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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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魔法の言葉

 兵士たちへ指示を出すために将校たちが次々と部屋をあとにしていき、なにかを話しかけたがっている気配を見せていた魔導士たちもマリーの一声でそそくさと彼らに続いていった。ユアリィたちも気遣わしげにこちらを見やっていたがユーリは顔を合わせなかった。


 そうして残されたのが四人だけになるとマリーは肩の力を抜くようにため息をついて戸惑った様子で頭を下げた。


「驚きました。まさかあなたがあのユーリ様だったとは知らず……失礼な言動を取ったことをお許しください」


「普通にしててくれ。かしこまられるとこっちが恐縮する」


「ですが……」


 立場上、彼女たちの前では毅然とした態度を取っていたマリーだったが、そうする必要もなくなったせいか緊張している様子を隠そうともしていなかった。


 隣にいたアイリスがきょとんとしながら不思議そうにマリーへと訊ねる。


「あの……ユーリくんってそんなにすごい人なんですか……?」


「ご存知ないんですか?」


「はあ……有名人ってくらいしか……」


「……この方はとある魔王から世界を救った英雄です。それだけでなく魔導術の発展にも多大な貢献をされ魔導士の戦い方に革新的な影響をもたらした方でもあるんですよ。その功績はとても一言では言い表せるものではありませんが、ともかくわたしたち魔導士にとっては憧れでありとても偉大なお方なんです。当時は新聞などでも大きく取り上げられていたんですが……」


「えぇ……そうだったんだ……」


「あの、お会いできてとても光栄です」


 誰の目にもあきらかな羨望の眼差しを向けるマリーとは対照的にアイリスは半信半疑といった面持ちで胡散臭そうにこちらを見ていた。


「驚いたな、まさかユーリがそこまでの偉業を成し遂げていただなんて」


 感心したように目を丸くするヴィオラへユーリは鼻で笑いながら肩を竦めてみせる。


「噂なんてだいたい誇張されていくものだから」


「実際のところどうなの?」


「忘れた」


「じゃあ誇張されたかどうかもわかるわけないじゃん」


「……どうでもいいだろそんなこと」


「気になるよぅ、だって全然──」


「そういえば、お前はマリーと会うのこれがはじめてだったよな。こいつアイリスっていうんだ。調査にも来てたんだけど具合悪くしてたものだから」


 口を滑らせる予感がして慌てて肩を掴み話を遮った。ここでユーリの無能っぷりを晒されてしまったらせっかく流れに乗じて魔力を奪われたことにしたというのに意味がなくなってしまう。


「あ……すみません、あたしアイリスっていいます」


「こちらこそ申し遅れました。マリー・アビスティです。よろしくお願いします」


 転生者だということは言わないことにした。アイリスが一緒に戦うにせよ戦わないにせよ、まともな戦力として数えるには未熟すぎるし彼女たちにも余計な期待を抱かせるだけだからだ。


 そんなふうに話題を下流の方へ流しているとマリーは思いだしたように小さく声を漏らし眼鏡の縁を持ち上げた。


「あの……ところでユーリ様、頼みたいこととはなんでしょうか……?」


「泊まる場所を貸してくれ。宿を追いだされたんだ」


「かしこまりました。他にはなにかご入用ですか?」


「それだけでいい。そっちも忙しいだろうから」


「お気遣い感謝致します。それに……今度のことも本当にありがとうございます。本来ならわたしたちだけで対処すべきことなんですが、みなさまのお力がとても心強いです」


 マリーはそう言うと真剣な表情で頭を下げた。


「あの……でも、先ほどのお話を蒸し返すようで申し訳ないのですが、本当にみなさまだけで戦われるおつもりなんですか……?」


「ヴィオラのこと気づいてるだろ。こいつの力があれば充分戦えるよ」


「……ん?」


 それまで黙して会話の流れを見送っていたヴィオラが途端に顔色を変えた。まるで頭になかったらしく唖然とした様子で問いかけてくる


「おい、少し待ってくれユーリ。どういう意味だ?」


「聡明なエルフがまさか予想してなかったってことないだろ。どうやって倒すつもりだったんだよ」


「わたしに歌を使えと言っているのか……?」


「最高のステージにしようぜ」


「なにを言っているんだ、聞いてないぞ……!?」


 晴々とした笑顔で親指を立ててみたもののそれで流されるヴィオラではなかったようで、彼女は狼狽えたように大声を挙げると両手を机に突いて椅子を蹴った。


「精霊魔法の力を借りるしかないんだ。さすがにあの程度の威力しかないわけじゃないだろ」


「だとしてもだ! それに、戦いながら歌うのだって難しいし……! その、そうっ……長い歌を使うにはそれなりに代償だってあるんだからな……!?」


「代償?」


「本当だぞ!? いままで言わなかったけど歌だって無から力を生みだすわけじゃないんだ……! だからそう易々と使えるものでは──」


「お前らそんな物騒なもの日頃から使ってんのか?」


「いや、だから……それはっ……」


 冷静なヴィオラにしては珍しく反論に窮したようにしどろもどろになっていた。


 おそらくうそをついているわけではないのだろう。魔導術と同じように精霊魔法もなんらかの対価を支払って力を行使するというのは不思議な話ではない。だがそれを使うに当たって真っ先に笑われることへの恐れを口にしていた辺り、なんというか規模を選べば大丈夫そうだった。


「なあユーリ、どうか考え直してくれないか……? 恩に着せるつもりなどないがわたしにだって感情があるんだ。自らを犠牲にして戦っているのにそのせいで愛する者たちに笑われるなんてあんまりじゃないか……!」


「町がピンチだっていうのに躊躇ってる場合かよ。歌うつもりがないならなにしについてきたんだ?」


「ユーリ……」


 そう言った途端ヴィオラは呆然としたようにこちらを見返していた。そうして顔を伏せて悲しそうな声で呟く。


「ユーリも他の人間たちと同じようにわたしをエルフとして利用するつもりだったのか……?」


「当たり前だろ。最初から剣術の方はあてにすらしてねえよ。じゃ、そういうわけでよろしく」


「待て待て待て、いまのはそんなあっさり流すところじゃないだろうがっ! さっきの話覚えてるだろう!? 周りから好奇な目で見られてきたわたしのセンシティブな部分じゃないか!」


「助けてヴィオラお姉ちゃん」


「なっ……き、汚いぞ! ここで言うのはずるいだろっ!」


「往生際が悪いんだよ。いい加減あきらめて歌う決心つけろ。恥ずかしくないだろ別に」


「恥ずかしいもんっ! ユーリのばか! 嫌い!」


 頬を真っ赤にして瞳に涙を滲ませたヴィオラはそんな乙女めいた捨てゼリフを吐くと逃げるように部屋を飛びだしていってしまった。


 取り残された部屋の中へ沈黙が訪れるとアイリスが微妙そうな表情で訊ねてくる。


「……ねえ、いまのなに?」


「魔法の言葉さ」


「ふーん……」


「あ、あのぅ……探しに行った方がよいのでは……?」


 ただ一人ヴィオラの身を案じていたマリーが恐る恐るといった様子で言う。


「……それもそうだな。にしてもどこ行ったんだろ」


「……給湯室じゃないかな」

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