5
アンズと出会って一月が経った。
ジェイクは変わらず休みの度に大量の食糧を持っては花畑に通う生活を続けていた。
花屋のリリーに振られたそうだな? と同僚がからかいに来ていたのは最初の内だけで、意外と落ち込んでないし元気だな、と今ではつまらなそうに言われている。振られた訳ではないし俺は娯楽ではない、とジェイクはむっとしながらそれをあしらっていた。
「まあ、あれはお前、ないよな。ちょろっと遊ぶ位なら良いけど」
どうやらリリーに対して「清楚そう」という印象を抱いていたのは自分だけであったらしい。ジェイクがそう気付いたのは、シフトが被って同じく翌日が休みになった同僚兼悪友のゴードに言われてからだった。
「俺、すげえ心配されたもん。街の男性陣に。騎士様一同花屋のリリーには気を付けて下さい、まだ病気は持ってないようですがって」
「お前、それ…早く言えよ」
「聞く耳持たなかったのはどこのどいつだよ」
がやがやとうるさい酒屋で、最後の一切れになった肉をつつき回す。
先日とは違う酒屋だ。王都から遠く離れた辺境で娯楽が少ないとは言え、飯屋や酒屋は充実している。騎士達が休みの度に売り上げに貢献しているからというのもあるかもしれない。
「そういえばお前、最近休みの度にどっか行ってる? この前部屋に居なかっただろ」
「ああ…」
「何か大量に飯買ってるとこ目撃されてるみたいだけど、あの寝るだけの兵舎に保存スペースなんてないし。何やってんの?」
通り掛かった店員にゴードがエールを頼んだ。便乗してジェイクも頼むが、まだジョッキには半分ほど残っていた。温くなったそれを一気に流し込み、テーブルに置く。
優しく置いたつもりがささくれてがたついたテーブルを揺らしたので、結構飲んでしまったなと考える。次の一杯で終わりにしよう。
「最近…」
「最近?」
「……ピクニックに凝ってて」
ぶは!!!
ゴードが思い切り吹き出した。お行儀よろしく横を向いて座っていた為に隣のテーブルの赤ら顔の紳士にかかり、ゴードは慌ててよれたハンカチを差し出した。ちょうど店員が持ってきたエールも差し出す事でその場を治める。気を付けろよあんちゃん、と紳士然として禿げ上がり血管の浮いた頭を拭きながら受け取った。隣のテーブルに引っ越してしまったのはジェイクのエールであった。
「そらまた健康的な…ははは! ピクニック! ピクニックかー…一人で!? やるなお前…ふっふ」
「…健康的だろう、引きこもるよりは断然良い」
「確かに! あ、お前飲むなよ俺のだぞ」
「もう一つ頼め!」
問答無用でジョッキを煽るジェイクを眺め、あーあ、とさも残念そうにゴードはもう一度店員を呼び止める。残念そうなのは仕草だけで、面白がっているのはバレバレではあったが。
ジェイクはまだ、アンズとその毛玉の事を誰にも話していなかった。
一月経ち、それから数度会ったが、どうも毛玉が人を害する様子が見受けられなかったからだ。
何かあってからでは遅いし、アンズは街で保護して毛玉は隊長に報告のもと管理してもらう。それが一番なのは分かっていたが、当の本人たるアンズが首を横に振ったのだ。
毛玉とは離れたくないし、森からも出たくない。
誘導してみてもそのような答えしか返さないアンズに、ジェイクは持久戦を覚悟した。もっと信頼して貰って、それからでも遅くはない。
森に一人では不安ではないかとの質問にも、毛玉が居るから大丈夫。そんな回答だったので、ジェイクは今のところ打倒毛玉の目標を掲げていた。毛玉よりも信頼を勝ち取ってみせる。まずはそこからだった。
「…帰る」
「あー? 早くない? ピクニックに備えんの?」
「…俺の分はここに置いておくぞ」
「気を付けろよー」
にやにやと笑うゴードに別れを告げて、扉を開ける。
喧騒から隔てられた外は足を進めるほどに静かになり、温い空気がジェイクにまとわりついた。
(…そういえば、彼女は夜はどこで寝るのだろう)
いつも会う時は花畑で、ジェイクが行った時にはもうそこに居て、帰る時もその場で見送られる。
何度か送らせてくれと言ったが、毛玉の方が家を知られるのが嫌なのか、口に出す度に威嚇するように跳び跳ねるので諦めてまた来ると伝えて去る。
ジェイク自身よりも持参する食べ物の方を歓迎されている気がしないでもなかったが、アンズはいつもにこにこと迎えてくれるので、ジェイクはそれでも構わなかった。胃袋から掴めば良いのだ。ジェイクの手作りではないが街にはこんな美味い物があるぞ、怖くないぞという事が伝えられればそれで良かった。
いつも花畑にいて、ぼんやりと佇む少女。
声を聞ける事はないにせよ、話しかければ口を動かして何か伝えようとしてくれているのは分かるので、いつか声が聞けたら良いと願いながら、明日は何を買っていこうと考えながらジェイクは少し埃っぽい空気を吸った。森のそれとはかけ離れた味だった。