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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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浮かぶ紋章

 平原の先へ広がっていた森の手前でユアリィが馬車を停める。周りにも先に到着していた軍の馬車が六台停めてあり、ユーリは地面に降り立つと伸びをしながら車内に振り返った。


「大丈夫か?」


 椅子に座ったまま突然の解雇通知を受けたサラリーマンのようにうなだれていたアイリスが青ざめた顔を持ち上げて首を振る。見た目ほど具合が悪くはないのだろうが動き回る元気はさすがになさそうだった。


「じゃあお前はここで休んでろ」


「ごめんね……ちょっと休めばよくなると思うから……」


「なにかあれば呼んでくれ。すぐに駆けつける」


 ぽんと肩を叩いてヴィオラが馬車を降り、ナーガもそれに続く。もしかしたら魔物が現れるかもしれないが聖剣の力があれば襲われる心配はないだろう。


「行きましょう。すぐ近くよ」


 そうして杖を手にしたユアリィの案内でアイリスを置いたまま五人は森の中へ入っていった。


 向こうから揺れ動くフェアリーの気配がしていた。周囲に漂っているフェアリーもそちらに向かって流れており、木々が揺れる音と共に徐々に風が強くなってきている。持続的に魔導術が使用されている様子が窺えた。


「確かめておきたいんだけど、紹介するときにユーリくんの名前じゃまずいのよね?」


「タロウ・タナカでいい。案内所でもそう名乗ってる」


「タロウくんね。わかったわ」


 前に向き直ったユアリィの背中から木々の連なりに視線を移していきながらユーリはおもむろに考えていた。


 ランタンはほぼ間違いなく転生者が寄越したものだ。ナーガもヴィオラもそのことは理解していると思う。


 気になるのはなぜ転生者としての武器を手放しているのかというところだった。転生者と魔王たちのあいだに主従関係はない。いくら強大な力があったところで魔王たちが懐柔されるとは思えないし、ユーリが城にいた頃も四六時中命を狙われていて心が休まる時間などまったくなかった。


 他に身を守る手段があるのだろうがそれにしたって不可解だ。エーデルワイスがそうであったようにたぶん転生者の武器は本人以外に触ることはできない。だとしても動かすこと自体ができないわけじゃないだろうし万が一持ちだされてしまうリスクを思えば、しかも大事なものであるならなおさら肌身離さず持っておきたいはずだが。


 そんな疑問を抱きながらユアリィたちについていくとやがて森の向こうに集まっている魔導士と兵士たちが見えてきた。魔導士たちは一点を囲んでそれぞれに魔導術を解放させており、森に及ぶ被害への配慮からかそれらはすべて風を操るもので統一されていた。


 その集団の一歩後ろに立っていた魔導士がこちらに気がつき、ユアリィとルルーナが姿勢を正す。


「遅くなってすみません。今朝お話した方をお連れしました」


「ご苦労さま二人とも。はじめましてみなさん、アンスリムで警備隊長を務めているマリー・アビスティです」


 風になびく髪を押さえながらこちらに向き直ってそう名乗ると彼女は丁寧に頭を下げた。丸い眼鏡をかけた二十代後半ほどの女だった。各所を装甲で覆った兵士たちはほとんどが彼女と同年代かそれ以上の男たちだったが、他の魔導士たちはみんな若くユアリィたちとそれほど変わらない年齢に見える。


「それで、依頼を受けてくださった方というのはあなた……?」


「いえ、こちらのタロウさんです」


 やや言いづらそうにユアリィがこちらへ手を差し向けると、杖を持っていたナーガへ怪訝そうに目を向けていたマリーが意外そうに声を漏らした。だがその驚き具合にはあまり変化がなく、呆気に取られたようにユーリを見つめていた。


