところに騎士学校の学生さんが居るんだろうね?


 そのネル少年と剣を交えているのは如何にも野盗といった粗野な風体の男だ。野盗は体格差を生かしてネル少年を攻め続けている。


「おらおら、どうしたちょろちょろと逃げ回りやがって。荷物を置いてとっとと失せやがれ」


 野盗の警告にフルフルと首を横に振ったのは農夫。馬を失い壊れた馬車の陰から戦いの行方を見守っている。


「このキャッサバを失ったら村は冬を越せねぇだ」


 キャッサバ芋は貧しい農村の貴重な栄養源だ。質より量。村で作った工芸品などを売って買い込んだのだろう。たしかにこのキャッサバ芋を失ったら村は大打撃だろう。


 正直なところ、ネル少年からして野盗はそれほど強敵ではないんだ。

 11歳の身体は無尽蔵といえる体力で野盗の片手剣を避けては、手にした長柄の槍斧で受け流している。

 しかし、不自然にもネル少年は絶対に、ある一方向に背を向けない動きをしていた。

 

「何でも屋!ガキをやるから手を貸せ」


 野盗が自身の背後に声をかけた。

 細身ながらもインパラの様に鍛え上げられ、スレンダーで中性的な青年。

 男性にしては小柄で細い、女性としては胸部装甲が薄い。

 これが僕、ジャック。通称、何でも屋のジャック。


 この、拮抗した二人の戦いに僕が加勢をしたなら、あっという間に決着はつくだろう。


「困ったことを言うね君は。確かに僕は今日一日君に雇われた護衛だ。剣の手ほどきも約束したよ」


 そう、僕はネル少年の敵なんだ。

 ネル少年は常に僕を視界から逃さない様、歪な戦い方を強いられているわけだ。


「その子供は君に丁度良い相手だよ。負けそうになったら助けてあげるから腕を磨きなよ」


 僕は木にもたれ掛かりながらも、右手は胸元の投げナイフに添えていた。ただそれだけでネル少年は一瞬たりとも僕から目を離すわけにゆかない。


 そのネル少年が使っている武器は自身の身の丈ほどの槍だ。先端には槍だけではなく小型の斧、その斧の反対側にも小型のハンマーがついたハルバードと呼ばれる武器だ。

 まだ体の小さいネル少年なりに考えて選び抜いた相棒なのだろう。

 その巨大なハルバードがまた、幼年学校の半袖半ズボンという格好になんともミスマッチなんだけどね。


 そしてピンチだなんだと言いながらもネル少年は野盗の剣を危なげなく捌き続けていた。

 しかし、困ったことに僕には契約がある。僕は契約に従い野盗に助言をするしかなかった。


「気をつけて。穂先と斧を交わしても安易に潜り込めはしないよ。槍を持った素人は相手を突き放そうとやっきになるものだけど、その少年は引き付けてから鎗の柄と石突、石突ってのは槍の無い側だね。こちらも巧みに使う。真面目に鍛錬を繰り返して来た者の動きだよ」


 僕の助言にネル少年は悪態を付くしかない。


「よせよ照れるぜ!お前、良い師匠だなコンチクショウ!こんな街道荒らしなんかやってないで俺にも剣術教えてくれよ」


「残念だったね、先に護衛料金を払ったのはそっちの男だ。それに、ハルバードなんて捌き方は知っていても、真面目に鍛錬している君に教えられるほどの腕はないよ」


「え?そう?…ありがとな!」


 少し悩んだものの、ネル少年は日々の鍛錬を褒められた事を無邪気に喜ぶ事にしたようだ。

 僕はそんなネル少年を微笑ましく思いながらも、やる気なさげに樹に体重を預けて空を見上げた。


「まさか、その護衛を依頼してきた側が強盗をはじめるなんて思いもしなかったけどね。これからはもっと考えて契約しないとな」


 そう、僕は今、罠にかかっている真っ最中だったりする。

 僕はここ最近、依頼を二度連続して失敗していた。

 だからこそ、依頼を吟味したつもりが、なんてことはない評判の良い僕を煙たく思った商売敵の罠だったわけさ。

 三回連続して依頼を失敗しては、もうこの辺で依頼を受けることは難しくなるだろう。

 理由は簡単、請負人の質を保つための仕組みを悪用されてしまったんだ。ギルドから預かった認可証が3枚、依頼を受けるとそれを依頼主に預ける。依頼が終われば返してもらう。

