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オン・ステージ!!  作者: アンサンブル
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プロローグ

プロローグ



闇の中を切り裂くように、舞台の真ん中にスポットライトが当てられる。光の中に立つその女性は華麗な装飾が施された煌びやかなドレスに身を包みながらも、凛とした表情でしっかりと前を見据えていた。その姿はお城の中で騎士に守られるお姫様ではなく、自分の力で前へ進んでいく強い意志を持った一人の女性のようで。全員の視線が釘付けになる。意識が強制的にそこへ向けられる。

そこにいる誰もがその女性の次の台詞を待っていた。彼女はそれほどまでに強い引力を発していた。

光に照らされた女性は、一度周りをゆっくりと見回すと薄く微笑んだ。喜びと悲しみとが入り混じったような、言葉では言い表せない切なさがそこには確かに見えた。それは決して大きな変化ではない。だと言うのに、その場にいる全員が気づいてしまった。分かってしまった。彼女の心に隠された本当の想いを。

女性が静かに息を吸う。

嗚呼、駄目だ。あれほど聞きたかった次の言葉を聞くのが怖い。彼女がこれからどうするのか、分かってしまう気がするから。きっとこれはハッピーエンドにはならない。誰もがそう直感していたからこそ、此処で全てが終わる事を望んだ。

それでも、物語は進んでしまう。


「...これが私の運命だとするのなら、私は全てを受け入れましょう」


その声は酷く落ち着いていた。優しささえも感じられた温かい声色だった。

受け入れる、その言葉に誤りはないのだろう。女性はこれから自分の身に何が起こるか分かった上でこの場に立っている。恐れることなく、前を見据えて。

隣から鼻を啜る音が聞こえた。ふと気がつけば周りからは嗚咽が絶え間なく響いてくる。皆が泣いている。彼女の悲痛な決意に胸を打たれたのだろう。彼等は皆、心の底から悲しみを感じている。


「...さようなら、愛しい人」


そう女性が呟くと、誰かが小さく「あっ」と声を上げた。

瞬間、鋭い銃声が響き女性を照らしていた光が消える。パッと視界が赤に染まり、気づくと先程まで立っていた女性がうつ伏せに倒れていた。

撃たれたのだ。彼女は自分の愛する国を守る為、愛する人を守る為に凶弾に倒れた。弾丸は彼女の心臓を性格に撃ち抜いたらしく、倒れている彼女は既に事切れているようだった。

血のように赤く染まった世界。先程まで生きていたのが嘘みたいにピクリとも動かない女性の姿はあまりにも劇的で、見る者の涙を誘う。

最期まで美しくあった彼女の魂が、せめて安らかに眠れるように人々は祈る。

赤かった世界が少しずつ暗闇へと戻っていく。中央に眠る女性の姿が次第に見えなくなっていく。これでお別れだ。

完全な闇になり痛いほどの沈黙が辺りを包む。


その沈黙を破ったのは、悲しいながらも希望を感じるヒーリング曲調の音楽だった。音楽がフェードインしていくと同時に暗闇が次第に引いていく。再び照らされた舞台には先程死んでしまった悲劇の王女と、ヒロインに愛されそして彼女を愛していた亡国の王子の二人を囲むようにして数人の人々が並んで立っていた。皆、一様に満面の笑みを浮かべている。

王女が合図をすると全員が一斉にお辞儀をして、周りからは拍手が起こった。

王女が一歩前に踏み出す。


「皆様、本日は西森高校演劇部作品"愛しいセレナーデ"をご覧頂きありがとうございます!もし興味を持ってくれた方がいたら是非!我が演劇部にいらしてください!私達は新たな仲間を歓迎いたします!」


そこまで言うと、マイクが王子に手渡される。


「ほら、王子様も何か一言!」

「急に振るな!...えっと...そうだな。今俺達演劇部は人数が少ない。正直足りていない。だから入ってくれると助かるは本当だ。見学だけでもいいから気軽に来て欲しい」

「王子様かたくない?本番より緊張してる?」

「五月蝿いな。アドリブは苦手なんだよ!ほら、さっさと終わらせるぞ」


王子役の男性が怒ったようにマイクを王女に押し付けると、王女は楽しそうに笑った。先程までの美しくも悲しい笑顔とは全く違う、年相応の快活な笑顔だ。


「それでは皆さん、ありがとうございました!」


全員が再びお辞儀をすると、今度は先程のよりも大きな拍手が沸き起こった。

幕が閉められていく間もそれが止むことはなく、幕が締め切り会場の明りが付き始めた頃になってようやく拍手は鳴り止んだ。

そして気づく。此処は体育館の中だった事に。そして今は部活見学の為に演劇部の公演を観に来ていたことに。周りの観客はほぼ全員が入学したばかりの一年生だ。中には本気で泣いている生徒もおりハンカチで目を拭っていた。

