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第一章 第一話 プロローグのプロローグ

既に2話投稿したお話の焼き直しとなります。

こちらは、一章まで完結させました。

よろしくお願いいたします。

 そこは遥か昔に滅びたはずの帝国。

 侍女の押す配膳用のワゴンが女学生の尻に追突した。


「きゃ」

「おっと」


 侍女が可愛らしい悲鳴を上げた。

 かわいそうだが侍女は不敬罪で斬首、それを免れる事は出来ないだろう。


「もうしわけございません」


 侍女は軽食を運ぶためバスケットを乗せたワゴンを押していた。

 

「いえ、全然平気。大丈夫よ」


 もう一方は、上級貴族が通う学園のブレザーを着た女学生。

 侍女が廊下の角を曲がったところで、この女学生が立ち止まっていたのだ。

 後ろから追突された女学生は数歩たたらを踏むと前のめりに倒おれた。

 その足元にはレースのハンカチが落ちている。


 女学生はくるりと侍女の方に向きを変える。


「平気、平気」


 そして、助け起こしてほしいと手を伸ばした。

 侍女が手を差し伸べると、女学生はその手に触れて立ち上がる。


「ハンカチも洗濯してお返し致します」


「いえいえ、こちらこそ。こんなところで立ち止まってゴメンね。余計なものを外していたのよ。ああ、この開放感!素敵よね?」


 ハンカチを指さして余計な物と言う。しかも外すとは何だろう?

 侍女はそう思いながら、預かるハンカチを綺麗に畳むために一度広げた。

 生地は極上で、ふんだんにレースが使われている。

 しかも反対側が透けてみるほどに薄い。これでは手も拭けない。


「妖精の囁き声がしたの、その内容ったら信じられないのよ!?廊下で立ち止まるほどにはね。それでもう、そのケープが要らなくなったから外していたのよ」


 女学生の左耳には妖精の羽を象った少し大きめのイヤリングが飾られている。そのイヤリングは妖精通信機と呼ばれる通信用のマジックアイテムだ。希少な物で要人にのみ貸し与えられているものだった。


 ますます侍女の不安は募る。


 思った以上に高位貴族のお尻にワゴンをぶつけてしまった。

 気難しい相手であれば、処罰されていたかもしれない。

 この回廊から見える外の景色は一面の砂嵐だ、それと同じく荒れ狂う様に叱責する上位貴族もいる。

 幸いにも女学生は、外界の砂嵐と隔絶されたこの回廊の様に穏やかだった。


「こちらこそ、不注意で失礼を致しました。あの…」


 さきほどから侍女は女学生の名前が出てこないので困っていた。

 帝国の宮殿。その最奥に位置するこの区画で働く侍女だ。

 高い教育を受け上位貴族については、その子息から愛人に至るまで顔と名前を記憶している。その制服とベレー帽は女学生が上級貴族の子女だと告げている。それなのに、どうしても、この女学生の名が出てこない。

 もっとハッキリ言ってしまえば、この女学生を見たことがない。


 本来であれば警備の帝国騎士を呼ぶべきだろう。

 しかし、この宮殿に侵入者などあり得るはずがない。


 そして、たった一人だけ顔を知らない高位貴族の子女に思い至った。

 いや、それは貴族ではない。


「皇女殿下!?」


 帝国皇女がニンマリと笑う。


「そうでーす、まりりんちゃんでーす。あなた、お名前は?」


 まりりんちゃん皇女殿下。

 格式ある帝国の皇族にまるで似合わないふざけた名前だ。

 しかし、それこそが一度滅びた帝国を最誕させた奇跡。


 この女学生が皇女殿下であるなら、拾い上げた薄布は皇族の顔を隠すためのベールで違いない。

 皇族の素顔を知るものは一部の重鎮のみ。 

 侍女程度で皇族の素顔を見たならば斬首。

 その身体に触れたなら一族縛り首。

 今まさにその顔を見ている。助け起こすのにその手に触れてもいる。

 

 その厳格な法は、滅びを経験した帝国の後悔。

 強大な力の使い方を誤った帝国が自らに架した枷だった。 



 現存する国家はもとより、史上でも最も強大と言われ続ける魔導帝国。

 今となっては「古代」超魔導帝国と呼ばれる超大国。

 その帝位継承権一位である皇女まりりんちゃんは超大股で超豪華な宮殿の廊下を超急いで進んでいた。

 ブレザーのスカートはひるがえり、通学靴であるローファーの靴底が見えるほど足をあげて急いでいる。

 そのような振る舞いを見過ごしたとあっては、お付きの侍女達も叱責は免れない。

 その手にはバケットを抱えていた。さきほどぶつかった侍女が持っていたものだった。

 