「え、あ……いえ、失礼しました。杖をお持ちでしたのでてっきり……」


「タロウ・タナカです」


「……魔導術に精通しているとお聞きしていたんですが、ずいぶんお若いんですね」


「大船に乗ったつもりでとは言えませんがご期待に添えるよう尽力します」


「お願いします。一度作業を中断させますのでじっくりお調べください。みんな、今朝話した魔導士の方がいらしたわ」


 手を叩きながらマリーが呼びかけると魔導士たちは掲げていた杖を下ろし疲労に満ちた表情で地面に座りこんだ。よほど長時間魔導術を使っていたらしく周りにいた兵士たちに支えられながら道を空けるように木陰へと連れられていく。


 マリーはこちらへやってきた兵士からバインダーを受け取るとユアリィを呼んで真剣な顔でなにかを話しはじめた。ちらりと覗きこんでみるといくつもの数字が羅列された表のようなものが紙に記入されており、おそらくは周囲に残存するフェアリーの量を計算しているようだった。


「あの、どうぞこちらへ」


 周りから奇異の視線が注がれる中、ルルーナに連れられて向かった先には案内所で説明をされた通りランタンが地面の上へ無造作に置かれていた。


 黄色い刻印のようなものが走った真っ黒なランタンだ。見たところランタン自体にはなんの変哲もないがその頭上には直径にして五メートルほどの淡い輝きを放つ紋章陣が浮かび上がっており、近寄って観察しようと思ったところでルルーナが呼び止めてきた。


「お気をつけください。この辺りから先へ進むとランタンを守っている魔導術が解放されるみたいなので」


「なんの魔導術なんだ?」


「申し訳ありません……防御魔導であること以外にはなにも……」


「タロウ、すごいぞ、魔法陣だ。あれが魔導術を使うときに必要になるんだろう? 知っているぞわたしは」


「はしゃぐなよ、ちょっと下がっててくれ」


 目を輝かせていたヴィオラは興奮した様子で感嘆のため息をつきながら展開された紋章陣を眺めており、ユーリは足元に落ちていた石ころを拾うとランタンの方に向かって投げつけてみた。


 途端に展開されていたものとは別の紋章陣が重なるように現れフェアリーが励起される甲高い音が鳴り響いた。一瞬だけランタンの周囲へ半透明の薄い膜のようなものが現れたかと思うと石ころは静電気が起きたような音と共に弾かれていた。


「この通り近づけないんです。お怪我をされるかもしれないので触れない方がよいと思います」


「そうみたいだな……」


 どこから魔力を引っ張ってきているのかわからないが、魔導術が解放されたにも関わらず周囲に漂うフェアリーにはたいした変化が起きていなかった。


 足元に帰ってきた石ころを見下ろしながらユーリは記憶の中に引っかかるものを見つけていた


 前に似たような場面に出くわしたことがある。魔王の一人が使っていたものと同じ魔導術だった。


 どの魔導書にも記されておらず、あらゆる攻撃を受け止める絶対的な防御力を持ちながら必要とされる魔力もフェアリーも極端に低いというユーリが知る限り防御系の魔導術の中では最強に近い性能を持つものだ。既存のどの魔導術よりも極めて複雑な紋章陣を使用しているせいかユーリですら模倣することができなかった。


「ナーガが殴りつけてみましょうか」


「やめとけ。骨が折れる」


「それはどちらの意味ですか」


「両方だよ」


「……タロウ、先に言っておくが歌は使わないからな」


「そんなに嫌か?」


「当たり前だ。かろうじて聞かれてなかったとはいえそれでもわたしは恥ずかしさで枕に顔をうずめたい気持ちなんだ。こんな大勢の前で歌うことなんかあれば二度と姿を見せられない」


 腕を組みながらあのときのことを思いだしてしまったように微かに頬を染めてそっぽを向く。


 そこまで心を抉っていたとは思わなかった。こいつの場合は例の漫画を描いていた転生者の影響が大きいのかもしれないけれど。


「どちらにしても精霊魔法の出る幕じゃないだろうな。この魔導術はちょっとやそっとの攻撃でどうにかできるような脆いものじゃないんだ」


「知っているのか?」


「前にこれを使う奴と戦ったことがある」


 そのときは相手の魔力が尽きるまで粘ってなんとか突破することができたが、周りで既にへとへとになっている彼女たちに同じことができるとは思えなかった。正面から挑んでも魔力が尽きるのはこちらが先だろう。


 というかあの魔導術はどうやって解放させているんだ?