 2度失敗している僕の最後の3枚目になる認可証は目の前の盗賊に預けているわけだ。


 依頼人がその種明かしをして村人に襲い掛かったところ、颯爽と登場したのがネル少年というわけさ。

 僕が加勢しなければ少年が負けることはないだろう。大怪我しない程度に依頼主の男が負けてくれれば回復魔法をつかって護衛達成としたいところだった。

 しかし、事態は僕の思惑から大きく外れ始める。


「おっちゃん!」


 盗賊が即答した。

「俺はまだおっさんではない」


「お前じゃない!」

「おらも、まだまだ若いだよ」


「え?まさか僕じゃないよね?それは真面目にショックだよ」


「…メンドクサイ。次、否定したらオレは帰る」


 壊れた馬車の影から出ることなく農夫が懇願をする。

「そんな!坊やに見捨てられたら、荷物のキャッサバが奪われてしまう。それに殺されるかもしれねえだよ」


 いや、殺さないよ。

 ならばと鼻息荒くネル少年が一度大きく横に薙ぎ払い、野盗との間合いを広げた。


「…お兄さん!」

「なんだ!降参か?」

「なんだべ?」

「…」

「お前ら、仲良いならもう勝手にしろよ!農夫のあんちゃん!僕がやる気を出して凄く頑張るから、気持ち込めて応援して!」


「なんだいそれ?」


「オレは褒められて伸びる子なんだよ」

「がんばるだー、村では爺様たちも帰りをまってるだよー」


「違う!もっといい感じで応援して!あと、爺さんでは足りない!理想は綺麗なお姉さんが良いです!」


 それなら僕がと声援を送ろうかとしたけれども…やっぱり辞めた。


「こうなったら奥の手を使うしか無い」


 ネル少年は大人は若者を理解してくれないと嘆きながら、次の手を打つことにした。

 攻めあぐねている盗賊はさておき、僕にしてみると何もそれを待つ必要はなかったのだが、ネル少年が何をするのか興味があった。


 ネル少年はハルバードの石突きを地面に押し当てると、ズバッとその場で一回転する。足元には円が描かれた。

 野盗は警戒して距離を取る。

 僕も樹に寄りかかるのを辞め、インパラの様なしなやかな重心を僅かにつま先に掛けた。


「あまりこういう事に頼ると、立派な大人になれないと思うのです。だから、使いたくありませんでした」

 誰に言うでもなくネル少年が言い訳をしてから一歩さがって片膝をつく。

 そして右手を円に向け呪文詠唱の構えに入った。

 僕は驚きのあまり声を上げる。

「え?それが魔法陣のつもり?そんなものが発動するわけがないよ!?」


 …すると、立ち上がると足で円を消し始めた。ちょっと曲がったなぁとか言って、書き直しを始めた。いや、そういう意味で言って無いよ?

 やがて消すのが面倒になってネル少年の周りは丸だらけになった。


「ねぇ!どれがきれい?ねえ!」


 僕が不満を言った責任をとって選ばなくちゃいけないんだね。


「一番右かな?」


 よしと、円に向かって片膝をついて呪文詠唱の構えに入った。

 うん、僕から見て右だと言ったんだけどね、それを選ぶなら最初に足で消した円のほうが綺麗だったよ。なにをする気か知らないけど成功率さがってると思う。

 しかしもう、ネル・フランネル・ネルネの瞳はその魔法陣を少しも疑っていない、真っすぐなものだ。


「召喚!」



 同刻・古代超魔道帝国・謁見の間・特異点対策本部


 皆が巨大水晶球を見上げ、そこに映る少年を見守る。ついに予言のままに特異点の少年が召喚魔法を唱えた。皇帝の緊張した声が響く。


「解析班!どのようになっておるか?」


 

