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「普通」の魔物が普段食っているものは、と考える。


血の滴り落ちるほど新鮮な肉? ━━それならばジェイクのみならずアンズも毛玉に出会ったその時に、とうに引き裂かれているかもしれない。それに、花畑に小動物が迷い混んでも特に気にしている様子はなかった。


では花の蜜や果実などの植物? ━━これも何とも言い難い。ジェイクが持ち込んだ果物には全くそそられないようであるが、これはまだ慣れていないからかもしれない。しかし、アンズの足元に咲く花やその周りにある名前も分からない野生の実などにもこれといって興味を示していない、ように思える。


肉食でも草食でもないなら何なのか?


考え事をしていると帰路はとても短い。結論が出ないままに、気付けば兵舎の中、自室の扉の前に立っていたジェイクは、ため息をつきながら鍵を探る。


荷物を投げ出してベッドに座ると、ぎしりとスプリングが悲鳴を上げた。備え付けでいつからあるのか分からない家具は、騙し騙し使ってはいるが全く使い勝手は良くない。

アンティークとは口が裂けても言えない、過去の先輩騎士たちの体重を支え続けた狭いベッドと、飾り気のない机や椅子。申し訳ばかりの収納。それがこの部屋にある全てだった。

辛うじて牢獄よりは良さそうだな、と部屋を見た誰かがげんなりと呟いていたのを思い出す。この兵舎の騎士たちは誰も彼も似たような部屋を与えられ、ただ寝る為だけに帰ってくる。出歩いて地方の経済を回せ、とわざとこうしたのではないかとすら言われていた。

結婚したり出世すればみな兵舎を出て行くし、また別の任地へと赴く事を考えると、どうせ何年も住む訳ではないしと皆部屋の装飾には拘っていない。居心地など結果的に、寝られればそれで良いのだ。



━━植物なら、どうだ?



覗いた窓の外、黒い影としか思えない木々を眺めていた時、ジェイクはそれに思い至る。


(植物であれば、水と日光で育つのではなかったか?)


植物が転化した魔物。目にした事はないが、南の方にある国では時折出現すると聞く。獣の転化よりもずっと出鱈目で、獣や人間を養分としたり、果ては動き出す。


(…なくはない、か?)


籠った空気を入れ換える為に窓を開けながら、がさがさと風に揺れる木の影を見詰める。

昼は爽やかだなあ、位にしか思わないのに、黒一辺倒になった瞬間に不気味さが上回る。

綿のような植物が魔物に転化し、それがたまたまアンズと出会い、━━…


(それではあの「声」の原因にはならないな)


…たまたまアンズと出会い、声に惹かれ、一人占めしている、…?



━━声に惹かれ、…「声を栄養としている」…?



はっとして顔を上げ、思わず森の方に視線をやる。

距離もある上に夜の帳が落ちた今、森の様子は全く窺えない。

見えたところで確認する術はないが、ジェイクは今自分が至った考えこそが正解である気がした。


毛玉の魔物は、アンズと出会い、その声を栄養とする事で生きている。

以前見せられた声だけが響く無人の花畑は毛玉の胃袋のようなものであり、本来周囲で鳴いているだろう他の獣の声がしないと言うことは「選んで」アンズの声のみを吸い取っている。囁き一つすら漏らさずに全て。…そういう事ではないだろうか。

養分としてのその声を気に入っている毛玉は彼女を守る行動にも出るが、アンズも栄養を取るべきという意識はあるのか、ジェイクが差し出す食糧に対しては追い払うなどの抵抗は見せずに与えさせるままにしていた。


彼女も幼い頃から傍にいるであろう毛玉に少なからず依存していて、離れるのを不安がっているような素振りさえ見せる。

毛玉さえ居れば安心で、━━彼女に取っては見知らぬ者で溢れかえる街よりも、森の中の方が気安いのかもしれない。


(…しかし、彼女の存在に、…魔物の存在に、気付いてしまった以上は)


守りたいと願う。

それはジェイクにとって、騎士としてなのかただ一人の男としてなのか、どちらに比重が傾いているのか自身でさえ判断付きかねる感情だった。しかし、向かうところは同じものである。

アンズの笑顔や纏う空気、その存在全てを害してはならない。そう思った。

願わくは、彼女が人間として当たり前の文化的な生活を街で送る事が出来るように。大事だと感じる存在が人間であるように。…その時に一番近くに居るのが自分であるように。



━━毛玉がアンズを隠している今のままなら、ジェイク一人だけのものだぞ。

あの声を聞いた者は毛玉を除けばお前だけだ。このままにしておけばお前が一人占めに出来るのに━━



心の内側で、何者かがそう囁く。国を、民を守る為に存在する騎士にとってあってはならない考え。

それは甘美で、気付いてしまった瞬間にジェイクの胸を占める。



━━今ならばアンズはお前のものだ。しかし人の中に連れていけばきっと、他の浮わついた人間のように染まってしまうだろうな━━



下卑た考えがジェイクを擽る。

自然の中、楽園のようにぽかりと空いた花畑が似合う彼女。

奔放な街の人間。

何も知らないアンズ。まっさらな子供のような少女。

過去の人間を数えて笑っていた女たち。知っていて遊ぶ男たち。


(…俺は、…)


知らず震える手を抑えながら、ジェイクはそっと窓に手を伸ばした。

次の休日━━アンズに会うまで、あと二日。

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