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怖い話  作者: 猫正宗
1/3

地下街

 俺の勤めている会社は、駅から徒歩10分くらいの場所にある。


 最寄りの駅は地下鉄。

 その駅には直結する地下街があった。


 地下街は便利で、少し遠回りになるけど、そこを通って職場の近くに出ることも出来たから、雨の日なんかは地上の通勤路を使わずに地下をよく使っていた。


 地下街は駅の付近は割と店も多くて賑わっているけど、駅から離れるほどにシャッターの降りたままの店が増えていく。

 そういうエリアは人気(ひとけ)もなくて、照明も通路の蛍光灯だけだから、かなり薄暗い。

 俺が使ってた地下の通勤路にも、そんなエリアがあった。




 ところで俺はまだ、新入社員に毛が生えたような若輩サラリーマンだ。

 でもこのところ、ようやく会社でも重要な仕事を任されるようになってきていた。


 やりがいは増したけど、残業も増えた。

 なかなか大変だ。

 遅くまで働いて終電で帰って、始発でまた出社する。

 このところは、そんな事もしょっちゅうだった。


 その日は雨が降っていた。


 いつものように遅くまで働いた俺は、雨を避けて地下街を通り、終電に間に合うかヒヤヒヤしながら歩いていた。


 シャッターの降りた薄暗い地下を、カツカツと靴を鳴らして歩いていく。相変わらず人気はない。


 いつも思っていたのだが、この辺りはなんとなく不気味な感じがしていた。

 ぞくぞくするというか、なんというか……。

 とにかく気味が悪いのだ。


 ちなみに俺は霊感がかなり強い。

 霊も見えるし、ぶっちゃけオカルトマニアだ。

 学生時分には当時よく連んでいたオカルトに詳しい友人と、興味本位で心霊スポットなんかにも足を運んでいた。

 それも結構頻繁に。


 だからなんとなく分かるのだけど、この辺りの空気は普通とは違っていた。

 濁っているように感じる。


 特にその日は、空気が重く感じられた。

 ひんやりとして、襟首に纏わりついてくる感じだ。

 歩いているとなんとも言えない不安に襲われる。


 これは何か、よくないものが出るんじゃないか?

 戻って地上の通勤路を使おうか。

 とはいえ終電の時間もあるし、雨だって降っている。

 簡単に引き返す訳にはいかない。

 少し歩けば賑やかになってくるし、とにかく早く通り抜けよう。

 そう思って早足になったとき、ふと気付いた。


 挿絵(By みてみん)


 ……手前のほうに誰かがいる。


 通路左手のほうだ。

 とある店の、降りたシャッターの前に、存在感の希薄な髪の長い女が立っている。

 暗い通路に白い服がぼうっと浮かび上がっている。


 俺はすぐに気が付いた。

 こいつはこの世のものじゃない。


 ここで何をしているんだろう?

 気にはなるが、あまり興味を持たない方がいい。

 経験上、こういうのは無視して立ち去るのが一番なのだ。


 俯向き加減で女の横を通り抜ける。

 すると背中がぞわっと怖気だった。


 白い服の女を、ちらりと横目で流し見る。

 女はこちらを見ていた。

 前髪が長くて、顔は口元しか窺い知れない。

 でもわずかに覗く口元は、唇が爛れている。


 俺はぞくっときて、すぐ目を逸らした。

 なんだこいつ?

 絶対関わったらいけないやつだ。

 そう思って、逃げるみたいにその場を立ち去った。




 一夜明けてから、俺は始発でまた会社に向かった。

 昨日から降り続いていた雨はますます激しくなっていて、豪雨といってもいいくらいになっていたから、俺はまた地下の通勤路を使って会社に向かうことにした。


 昨日の霊は気になるけど、一晩たってるんだし多分大丈夫だろう。

 それに朝だしな。

 そんな風に考えた俺は愚かだった。


 薄暗い地下道の先に、あの女がいた。

 場所は昨夜とまったく同じ。

 思わず固まってしまう。

 遠くの女は身動ぎひとつせずに、ずっと俺に顔を向けている。

 やはり髪のせいで口元しか見えない。


 固まっていると、俺の方に女が近づいてきた。

 歩いている風ではなく、ゆらゆらと揺れながら側にやってくる。

 思わず後ずさった。

 どうしよう?

 これ逃げた方がいいよな、絶対。


 そんなことを考えていると、女がぴたりと止まった。

 なんだ?