「こんにちは!」


 謁見の間の扉は開け放たれ多くの者たちが出入りをしていた。

 普段であれば重厚な扉に閉ざされて立ち入る事は出来ない。そのうえ、一騎当千の帝国聖騎士によって厳重に護られている。

 皇女は帝国聖騎士の正面に立って声をかけた。


「ねぇ、入ってもいい?」


 帝国聖騎士は場違いな女学生に目線を向けると、魔力による人物照会を行った。

 その瞳には極小の魔法陣が浮かび上がる。

 そして、この頭の軽そうに声をかけてきた女学生が皇女殿下と知ってぎょっとする。


「皇女殿下!?、なぜ素顔を!?」


 一度は驚きの声をあげたものの、直ぐにその理由に思い至り返答をした。


「入室許可、通れ」


 皇女殿下に対するあまりにぞんざいな受け答え、斬首である。


 広い謁見の間では大勢が行き交っていた。

 大声で指示が飛ばされ、報告の声があがり、情報交換の紙束が行き交う。

 そのうえ厳つい魔道具や良く分からない測定器具などが所狭しと並び雑然としていた。

 その中でも謁見の間の中央に浮かび上がる巨大な水晶球は飛びぬけて異彩を放っていた。

 巨大な水晶に映るのは天井のフレスコ画ではない。どこか森の中と思われる緑が映し出されている。


 皇女は当たりを見渡すと玉座の前に据えられたひときわ大きなテーブルに向かって歩き出す。

 途中、作業の邪魔にならない程度に声をかけ周る。

 こんにちは、ご苦労様、がんばってね。

 その様は随分と楽しそうだ。


「え?」

「あ!」


 場違いな女学生の登場は人々を驚かせた。


 目的のテーブルは紙束が山となり一部は崩れて床にまで散乱していた。

 皇女は僅かな隙間に狙いを定めて手にしたバスケットを置いた。


「ん?」


 そのテーブルで喧々諤々の議論をしていた男女。

 その中で最も立派な格好をした髭の壮年男性が皇女に気づいた。

 古代超魔導帝国、皇帝スゴくエライヒト百世その人であった。


「途中で侍女から預かったわ。軽食だって」

 皇女が許可も得ずに皇帝に話しかける、平素なら軟禁ものである。


 すると、同じテーブルで向かいに立っていた年老いた宰相がバケットに手を伸ばした。

 中からサンドイッチを取り出すとかぶり付く。

 皇帝の食事を勝手に食らうなど、確実に斬首である。


「これは、皇女殿下…もぐもぐ…いったい…何故においでなされましたか?…ごくん」


 そう質問をしつつ、資料に目を通しながら食べる手は止めない。

 今度はバスケットからワインを取り出すと直接あおり始めた。

 皇女との会話中に咀嚼するなど斬首である。


「今日という日を何年も待っていたのです。それは宰相様、いえ爺も知っているでしょう?さて、どなたかお手隙の方、状況をご説明いただけないかしら?」


「おやおや、爺と呼んでくださいますか」


 帝国宰相が嬉しそうに顔をほころばせて笑った。

 久しぶりの孫娘との対面に喜ぶ年寄りそのものだ。

 そして、皇女の質問に皇帝スゴくエライヒト百世陛下が応える。


「暇なものなど居らん、わしが説明しよう。だが、時間を無駄にしたくない。まずお前が知っていることを先に話せ」


「OKOK、了解したわ」


 物怖じしない皇女であったが次の一言を発するには勇気を振り絞った。


「お父さん」

 

 平時であれば絶対に言われることがないその呼び方に、皇帝の髭は口元が僅かに釣りあがった。



「予知部から特異点に動きありとの予見がされて3時間が経過しました。宮殿内でもっとも効率的に対処が出来るここ謁見の間に対策本部を設置したのが40分間前。帝国は非常事態宣言を発令。コミュニケーションの効率化を図るため20分前に宮廷内の無駄な礼儀作法を廃止」


 皇女がその言葉を噛みしめる。


「そう、礼儀作法の廃止。私は形式上の護衛が別任務に付いたのを機に学園への謹慎命令を無視して逃亡」


「3分ほど前に不敬罪の凍結。あんまり驚いたものだからお尻にワゴンを食らったわよ。そしてたったいま、到着したばかり。あと、爺はろくに食事も取らず腹ペコ。もう歳なんだから無理はしないで欲しいわ」


 年老いた宰相はなおもサンドイッチをパクつきながら頷く。

 その説明に不満のない皇帝が満足そうに、あとを引き継いだ。


「うむ、つい先ほど特異点が戦闘状態に入った。予知部は特異点が要求するのは転送魔法だと特定した。今は、あらゆる人材と武器防具をここへ集めている所だ」


「あとは特異点のからの呼びかけを待つのみという事ね、パパ」


 現在、不敬罪は凍結中、なんと呼ぼうが帝国法に罰せられることは無い。


 たった今、まさにこれから帝国の命運を掛けたミッションが始まろうとしている。

 謁見の間の中央、二人が見上げる巨大水晶球に映し出されているのは一人の少年。

 長柄斧を手にした十代前半のまだ幼さの残る少年が映し出されていた。


つづく

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