 解析班の術士が報告をする。


「こんなん出ました!要求は奴隷商人!商品として優しくて綺麗な年上のお姉さん奴隷をつれています。親孝行な娘さんで口減らしのため自らを売ったとの事」


「・・・え?」


 戦闘の最中に行われる召喚である。

 帝国の誇る超一流の魔道士たちが何時でも要求の物を送り出せるよう、すでに転移魔法陣を起動している。

 その周辺には少年に使えるであろう国宝級の武具が並び、あらゆる要求を満たすべく騎士や戦闘魔道士が控えていた。


「・・・あんだって?」


 そして静寂。

「・・・はい、『ストーップ!ストップ、ストップ、タンマ。作戦タイム!』」


 超魔道帝国皇帝スゴくエライヒト百世の呪文詠唱。

 次の瞬間、玉座の間の床一面に隠し刻まれた魔導陣が輝き、皇帝の血族だけが使えるとされる究極の魔導が行使された。

 帝国魔導の粋を結集した時間の流れを遅らせる魔導である。これによりこの謁見の間と外界では時間の流れに数十倍の差が発生する。


「宰相!特異点さぁ。ピンチだよね?」

「相違ありません」


 解析班から追加の情報が発せられた。


「プロファイル出ました。特異点は褒められて伸びる子を自称しており、なんとか自力でこの場を乗り切りたいものの、護衛対象の中年農夫ではやる気が出ないと考えております」


「皇帝陛下。人選が出来ました。兵站部隊で現場実務担当の責任者です。この者であれば奴隷商人への偽装も可能でしょう」

 一人の老騎士が歩み出る。

 白髪交じりながらも、しっかりと鍛え上げられた恵まれた体躯の男性だ。


「万一の備えは?」

「この者、帝国騎士としても申し分のない力を有しております」


 

「おや、そなた覚えておるぞ」

 皇帝が老騎士の肩に手をやった。しかし、皇帝が見上げるような事はない、皇帝もまた騎士に劣らぬ体躯をしていたからだ。


「はい、陛下より勲章を賜りましてございます」

「そうだ。そなたは予から初めての叙勲であった」

「あの頃は騎士団長を拝命しておりましたが、あれから間もなく一線を退きました。今は後任の指導など後方支援を行っております」

「なるほど。そなたほどの古強者であれば信頼できよう」


「そして、奴隷役ですが」


 同じく、騎士服の女性が進み出ようとした所で、別のところから声が上がる。


「私が参ります!」


 名乗り出たのは皇女だった。


 宰相が異を唱える。


「何を申されますか!帝国の皇女たるものが演技とはいえ奴隷に扮するなど許されるものではありませんぞ!陛下もお許しにはなりますまい」


 宰相が止めるのも気にせず皇女は被っていたベレー帽を脱ぎ、結い上げられた髪を自らほどいた。

 そして、その髪に飾っていた略式のティアラに手をかける。


「爺、いえ宰相様。これは帝国民による特異点との最初の接触です。失礼の無いよう皇族が出向くべきです。そして、私はこの帝国において最も綺麗で優しいお姉さんであると自負しておりますが、異論がございますか?」


 そう言うとティアラを外してしまった。


「何ということを、人前でしかもこの謁見の間でティアラを外すなどと平時であれば姫様であっても厳罰ものですぞ」


「これから奴隷になろうというのです。ティアラごときで何を慌てふためいていますか」


 そしてブレザーのボタンに手を掛けた。

 すぐそばでテーブルから物が落ちて大きな音を響かせた。。

 間を置かず同じく2度、テーブルから物が転げ落ちる。

 侍女の一人が近くのテーブルクロスを強引に奪い取った為だった。

 テーブルの上から色々と床に散らばったが、侍女はまったく気にしていない。

 掃除をしている様子はよく見るものの、侍女が散らかしているところなど、だれも見たことがない。

 その侍女の意図に気付いた女達がテーブルクロスで着替えをする皇女を隠した。それでも、贅沢に施されたレースの隙間からは皇女のシルエットが見え隠れする。


「ありがとう、マーサ」


 名を呼ばれたのは廊下で皇女とぶつかった侍女だった。

 しかし、宰相もここで引き下がるわけには行かない。


「しかし姫様、特異点のオーダーは親孝行と言っておりますぞ?」


 テーブルクロスの向こう側で衣擦れの音と共に皇女の寂しげな声がする。


「許されるなら、そうありたいものですね」


 帝国でたった二人だけの皇族、皇帝と皇女である二人は、式典以外で顔を会わせることなど年に数回も無い。


「首枷をちょうだい」

「姫様。なにもそこまで、されずとも」


 女官達がテーブルクロスの囲いを下げると、そこには質素なワンピースに首枷を付けた奴隷の娘が、皇族を示す指輪を外し侍女マーサに預けているところだった。


「…よかろう。帝国皇女として立派に奴隷娘の大任、果たすが良い」

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