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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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月下の誓い

 夜の森に居座るのは危険だとされているのがこの世界の一般常識の一つだが、幸いなことにこの辺りの森にはグリードドラゴン以外に目立つ魔物は生息していないようだった。完全に駆除が完了していた場所なのかもしれない。彼らが巣をつくっているのもそういう理由かもしれなかった。


 さっきの魔物が死体を漁っていた様子はなくフェアリー結晶には見向きもしていないようだった。魔物としての基本的な習性も見当たらない辺り、やはりあれは転生者がつくりだした魔物だと疑う余地はない。


 そんなわけで恐ろしく夜目が利くというナーガの力を借りて日付が変わる頃までにはなんとか依頼されていた残りのグリードドラゴンの討伐を終えることができた。


 彼らは寝ているあいだも歩き回って食事を続けるが、さすがに昼間に比べればその活動は衰えていたので遠距離からナーガが投てきすることでいとも簡単に依頼は達成されていた。


 常人離れしたナーガの感知力と怪力と目立たないながらも卓越したコントロールのよさが成せる業だ。


 結果論的な感想にはなるがあの苦労はいったいなんだったんだろう。


「眠いーお腹すいたー足痛いー」


「何回同じこと言うんだよ、仕方ないだろ」


「ねーやっぱり宿に泊まれなくてもいいからあそこ行こうよ、明るいじゃない。朝までやってるお店で時間潰して馬車で帰ろうよー」


 平原の彼方にある町明かりを指さしてアイリスがぶうたれる。


 いまからカクテュスに向かっても宿に泊まれる時間ではなかったため、仕方なくユーリたちは月明かりの差す平原をアンスリムに向かって歩いていた。


「夜道を歩くのもいいもんだぞ。あんな星空生きてた頃は見れなかっただろ?」


「ふん、なにロマンチストみたいなこと言ってんだか」


「情緒のない奴」


「あたしは星空よりも夢が見たいの」


「我慢してくれよ、明日は宿取ってのんびりさせてやるから」


「依頼やらなくていいの?」


「さすがに徹夜明けはきついだろ」


「おいしいご飯もだからね」


「はいはい」


 うんざりしながら返事をするとアイリスはようやくあきらめたようにため息をついていた。


 それにしても毎日宿に泊まるなんて贅沢もいいところだ。一向に金が貯まる気配がない。


 ついこっちもため息をついてしまいそうになり、ユーリはそれを飲みこむと後ろに振り返った。結局そのままついてきていたヴィオラがきょとんとした顔をする。


「カクテュスに行かなくていいのか? アンスリムまで来たら夜明けになるぞ」


「そんなにかかるの!? やだやだやっぱりあそこ戻ろうよー!」


「話進まないから黙ってて」


「鬼! なによリーダーぶっちゃって! ちょっとくらいあたしの意見聞いてくれてもいいじゃないなんでユーリくんばっかり決めるのずるい! ばかじゃないの!」


「ついでみたいな感じで罵倒するんじゃねえよ関係ねえだろ」


「なあユーリ、アイリスも疲れてるだろうし戻ってやっても……」


「そーだそーだ! だいたい今日ずっとさぼってたユーリくんが決定権持ってるのはおかしいと思います!」


「そうしたら明日も依頼やるからな。それでもいいっていうんならカクテュスに行ってやるよ」


「うっ……」


「どうすんだよ」


「わかったよぅ……はぁ……あたしなんでこんなとこにいるんだろ……」


「頑張るのですよアイリス。あまりにも惨めで少々笑いがこみ上げてきますがこれ以上泣き言を叩いては魔王様に迷惑というものです」


「仲間は全然優しくないし、ほんとならおいしいご飯食べてあったかいお布団で明日も学校かーとか思いながら携帯触って……ぐすんっ」


「自爆するなよ……」


「ねえ、どうにかならないのっ? あたしもうこんな生活うんざりなんだけど! なんなのもうちょっと楽しいことあったっていいじゃんどうして明日のご飯食べられるか毎日不安にならなくちゃいけないのっ!? あたしっ……あたし将来の夢だってあったんだよ!? なんで全部だめになっちゃってるのあたしがなにしたっていうの……!?」


 こっそりストレスでも溜めていたのかアイリスは平原に身を投げだすとじたばたと暴れて大きな声で嘆きの言葉を叫びはじめた。


 みっともない行為をしているという自覚くらいはあるのだろうが真正面から非難するのも気が咎めた。同じ転生者として肩を持ってやりたいという気持ちがないわけじゃない。それにしても精神年齢低いなこいつ。


 そのまま本気で泣きだしてしまい救いが来ないことを悟りでもしたのかよろよろと立ち上がって歩きはじめた。


「……大丈夫か?」


「だい、大丈夫っ……」


 これがただわんわん泣き喚いているだけならいつものアイリス先輩じゃないっすかとほったらかしにしてもすぐけろりとしそうなものだが、必死で声を押し殺して子どもみたいに何度もしゃくり上げてどう見ても本気で絶望の淵に片足が浸かっていた。


