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5話 「特技を訊かれても困るのですが!」

「かゆ……」

「どうかしたんですか?」


 日が沈みかけている頃、なんとなく右腕のかゆみが主張してきた。


「……未だにモモカに吸われたとこの()れが引かない」

「それだけ愛の力がすごいってことですよ!」

「そうだね、すごいね君の毒」


 正確には自分のアレルギー反応が継続しているだけ。しかしそこまで痒いとは感じない。蚊の局部麻酔が今も効いているのだろう。これだけで済めばいいんだけど。


「ふふふ、私の唾液が良野さんの体の中に染み込んでると思うと、すごく興奮してきますね。ゾクゾクとキュンキュンが止まりません……っ」


 あるいは、ただの変態か。


「思ったけど、人の姿になったら血が吸えないんじゃないの? 針ないでしょ」

「ところがどっこい、あるんですよ唇に」

「唇?」

「ええ、いざってときに唇からにょきーって何本もの吸血針が歯みたいに出てくるんです! サイズは普通の蚊と同じ大きさですので、気づかれません!」


 キスマークの腫れができてしまうのか……。いや、環状の腫れにもなる。

 しかしいずれにしろ、


「それはちょっと気持ち悪いな」

「えぇ!?」


 いやシンプルにキモいでしょそんな唇の内部構造してたらさ。あんなぷるぷるした薄ピンク色の内側にそんな凶器が内蔵されているの怖すぎだから。


「せめて牙とかで傷をつけてから吸うとかさ。あ、実は吸血鬼だったってオチはない?」

「もう良野さんったら、吸血鬼はファンタジーの存在ですよ。いるわけないじゃないですか」


 やだもー、と近所のおばさんみたいな手振り。それお前が言える立場じゃないぞ。


「そっちも十分ファンタジーみたいな存在なんだけどね」

「え!? 蚊は実在しますよ!」


「人間に化ける蚊はいないから」

「化けてませんよ、人間になったんです! えっへん!」


 どや顔はいいとして、胸を張るその挙動だけで思わず視線がそっちに行く。あれだけ大きかったら肩凝らないのかな。


 しかし採血検査とか遺伝子検査だっけ? それで本当に蚊の遺伝子入ってたとしたら、真っ先に研究対象として見られそう……いや検査以前に精神科医いかされるだけか。


 ノートPCを開き、大学のレポートに手を付ける。動画サイトで好きな曲聞きながら、調べものをはじめた。


「でも蚊に刺されたりしてね。人間の体になって蚊の要素ほぼ失っているわけだし」

「あ、本当ですね。どうなるんでしょ」

「ある意味、共食いともいえるかもね」と軽く笑う。

「そ、それはちょっと怖いです。あ、もしかしたら、良野さんの言ってた感染症にもなる可能性があるのでは……!?」


 それこそ同族殺しだな。途端に物騒になる。……今回のレポートの議題も派閥の争い的な話だし、タイムリーとはこのことをいうのか。


「かもね。まぁそこは自己責任で」とからかってみる。案の定、「そ、そんなぁ」と面白い反応が返ってきた。


「そんななこといわずに。配偶者同士、助け合いましょうよ」

「まぁ確かに助け合いは……なんで結婚したことになってんの?」

「だって子作りしましたし」


 え!? そうだっけ!? なわけあるか!


「……………………それは、私の前に同種のオスと交尾したからだよね」

「あ、バレましたか。てへへ」


 なんで騙そうとした。なんで騙せると思った。てか同性故に不可能であるはずなのにどうして言葉の処理に時間がかかった私。


「でも良野さんがいなかったら無事に産卵することはできませんでしたよ。良野さんはもうひとりの旦那さんです!」

「だからウチは女だって」

「血に性別はないですよ!」

「あるよ! 知らないけど!」


 おまえの目には血の塊しか映ってないのか。


「で、遺伝子を継いでくださったオスの方は?」

「たまたま近くに寄ってきた方でしたが、その……あまり、上手ではなくて」


 急に生々しくなったぞ。やめてくれ。


「それに、やさしくなかったというか、強引で自分の本能に任せっきりだったというか」

「あー……まぁ、それが男ってもんでしょ」


 あ、いけないことを言わせちゃった。というか蚊でもそういう気持ちを抱くんだな……ねーよ。


「でも良野さんの血はとてもあたたかくて」

「そりゃ血だもんね」

「遺伝子的にこの御方だ! て全身ビクビクきたわけでして、もう一度会いたいなと本能的に強く願った結果、このような姿になったんです!」

「デキ婚の上に浮気か……」


 しかも異種間。一緒なのは性別だけ。歪んでるなぁ。


「蚊に結婚も浮気もないですよ。けど、初めての結婚は良野さんと決めていますので! そのためにヒトの身体になったんですから! あ、この体ではまだ未経験ですので、良野さんがはじめてのお相手になりますね」