たった60分の芝居だったのに、何時間も過ごしたような重厚感があった。凄い熱量に圧倒され続けた一時間だった。

鼻を啜っていた千波がボロボロと涙を零しながら「はぁ〜」と溜息をついた。


「感動した...!バッドエンドは悲しかったけど、この後あの国は平和になるんだよねぇ...良かった」

「...確かに話は悪くなかったけど泣くほどか?どうせこれは創作の中の話だろ」

「冷えてる!キンキンに冷えてるよ圭!さっきの劇観て何とも思わなかったの!?」

「何ともっていうか...まぁ、上手いなとは思ったけどそれぐらいじゃね」

「ひ、ひぇぇぇ...圭ってば人の心死んでるんじゃないの...!?」


心底有り得ないといった表情を向けてくる千波を圭は「うるせぇ」と一蹴した。

確かに面白いとは感じた。役者も上手かったしあっと驚くような展開もあったし途中で集中力が途切れることもなかった。だが、それだけだ。どうせあの舞台の上で起きていることは全てフィクションなのだ。泣いたりする程ではない。寧ろそこまでフィクションの世界にのめり込める人の方が圭にとって不思議でたまらなかった。

まだわんわんと騒ぎ立てる千波を無視して壁にかけられた時計を見ると午後二時をさしている。せっかく今日は学校が半日で終わったというのに、一時間ロスしてしまった。一刻も早く家に帰って好きな漫画が読みたい。


「俺、もう帰る」


横に置いてあったカバンを肩に掛けて立ち上がる。すると下から抗議の声があがった。


「ええっ!?まだ部活見学演劇部しか見れてないのに!?」

「俺は帰宅部志望だからいいんだよ。そもそも演劇部だって本当は見に来る気なかったんだ。お前が来い来い五月蝿いから来ただけだし」


公立西森高校に入学して今日で三日目。昨日は入学式で終わり。その次の日は簡単なオリエンテーションで終わった。そして今日から一週間、部活勧誘週間に入る。西森高校には数多くの運動部系や文化系の部活が存在しており、この一週間の間は学校の授業は半日で終了し新入生達の部活見学に当てられる。部活は強制参加という訳ではなく数は少ないものの帰宅部生も確かに存在する。

中学校の三年間帰宅部として過ごしてきた椎名圭は高校でも勿論帰宅部になるつもりだ。汗水垂らしての青春など死んでも御免だ。比較的楽に平和な高校生活を送りたい。

だからこそ部活勧誘週間は自分には全く関係のない行事だと思っていたし、午後からは買いだめしている漫画やアニメを観て有意義な時間を過ごそうと思っていたのに。

圭は恨めしげに愚図る千波を見下ろした。


朝比奈千波。圭と同じ西森高校の新入生で同じクラスに所属している女子生徒だ。千波は幼馴染であり幼稚園、小学校を共に過ごしてきた。中学では親の都合で離れてしまったが、高校で久しぶりに再会したのだ。彼女は中学時代陸上部に所属しており名を馳せた選手だったらしい。膝の怪我で陸上を止めたそうだが、部活というものにとても素晴らしい思い入れのある千波に部活に入らないという選択肢は存在しない。授業が終わり次第さっさと帰ろうとする圭を無理やり引きずって部活見学に誘ったのだった。

公演時間が決まっているという理由でまず演劇部を見に来たがそれが間違いだった。公演が始まってしまえば会場となっている体育館は暗くなるし光をあまり入れないように扉も締め切られる。途中で体育館を出ようにも扉を開く際に外の光が入ってしまうため周りの目を引いてしまう。結果として公演が終わるまで一時間体育館から動くことが出来なかった。

貴重な午後の時間を一時間も潰してしまった。もうこれ以上千波に構ってやる時間は無い。


「じゃあな」


踵を返して体育館の出口に向かうと、出口付近に人の固まりがあった。何だ、邪魔くさいなと思えどもそんな事言えるはずもなく圭の足が止まる。

人の固まりの内一人が圭に気づいて駆け寄ってきた。それは先程まで舞台上にいたあのお姫様で、反応するよりも早く両手を掴まれ上下に大きく振られる。


「こんにちは!観に来てくれてありがとね!」

「え、あ、はぁ...ど、どうも」

「まさかこんなに来てくれるとは思ってなかったからさぁー、舞台に立ってみてビックリしたよ。ね、どうだった?楽しんでもらえたかな?」

「え、えっと...」


誰だ、この人。

舞台上と舞台から降りた時のキャラが違い過ぎないか。

あまりのギャップにされるがままの圭を見かねたのか近くにいたもう一人が話に入ってくる。


「七瀬先輩、その子困ってますよ。その辺にしといてあげたら?」

「ごめんごめん!つい嬉しくって!」


ぱ、と急に手を離され思わず前のめりになる。

出口付近に固まっていた集団はどうやら演劇部のようだった。役者として出ていた部員も、今初めて見る部員もいるが全員で十人にも満たない。公演後の挨拶で部員が少ないと言っていたが、確かにそうらしい。