 振り返ってみると、遠くで老婆が手招きしている姿が見えた。

 あの人が来たから止まったのか?

 とにかく今がチャンスだ。

 俺は、手招きする老婆のもとに逃げ込んだ。


「おぬし! あれが、姉さまが見えたのか!」


 見えると答えると、老婆の表情が厳しくなった。


「いいか? おぬしは魅入られてしまった。じゃが、まだ間に合う。まだ引寄せられてはおらん。だからもうおぬしは、絶対にここを通ってはいかんぞ!」


 老婆は何度も俺に念を押してから、去っていった。




 あれからしばらく経った頃。

 その日俺は、仕事帰りに同僚と酒を飲んでいた。


 時刻はもう終電間際だ。

 勘定を済ませて店を出ると、いつの間にか雨が降っていた。


 傘は持っていない。

 買いに走ろうにも、近くにコンビニはないし、そんな事をしていては終電を逃してしまう。

 仕方がないので俺は、地下街を通って帰ることにした。


 女の霊や老婆のことは気になったが、あれから数ヶ月経っている。

 さすがにもう大丈夫だろう。

 それに念のための保険もカバンに入れたままだ。

 大丈夫に違いない。

 酒に酔ったあたまで、根拠もなくそう考えてしまった俺は、地下街に向けて歩きだした。


 地下を歩く。

 リノリウムの床にカツカツと足音が反響する。

 辺りは薄暗い。

 あの女の霊が立っていた場所はもうすぐだ。

 蛍光灯の頼りない明かりのもと、シャッターの閉まった店の通路を、おっかなびっくり歩いていく。

 遠くにあの場所が見えてきた。


 ……いない。


 やはり、もう大丈夫なんだろう。

 女の霊はいない。

 胸を撫で下ろす。

 さぁ終電に間に合うように帰ろう。

 早足であの場所を通り抜けて、ほっと息を吐いた。

 そのとき。


「……ねぇ」


 微かな声が聞こえた。

 ぞくりと全身の肌が粟立つ。

 振り返ると真後ろ、……目と鼻の先にあの女が立っていた。


 こいつはまだここにいたのか。

 俺のことを狙っている。

 あまりの恐怖に息が出来ない。

 思わず腰が砕けて、尻餅をつく。


 女の口元は相変わらず爛れていた。

 腐ったような匂いが漂ってくる。


 不意に女の霊が、長く伸びた前髪をかき分けた。

 隠されていた顔が露わになる。

 たまらずに俺は、ひっ、と声を漏らした。


 腐った唇に、削ぎ落ちた鼻。

 顔全体が焼け爛れている。

 右の眼球が潰れていた。

 落ち窪んだ左の眼窩からは、よくわからない液体が垂れていた。


 これはまずい!

 こいつ悪霊だ。

 それも飛び切りたちの悪いやつだ!


 異様な風体の女が、腰を抜かした俺に手を伸ばしてくる。

 捕まったらどうなるかわからない。


 俺はカバンを前に突き出して、なんとかしようと足掻いた。

 すると悪霊の手がぴたりと止まった。

 どうしたんだろうか。

 ふと思い立つ。

 カバンの中には、老婆に持たされた魔除けの札が入れっぱなしだったのだ。

 とにかく今がチャンスだ。

 俺は立ち上がり、必死になって走って逃げた。


 逃げ延びてから確認すると、カバンに忍ばせておいた魔除けの札が真っ黒になっていた。

 おそらくこれのおかげで逃げ切れたのだろう。

 俺は老婆に感謝した。




 あの女がどうして悪霊になったのか、いつからそこにいるのか、老婆との関係はどういうものなのか、それは結局わからないままだ。


 でも知ろうとは思わない。

 安易に悪霊を知る行為は、危険極まりない行いだからだ。


 今回狙われたのは、たまたま通りがかった俺が『見える人』だったからだろう。

 逃げられたのも、本気で憑かれてはいないからだ。


 だがもし悪霊と深く関わってしまうと、今度はたまたまではなく必然として、あの場所に導かれてしまうかもしれない。

 そうなると、もう逃げられないだろう。


 悪霊とはそれほどに恐ろしいものなのだ。

 もし本当に憑かれれば、一生を棒にふる。


 俺はオカルトマニアとして心霊現象は好きだが、悪霊だけは勘弁だ。

 だからあれから、あの場所は通っていない。

 老婆には礼を言いたいが、もう俺があそこに近づくことはないだろう。

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