「さらっと健気にいうことじゃないよねそれ」


 無自覚だろうか。無自覚だろうな。


「思ったんだけど、吸血してたってことは産卵時期だったんでしょ? その卵は産めたの?」

「はい! おかげさまで無事にこどもたちを産めました!」


 あぁ、今日も人間社会はかゆみに脅かされそうだ。


「そう……よかったね。でも吸血したいってことは、まだ受精しているってことなんでしょ?」


 当然、これもネット情報で今さっき得た知識だ。


「そうですね、本来、私たち蚊は精子をため込む袋があるんですよ。ですので、交尾は一回だけでも少しずつそれを使えば卵を4回か5回ほどに分けて産めるんですが」

「……お、おう」


 自分の体のことに詳しいようで。私なんか自分の体の中にある消化器官の名称すら言えないぞ。


「この姿になったら一気にエネルギー使っちゃったんでしょうかね。あと一回分の精子と卵のストックを消費しちゃいました」

「虫とは思えぬ子孫犠牲……吸血欲求が勝ったか」

「そ、そんなんじゃないですよ! 良野さんには感謝越えてドストライクに惚れたんです!」

「血に?」

「ちっがーう!」


 ナイスなツッコミだけど、オーバーなリアクションは私の視界の隅に追いやられており、黙々とレポートを書いていく。総評というか考察の欄あるじゃん、めんどいな。


「だって、吸血活動は2回行いましたけど、どれも命懸けでして……良野さんのようなやさしい対応をされたのは初めてなんです。それに、別れ際に言われたあの一言」

「いちいち意味深に言うのやめて」

「"ウチの血を吸ったんだ、無事に産んできなよ"って……! もうこれ、惚れてまうやろ!」


 自分自身をぎゅっと抱きしめる。あーあーまたそうやってでっかい胸を強調して。無自覚だろうけど軽く殺意が湧く行為だから勘弁願いたい。

 てか、声マネうまいな。すごいイケボじゃん。……今ので自分が男っぽいって認めてしまった気がする。


「あのときからヒトの言語理解できてたのか……え、虫にそれだけの脳なんてあるはずが――」

「よく考えれば、蚊にあんなことを言う人ってなかなかにどうかしてますよね」

「急に冷静になんなよ!」


 恥ずかしくなるでしょうが! ローテーブル叩きそうになった手を引っ込め、気を紛らわすために別の話題を吹っ掛ける。


「とにかく、元が蚊だってのは少し! ほーんの少しだけ信じられるようになった。だけどさ、なんか名残(なごり)とかないの? その記憶(エピソード)以外に、その、あれ。元の生き物特有の特技とか」


 漫画や映画でもあるでしょ、虫の能力を人間に取り込む話。唇の話もあったから、彼女にも虫ならではの能力はもっていてもおかしくは……おかしいか。


「特技ですか? そうですね、やっぱり気づかれないように血を吸うことですね!」

「だろうね」


 あ、本当にあるんだ。やっぱり某クモ男の映画みたいな感じで虫の能力あるって、なんかちょっぴりうらやましく……はないな。


「自分の体重の3倍の血を吸えます。大食い大会優勝待ったなしです!」

「確かにすごいけど、なんかパッとしないなぁ」

「あっ、あと! やろうと思えば大量虐殺できます!」

「パンデミックはやめて!」


 おまえ一応言っとくけど地球上で一番命奪ってる生物は蚊だからな!


「人間の読んでるマンガじゃ、世界を滅ぼす力もってる人はかなり人気だと知ったのですが」

「それどこのなろう系から得た知識なの」


 肩を落とす。いやまぁこいつにウイルスとかもってなきゃ大丈夫なんだけどね。


「そういうのじゃなくて。一応蚊なんだから、飛べるとかできると思ったんだけど」

「あ、いえ、飛行能力は低いです。扇風機やエアコンでも飛行障害おきます」

「よわっ!」


 そういや、調べたときにそんなこと書いてあったっけ。


「あ、モスキート音出せますよ!」

「若者にしか通じないあれか」

「ちなみに今出してますけど」


 思わず耳を立てる。ここまでして蚊の飛ぶ音を聴くのに必死になったの、この人生で初めてと言っても過言ではない。

 だけど、しばらくの無音のあとにブロロロ……と車が近くを通った音が聞こえるだけだった。


「……え、うそでしょ。ウチそんな歳じゃないのに」

「良野さん。ドンマイです」

「蚊に言われたかねぇ!」


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