まぁ、俺には関係の無いことだ。


「ごめんなさいね。あの人、力加減ってものを知らないから」

「いえ...じゃあ俺、急いでるので...失礼します」


出来るだけ目を合わせないように俯きながら横を通り過ぎる。先輩に対して失礼な態度かもしれないがこれからもう交流する事のない相手だ。礼儀など気にする必要はないだろう。

どうやら演劇部が出口付近に固まっているのは公演の感想を聞くことと、観に来たことへの御礼、そして勧誘目的らしかった。カバンを抱えて早足で出ていく圭に勧誘は無駄だと悟ったのだろう。部員達は通り過ぎる圭に「ありがとうございました」と声をかけるだけで他には何もアクションを起こさなかった。

体育館を出て靴に履き替えている際、後ろの方で千波が演劇部の部員達に捕まっている声が聞こえてきた。千波は明るく愛嬌があるし、入学からまだ三日だと言うのにクラスのムードメーカーにまでなっているような人気者だ。演劇部には合っているのかもしれない。俺なんかとは違って。


「...帰るか」


もう癖になってしまった自虐に滅入りそうになりながらカバンを抱え直す。

これから高校三年間、どう過ごそうか。





椎名圭には友達が居ない。

いつも教室の隅で読書をしているか、寝たフリをしているかのどちらかだ。クラスメイトに話しかけられても一言で無理矢理話を終わらせてしまう。そんな事を続けていれば自然と好んで近寄ってくる人は少なくなる。


高校に入学してから十日目の今日。部活勧誘週間最後の日で、午前中で授業が終わった放課後。既にクラス内にはいくつかの仲良しグループが出来ておりこれから一緒に部活巡りしよう等と楽しげに話している。その仲良しグループの中には千波の姿もあった。入学初日からクラスの中心となっていた千波は既にほぼ全員と打ち解けている。友達に囲まれ楽しそうに笑っている千波を横目に、圭はカバンを抱えて教室の後ろのドアから外に出た。当然、さようならと言う相手も言ってくれる相手もいない。

騒がしい教室とは裏腹に廊下は静かだった。開け放たれた窓から運動部の掛け声が小さく聞こえてくる。よく頑張るものだ。毎日朝早くから夜遅くまで努力をして、そして夢を掴める者はその中の一体何割なのだろう。いずれその努力が無駄になるかもしれないというのに、どうして続けることが出来るのだろう。

足を止めて窓の外を見下ろす。中庭では列をなして走っている部活生の姿があった。汗を流して中には辛そうな表情の生徒もいる。だと言うのに、どうしてあんなにも誇らしげな顔をしているのだろう。スポットライトの光が当たっているわけでもないのに、どうしてあんなにも輝いて見えるのだろう。

理由は分かっていた。分かっていたからこそ、圭は何も言わずに窓の外から視線を外した。


「あっ、良かった!まだ帰ってなかったね!」

「...千波。何か用か?」


内心舌打ちをしながら千波に向き直る。


「んふふ、圭ってば最初の演劇部以外どの部活も見に行ってないでしょ?」

「そうだけど」

「それはつまり演劇部以外の部活は考えられないってことなんだよね?」

「...は?」


ドヤ顔で告げる千波の台詞に思考が停止する。

あれ、俺確かにコイツに帰宅部に入るって言ったはずだよな?

圭の混乱を他所に千波はうんうん、と勝手に納得をして話を進めていく。


「そうだよね。演劇部すごかったもんね。でも周りの人に聞いてみたんだけど、みんな演劇部には入らないらしいんだよね。なんかハードル高いみたいでさ。でも演劇部人数少ないって言ってたしこのままじゃ廃部の危機もあるらしいんだ。あんなに凄い演技するのに廃部なんて勿体ないよね!だから私決めたよ!」


分かってしまう。

千波がこの先にどんな台詞を口にするのか。

聞きたくない。聞きたくないけれど、いつだって物語は勝手に進む。フィクションでも、現実でも観客を待ってはくれないのだ。


「私と圭の二人で演劇部に入ろう!」


こうして、主演椎名圭による西森高校演劇部での華麗なる喜劇の幕が上がった。

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