 見かねたナーガが小さくため息をついて彼女の前で背を向けてしゃがんだ。


「な、なに……?」


「乗っていいですよ。町まで連れていってあげます」


「っ……なによっ……ちょっと泣いたからって急に手のひら返しちゃって……」


「駄々をこねているとは思ってませんよ。今日のアイリスは頑張っていたじゃないですか」


 アイリスは少しだけ戸惑った顔で悩んでいたがナーガがもう一度短く促すとやがて誘われるままその背中に身体を預けた。そのまま軽々と立ち上がって歩きだしたナーガの肩に顔をうずめてアイリスはしくしくと泣いた。


「……転生者って羨まれるものじゃないんだな。わたしは少し思い違いをしていたかもしれない」


「誰もが最初に通る道だよ。死んで終わりじゃないってだけましなんじゃねえの」


 そっと振り返りながら聞こえないように小声でヴィオラと言葉を交わす。


「それで、いいのか? アンスリムまではかなり歩くことになるぞ」


「行き先は特に決まってなかったんだ。いろいろな町を渡り歩きながらアイドル活動をして名を売っている最中だったのでな。営業というやつだ」


「意味あるのかそれ」


「やらないよりはいいはずだ。他にできることを思いつかなかったというのもあるが……」


「……まあ、エルフは長生きだしな」


「そういうことだ。時間だけはたっぷりとある」


 冗談めいた微笑を浮かべ、ヴィオラはその余韻を残したまま顔を伏せていった。押し黙って目の前の地面を見つめたまま歩き続けるその横顔にそっと目を向けると相手も気がついたようにこちらを見返した。


「なあユーリ」


「ん?」


「……もしよければなんだが、わたしを仲間に入れてもらえないだろうか」


「……え、なんで?」


  突然すぎる申し出につい間の抜けた声が出た。


「お前が寝ているあいだにナーガからおおよその話は聞かせてもらったが、三人は転生者としての役目を果たそうとしている最中なんだろう? わたしにも手伝わせてほしいんだ」


「手伝うったって、アイドルの夢はどうするんだよ」


「それとこれとは話が別だ。ユーリたちが追っているという転生者がよからぬ輩であるなら野放しにしておくわけにもいかないじゃないか」


「……」


「頼む。この通りだ」


 そう言ってヴィオラは頭を下げた。断る理由はなかった。むしろこちらがお願いしたいくらいで、けれどそのまま受け入れるわけにもいかずユーリは微かなため息をついた。


「だめか……?」


「別にだめってわけじゃないけど……その前に一つ話しておきたいことがあるんだ。二人も聞いててくれ」


「……魔王様」


 ナーガがちらりと背中に目を向けながら言う。もともと疲れていたのもあってかアイリスは泣いているうちに眠ってしまっていた。拍子抜けしてしまいユーリは肩を落とした。


「……そいつには明日話すわ」


「話というのは?」


「聞いてる感じだと俺たちがいまどういう状況なのかは知ってるんだよな?」


「ユーリの魔力を奪ったという転生者を探しているんだろう?」


「ああ。実は、もうすぐその転生者が俺を殺すためにアンスリムを襲いに来るらしいんだ」


「本当ですか」


 顔色一つ変えずにナーガが訊ねてくる。


「二日前に魔王の一人がそのことを伝えに来てたんだ。そいつには集めた魔力を使って魔物を生みだす力があるらしい。たぶんさっき倒した奴がそのうちの一つだ」


「見たことのない姿をしていたと思ったが……そうだな、たしかにあいつからは魔力の気配を感じた。わからない話ではない」


「その者はいつ町へ」


「具体的な日時はわからないけどもうすぐだとは言ってた」


「……そうですか」


「そういう事情があるんだ。だからよく考えてくれ。気持ちは嬉しいけどこっちには面倒ごとが控えてるから」


「構わない」


 まるで最初からそう決めていたように少しも考える素振りすら見せずにヴィオラが答えた。


「転生者が相手なんだぞ? どれくらいの実力なのかもわからないし、俺たちと違ってわざわざ戦わなくちゃならない理由だってないだろ」


「力になりたいんだ」


 立ち止まってこちらへ振り向くとヴィオラは胸の前でぎゅっと拳を握りしめた。澄んだ青い瞳がまっすぐにユーリを見つめる。


「これでもわたしなりの正義というものはある。わたしが愛した人間たちを脅かす者がいるのならこの手でみんなを守りたいんだ。その気持ちにうそはない」


 それに、と彼女は小さく笑みを浮かべながら続けた。


「もしそこで活躍をすればわたしのこともみんなに知ってもらえるかもしれないだろう? そうすれば一躍トップアイドルまで駆け上がれるしな」


 冗談めいたことを口ずさみながら。けれどその言葉に秘めた凛然とした強い意志は巻きこんでしまうことへの後ろめたさを容易く吹き飛ばしていた。


「……わかった。なら、力を貸してくれ」


「ああ」


 差しだしてきた手をぎゅっと握り返す。月明かりの下で照らされたヴィオラがにこりと小さく微笑した。

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