 一応周囲を見回してもこっそり隠れている怪しい奴なんているはずもない。常識的に考えればあり得ない話だが、あのランタンがこちらの攻撃に反応する形で自動的に魔導術を解放させているようにしか見えなかった。


 けれどそれよりも問題はあの展開されている紋章陣だった。あんなふうに目に見える形で浮かび上がっているのはあれが解放される寸前ということだ。水平になっているせいで遠くからでは模様が読み取りづらくユーリは背伸びして眺めてみた。


「ふふ、なんだか必死で見世物を見ようとする男の子みたいで可愛いな」


 その後ろからなにやらヴィオラが微笑ましげに呟く声が聞こえ、ユーリは舌打ちをするとナーガに振り返った。


「ナーガ、そこの樹に手を突いて屈め」


「はあ、こうですか」


 きょとんとしながらも言われた通りに手を突いて腰を屈める。ヴィオラはそれを見て今度は照れたようになんとも言えない声を漏らした。


「なっ……ばか、こんな大勢の人がいる中でなんてはしたない格好を……!」


「はしたない?」


「これではまるでユーリが……いやすまんなんでもない、続けてくれ……」


「……」


 お尻を突きだしたナーガの後ろ姿を微かに頬を赤らめて目を逸らしながら、けれどちらちらと横目で盗み見しながらヴィオラはごまかすように咳ばらいをする。


 ほんの少しだけ喉元まで出かかった言葉を飲みこみ、ユーリは気を取り直してその背中に飛び乗った。そのまま樹を支えにしてナーガが立ち上がるとようやくまともに紋章陣を見下ろすことができた。


 周りで休んでいた魔導士たちがいろんな意味で注目してくるがこれも金のためだ。無様な格好を晒すのは癪に障るがそんな安っぽいプライドは崩壊した城と一緒に置いてきている。


「あぁ、魔王様の体重が肩に……」


「そのため息はやめろっつってんだろ。なんでいちいち喘ぐんだよ」


「すみません」


 そう言って頭を踏みつけてみてもさらに幸せそうなため息が漏れてくるだけだった。


 げんなりしながら紋章陣を観察していると、一部始終をなんとも言えない苦笑いで見送っていたルルーナが様子を窺うようにこちらを見上げて訊ねてくる。


「なにかわかりましたか……?」


「ああ、なんとなく」


「本当ですかっ?」


「はっきりとはわからないけどな」


 厳密になにを指しているものかはまだ不透明だがその方向性についてなら一目だった。


 紋章陣を睨みつけるようにじっと見つめながらそう答えるとヴィオラが拍子抜けしたように見上げてくる。


「……ずいぶん早いんだな。こういうのはしばらく悩みながらもわたしやナーガのなにげない一言がきっかけで判明するのがお約束のはずだが」


「なんだお約束って」


「ったく、お前は本当になにも知らないんだな。幼い頃に漫画の一つにも触れたことはなかったのか? いいか、お約束というのは物語における──」


「ヴィオラ、向こうで昆虫採取でもしててくれないか?」


「……わかっているにしてもせめてもう少しだけ語らせてくれてもよいと思うのだが……」


 などと謎めいた言葉を呟くとヴィオラは口をつぐんでランタンの方を向いた。


「あの、いったいなんの魔導術だったんですか……?」


 仮にもその道のプロである魔導士たちが匙を投げるわけだ。使用されている模様は彼女たちの中にあるどの紋章陣の知識にも当てはまらないだろう。一つずつ分解して性質を探れる類のものじゃない。


 ユーリはナーガの肩から降りると少し首を傾げながら怪訝そうに困り顔をつくったルルーナに向き直った。


「たぶん、空間転移術だ」

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