4話 「蚊のくせに私より家事ができるのですが!」
ピピピピ、とうるさいアラーム。私はそばに置いてあるスマホを取り、タップしてアラームを止める。7時か。
「ん……んぁ」
なんかすごい夢を見たような……蚊が桃髪の美少女として恩返しをしに家に来たんだっけ。わけわかんねぇ。
まともに開かない目をこじ開け……もうちょっとだけ寝ようかな。5分寝たらちゃんとまぶたが開く気がするから寝よう。そう寝返りを打つ。
美少女がいた。
「うわあああっ、……え、誰ですかぁ!?」
ベッドから飛ぶように起き上がり、壁へと背中をぶつけるようにくっつける。背面壁ドン。壁の向こうからガシャンて嫌な音したし、背中ちょっと痛かったけどそれどころじゃない。
「え、やだ、なんで……ウチなんかしたっけ昨日」
昨日はレトルトでご飯を済ませて、お風呂も入って、寝ただけだったよね。あ、そういや普段あまり飲まないココアを飲んでたっけ。あれ、そんとき誰かいたよな。
「……っ、あぁ~……いやマジかぁ」
すべてを思い出した私は安堵と落胆を覚える。一気に脱力。
「夢じゃなかったか……」
頭を抱えるように片手を目に当て、現実を受け止める。途端に頭が冴えてきた。
「ってなんで一緒の布団に入ってんの! しかも下着だけで!」
「ふぇ……? んぁ、おあよおごじゃいやす」
眠気まなこをこすりながらむくりと起きてきたモモカは、はち切れそうな白いブラとパンツしか身に着けていない。どこで買ったかしらないけどいいやつ着けてるな畜生。ていうか眠たそうな顔も反応もかわいいとかおかしいだろ。
その桃色のクソ長い髪もなんでそんなまとまってんだよ普通ぼさぼさだかんな羨ましい。ムダ毛の一本くらいへそから生えてやしないかなこいつ。くっそ、へそもきれいだ。しかもくびれてやがる。
「おはよ。……マジで夢じゃないんだ」
再び、ため息。これが現実であることに自分がそこまでオタクこじらせてなかったことに半分安堵、しかし同居するという現実問題に半分落胆を感じる。せめて自分が男だったら、この状況を喜べただろうに。
「えへへ~、私はいまでも夢みたいな気分です」
「へへー、そりゃよかったね」と棒読み。
「良野さんの中、とってもあったかかったです」
顔を赤らめて言うもんじゃない。同性の私に向けてどうする。
「でももうちょっとだけぇ」
「ってちょっと!? 抱き着かないでって!」
甘えた声を出しながらぎゅっと鯖折り五秒前よろしく抱き着かれてしまった。しかもすりすりされてるし。というかやっぱりデカいなこいつの胸。強い反発力を私の無い胸に感じるよ。
「はぁ……今日一限あるんだけどな」
浅いため息が薄暗い部屋に響く。外は晴れていた。
*
1限と3限の講義もぬるりと終わったが、全然頭に入らなかった。もはやそれどころじゃない出来事が私の家で起きているのだから、無理もない。
「あ、正子ー、今日空いてる? これから図書室いくんだけど」
「ごめん、今日はちょっと用事はいった」
そんな友達の誘いを断り、そそくさとアパートへと向かう。初めて友達の誘いを断った気がする。きっと珍しがられているだろう。
「あいつおとなしくしてるよな」
居候か……でも友達には話せないし、実家には絶対話せないし。警察案件だろうけど、ニュースとかであの娘の顔が出たらすぐ通報するだろうな私。
「ただいま」
会社員ほどでもないのに力なく私は呟き落とす。いつもは一人こだまするだけで、返事など来るはずもなかった。
「っ、おかえりなさい!」
いつもと違う出来事に、わかっていながらも体はびっくりしていた。ここでようやく、同居していることを自覚するようになった。
奥の洋室から駆けつけてきたモモカ。いや、本当に嬉しそうな顔するんだよなー。追い出しづらいんだよなー。いや飼い主返ってきて駆け寄ってくる犬か。
「……マジか」
しかし、ここで大きな変化に気付く。
食器を洗うのためらったあまり水につけては置きっぱなしにしていたシンクがピカピカになっている。心なしか、においもなんだか清々しい。
まさか、と思い、洋室に足を運ぶと、さらに驚いた。
「きれいになってる」
汚部屋認定まであともうひと踏ん張りの段階にあった私の部屋は、見事なまでに整理整頓され、洋服も全部クローゼットにしまわれている。床やデスク、テレビ周りに何もない。どこやった。
「ベッドまでピカピカじゃん……どこのホテル?」
「お気に召しましたか?」
「いや、めちゃくちゃがんばったね。まさかここまでしてくれるとは」
「住まわせていただいているんですもん! これくらいのことはしないと蚊失格です!」
その意味はちょっとわからないけど、家政婦頼むより断然いいじゃないか。
住まわせて良かった。
……いや蚊に依存する人間がいてたまるか!
次話、明日投稿予定