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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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鐘が鳴り響くとき

 悲鳴が聞こえた。


 空に浮かぶ分厚い雲に大剣が重なる。


 避けるのは不可能だった。


 けど身体強化すら使わずに戦っていたならかなり健闘した方だろ。時間は充分に稼ぐことができたはずだ。


 ここにいる魔物だけが挙げた雄叫び。その意味に気づいてくれているのなら。


 そうして、ユーリは魔物の背後から励起されるフェアリーの揺らぎを感じた。


「フォトンレイピア!!」


 通りの向こうから声がして唐突に淡い輝きを放つ槍が魔物の腹部を貫いた。凍りついたように動きを止めた魔物の傷口から魔力が吹きだし光の槍が粒子となって弾けて消えていく。


 ほんの数瞬のあいだ大剣を掲げたまま立ち尽くしていた魔物の身体がぐらりと揺れた。まだ立ち上がれずにいたユーリに向かって倒れ、その背後から風を切ってくぐり抜けてきた人影が肩に手を回した。


「やれやれ。相変わらず無茶をするものだな、お前は」


 不意に強い重力を感じて途端に軽くなる。身体が浮き上がり眼下で魔物の巨体が地面に崩れ落ちる音がして大きな魔力の放出を感じた。


 微かな驚きと共に見上げたユーリの顔にペールオレンジの顔がかかる。


「お姫様になった気分はどうだ」


 風に髪の毛をなびかせながら見下ろしてきたヴィオラがやや得意気な微笑を浮かべ、ユーリは小さく鼻で笑うと肩の力を抜きながら目を伏せた。


「お礼のキスでもすればいいのか?」


「そうだな、とびっきり熱いのにしてくれ」


 そうしてヴィオラは連なっていた家々の屋根に羽根のようにふわりと着地するとユーリを下ろした。


 魔物の姿はなくなっておりいまの一撃で完全に消滅してしまったようだった。ひび割れた地面はところどころが大きく抉れ爆発が起きたあとのようになっており、眼下に広がる惨状はどれだけ強力な魔物であったかを静かに物語っていた。


「ユーリくんっ、大丈夫!?」


 聖剣を放りだしたアイリスが真下から泣きそうな声で呼びかけてくる。マリーと共に駆けつけた兵士たちが通りの隅で倒れていた仲間のもとへ駆け寄って具合を確かめていた。


「こっちは平気だ」


「よかった……」


 安堵したようにアイリスが胸に手を当て、思わずユーリも小さくため息をついた。


 屋根の上から町を見渡すとその至るところでフェアリーが励起されているのを感じた。その一つひとつは微弱な揺らぎだったが部分的に大きな魔導術が解放されている感覚もある。


 あの佐官の魔導士を含め、わずかに魔力が残っていた魔導士たちが兵士を引き連れて魔物と戦っているのだろう。


 以前出会った魔物とは段違いの強さを持っているが、やはり魔導術に対しての防御力はそう高くない。もしもの場合は加勢しなくてはならないかもしれないと思っていたがこの様子だとその必要はなさそうだ。


 火事を起こしている建物の方では兵士や魔導士が水路を利用して消化活動を行なっており、町に響いていた住人たちの逃げ惑うざわめきはずいぶんと小さくなっていた。そのほとんどが聖堂への避難を済ませたようだった。


「なんとか持ち直したか……それにしても、エルフがこんなに身体能力が高い種族だとは知らなかったよ」


「瞬発力があるだけだよ。ずっとあんな調子で動けるわけじゃない」


 ヴィオラは表情に疲労を滲ませながら腰に手を当てて大きく息を吐いた。


「すまなかったなユーリ。急いで駆けつけたがお前を危ない目に遭わせてしまった。怖かっただろう……?」


「別に。そろそろ来てくれると思ってたから」


「あのな……間にあったからよかったものの、もう少し遅かったら死んでいたかもしれないんだぞ。いくら助けるためとはいえ無鉄砲に立ち向かうのを勇気とは呼ばないんだ」


「蛮勇だろ?」


「……わかっているならあまり心配をかけさせないでおくれ。ユーリが無理に戦う必要はないんだ」


「そうしたいのは山々だけど、あいにく黙って見てるわけにもいかなくなったんだよ」


「……なにを言っているんだお前は?」


「あの魔物にはエーデルワイスの力が効かないんだ」


「そんなことを訊いているんじゃない」


「俺も戦うんだよ。ヴィオラだけじゃ精霊魔法を使うあいだに狙い撃ちにされる」


 そのとき町を囲む外壁の方からカンカンと鐘を打ち鳴らす乾いた音が響き渡った。ユーリは小さくため息をついて町の外に視線を投げかけた。


「やっと来たか……」


「待てユーリ、お前はいったいなにを考えているんだ……?」


「すぐにわかる。ついてこい」


 さっきのように抱えてもらって屋根から飛び降りるのはさすがに気が引け、ユーリは天窓を蹴破ると怪訝そうに眉をひそめるヴィオラを連れて中を伝って通りへ出ていった。


「マリー、あとのことは任せたぞ」


 兵士たちに指示を出していたマリーへそう呼びかけると、彼女はすぐにこちらへやってきて頭を下げた。


「かしこまりました。できるだけそちらの援護に向かわせますので……あの、どうかご武運を」


「ああ」


 そうして負傷した兵士を一人に任せるとマリーも他の者を引き連れて駆けだしていった。


 響いてくる警鐘の方へしきりに目を向けていたアイリスが不安げにこちらへ振り向く。


「あの、ユーリくん、あたしたちは……?」


「俺とヴィオラはこれからあいつと戦いに行ってくる。アイリスはナーガの様子を見に行ってくれ」


「一緒に行かなくていいの……?」


「エーデルワイスが役に立たないんじゃ来てもしょうがないだろ」


「それで、どうするつもりなんだ? まさかとは思うが剣術で立ち向かうつもりじゃないだろうな」


「んなわけあるかよ、自殺するようなものだろ。アイリス、頼みがあるんだ」


「なに……?」


「お前の魔力を俺に分けてくれ」


「……え、魔力を?」


 できればこの手は使いたくなかった。だがエーデルワイスが通用しないとなれば他に方法がない。


 どちらにせよこうなることを考えていなかったわけじゃなかった。仲間を、この町のみんなも巻きこんでしまった始末くらいは自分でつけなくてはならない。


 気がかりは残っているが、あとは俺次第だ。

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