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それからジェイクは、三日と空けずにアンズの元に足を運んでいた。自分自身がアンズに会いたかったのもあるし、彼女に「ジェイクが居るのが当たり前」という認識を持って貰いたかったのもある。
休日は勿論のこと、早番で終わった日も僅かな時間ではあるが話をしに行く。話の内容は当然のように口説き文句で、甘い言葉など持ち合わせていないジェイクはただただストレートに自分の感情を口に出していた。レパートリーは少ない。しかし湧いたばかりの源泉のようにこんこんと溢れ出すそれに、アンズは様々な表情を見せた。
毛玉をちらちらと見ては困ったように笑ったり、時々不意をつかれるのか頬を染めてみたり。それを見ては悶絶し、しかしもう誤魔化す事をやめたジェイクはさながら走り出した猪のようであった。好きだ、可愛い、俺だけに見せて欲しい。
倍プッシュに倍プッシュを重ねるジェイクの敵は目下毛玉だけで、最初こそ毛玉に隠れるようにしていたアンズも、最近ではほだされたのか彼女の方からジェイクに歩み寄る素振りすら見せるようになってきた。
そうして迎えた休日。朝から一日アンズと共に居るつもりで、水筒には茶とたっぷり氷を入れた果実水、これもまたたっぷりと食糧を入れた袋を携えてジェイクは今日も森の奥へと気を逸らせながら歩いていた。
「おはよう。今日も可愛いね、アンズ」
変わらず花畑でジェイクの到着を待つ彼女の姿を見付けると、横にどかりと座り込み朝から飛ばした挨拶をする。
本心から言っているのがアンズにも伝わるのか、少しもじもじとしながら、おはよう、と唇を動かした。
毛玉は相変わらずのそれを眺めながら、鬱陶しそうにぽすぽすと上下に動く。最近では諦めの気持ちも出て来たのか、きゅうきゅうと飛び掛かる事も少なくなってきていた。
ジェイクは前回アンズの声を聞いて以来、毛玉に触れる事をやめていた。一人言やジェイクが去った後のアンズの声も毛玉を介せば聞ける事が分かり、フェアじゃないなと思ったからだ。
彼女はころころと表情が変わるし、唇の動きもよく見ていれば大体何と言っているのか分かる。そう思ったジェイクは、あの毛玉が作り出す楽園でアンズの声に埋もれていたいという衝動を堪えて、告白する度に飛び掛かってくる毛玉をひたすらにかわすという行動に出ていた。
━━次にあの声を聞くならば、目の前で顔を見ながら会話をする時だ。
それはつまり、彼女がプロポーズを受けて毛玉から離れる時を指している。
女がその気になるまでいつまでも待ってみせるのが男だろう、といつか酒屋で酔っ払った女冒険者がくだを巻いていたのを聞いたジェイクは、確かにそうだと今更になって頷いた。
そして今日、ジェイクは彼女にとって酷な話になるかもしれない事を告げようと心に決めていた。
毛玉は確かに彼女を庇護しているように見える。しかしそれは、彼女の声を奪い取っているからだ。━━恐らく彼女の声を、毛玉自身の養分としているからだ、ということ。
単純に毛玉を親と慕う彼女にそれを告げれば、少なからずショックを受けるかもしれない。孤独な少女にとって毛玉は今まで唯一頼れる存在であったのに、それは無償の愛などではなく利害関係があってこそだと伝えること。
困らせたい、悲しませたい訳ではなかったジェイクは、それに気付いてから今までずっと毛玉のそれを黙認していた。しかし今なら、どうだ。
ジェイクが訪れたのが分かるとにこにこと走り寄ってきて、おはよう、と笑うアンズ。
食後の散歩に誘えば頷いて後を着いてきて、湖に手を浸しては、冷たいね、とはにかむアンズ。
火照る顔をジェイクがばしゃばしゃと洗った時には、飛沫が飛んだのか、やめてよ、とけらけら笑いながらジェイクの肩を軽く叩いてきた。
そろそろいけるんじゃないか、これ。ジェイクは思った。
魔物の後釜というのも情けない気もするが、彼女の生い立ちは特殊だ。毛玉が占めていたスペースを、ぽっかり空いたその場所を全部まとめてジェイクが埋めて守ってみせようと決意する。
心なしかぐったりして見える毛玉をつつくアンズをじっと見詰め、ジェイクはやっと口を開いた。
「━━アンズ。君に話があるんだ」
何か普段と違う雰囲気を感じ取ったのか、このところ少し萎びれた毛玉が、珍しくジェイクの声に反応してむくりと起き上がる。
アンズはそんな毛玉とジェイクを交互に見ると、そっと毛玉を胸に抱えた。
鋤くように優しく撫でる細い指が分厚い毛玉の中から覗く。白い毛並みに負けないほど色素の薄いそれは繊細さの現れでもあるようで、きっと悲しませてしまう、と怖じ気づきそうになる。
だがこのまま一生を孤独に森の中で過ごさせるのか? そう問い掛けてくる内なる声に、否、と強く拳を握った。