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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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世間知らずのエルフ

 暗い森の中を月明かりを頼りに歩いていく。ヴィオラとナーガが先頭を切るその背後を怯えた様子でアイリスがつきまとっていた。


「依頼受けるときはあんなに自信満々だったのにもとに戻っちゃったな」


「ただでさえ真っ暗なのにあんな不気味な魔物がいたら誰だってこうなるよ。ゾンビみたいで気持ち悪かったし」


「知ってるぞ、動く死体のことだろう? 回復系のアイテムが効くんだ。蘇生系なら一撃だな」


「……ヴィオラってあたしたちの世界のこと詳しいよね。主にサブカル面で」


「全部聞きかじった知識でしかないけどな。だがずっと里で暮らしていたからわたしも漫画で見たようなこの世界に感激しているんだ」


「里ってそんなへんぴなとこにあったのか?」


「……そうだな、世間と完全に隔絶された場所だった。詳しくは言えないがわたしたちには外界と断たれた空間をつくることができるんだ。結界と呼べば二人には伝わるか?」


 エルフが人前から姿を消したのは大昔の話だ。ユーリが読んだ図鑑にも彼女たちについて具体的な記述は少なく、また絶滅した可能性も示唆されていた。


 生まれ育った世界に意味不明な感動を覚えている辺り転生者の少女とやらにかなり毒されている感があったが、いくら聡明なエルフといえども生まれたときから里で排他的な生活をしていたなら世間知らずなのも仕方ないことかもしれない。


 いや、世間知らずというか……こいつの場合偏ってるだけか。


 聞くだけで実際に見たことがあるわけでもないだろうに、その空白を埋められているのもエルフたる所以なのかもしれない。というのはさすがに言いすぎか。


「そういえばナーガは魔導術が使えるのか?」


「いえ、この杖は護身用です」


「二人は?」


「どっちも使えないよ。こいつは魔力があるけどまだ覚えてないんだ」


「そうか……残念だな。もしかしたら魔導術を見れるかもしれないと期待していたんだが」


「ヴィオラはどうしてその人と知りあいになったの?」


「里のそばで倒れていたんだよ。気がつけばそこにいたらしい。それでさすがにそのままにしておけず連れて帰ったんだ。彼女はしばらくそこで暮らし、わたしに生前の記憶を聞かせる中で漫画を描き続けた。そうして、ある日を境に里を出ていった」


「魔王を倒すため?」


「……違うと思う。あの子には転生者に与えられる役目に興味を持っているようには見えなかったよ」


 そう言って微かにうつむいたヴィオラの表情には少し寂しげな影が差していた。すぐにアイリスも気がついたようだったが変に取り繕って気まずい空気になるのを嫌ったのかなにも言わなかった。


「わたしは彼女の描く漫画が好きだったがその気持ちまでは読み解くことができなかったらしい。どれだけ心を通わせようともわたしはエルフで……彼女は人間だったんだ」


「なにかあったの……?」


「……ペンタブなしでこさえられるか。彼女は最後にそう言い残していなくなった」


「……」


 途端にアイリスが気の抜けた顔をした。それはまるで綿菓子をねだる子どもに本物の綿を食べさせたときのような、理由はわからないがともかくそんなふうに期待外れ感の漂う目でじっとりと見つめる先でヴィオラは自嘲するように儚げな眼差しを虚空に向ける。


「……思えばわたしがこうして旅をしているのもその言葉の意味を探すためだったのかもしれないな」


「ペンタブってなんですか」


「さあ……知ってるかアイリス」


「あー……えっと、あたしもよくわかんないかなぁ。そんなことよりほら、見てみて今日は満月なんだねわーきれいうっとりー」


 こいつ、なんのことかわかってるな。


 けれどあえて訊きださないことにした。なんとなくだけれど、とってもしょうもない理由だったんじゃないかというそこそこ地盤のしっかりとした予感がしたからだ。


「待てみんな」


 辺りの様子を窺いながら歩いていたヴィオラが不意に小さく呟いて手で合図した。アイリスが緊張した様子でユーリの背中に隠れナーガたちが先頭に立つ。


「……いましたね」


 空気が一転して張り詰めていく。耳を澄ますと微かに前方からぐちゃりぐちゃりとねばついた音がしていた。


「アイリス、エーデルワイスの力を使ってくれないか」


「待ってください。ヴィオラに効力が及んでしまうかもしれません」


「エーデルワイス?」


「アイリスの剣には魔物を退ける力があるんだ」


 一応は魔物じゃないとされているらしいが大昔の記述だ。もしものことを考えればあえて使う必要はない。そうでなくとも遅い相手だ。


「なら魔力を放出してくれ。明かりがいる」


「う、うん……」


 こくんとうなずいて胸に手を当てながら目を閉じた。途端にフェアリーが励起され周囲から淡く光を放つ粒子がふわりと現れる。


 光の先で地面をゆっくりと流動する粘液が浮かび上がった。相手もこちらに気がついたように音を立てながら人の形へと姿を変えていく。ずっとこの辺りを彷徨っていたのだろうか。


「だ……うけ、え……」


 静寂の中へ魔物が放つ濁った声が響き、アイリスが怯えたように身体を竦めた。ふっと魔力の放出が止まってしまい辺りを暗闇が覆いはじめる。


「びびるな、アイリス」


「ごめんっ……つい……」


「なにかあればわたしが守る。安心しろ」


 少し顔を振り向けたヴィオラが頼もしく言いながら鞘から剣を抜いた。青白い刀身をした半透明の剣だった。アイリスが周囲を妖精光で照らし、ナーガも杖を構えていく。


「行くぞ」


 ヴィオラが小さく呟き地面を蹴った。魔物のもとへ一直線に駆け抜けていく。


「はあっ!」


 斜めから振り下ろされた斬撃でどろどろとした粘液が飛び散り光る粒子となって空気に溶けた。けれど切り裂くまでには至らずヴィオラの剣はわずかに相手の肩に食いこんでいるだけだった。


 その傷は溶け落ちてきた粘液に覆われ魔物が淀んだ声でうめいたときにはもう塞がってしまっていた。何事もなかったかのように両手を伸ばし咄嗟に距離を取ったヴィオラを飛び越えてナーガが頭上から杖を魔物の脳天に振り下ろす。


 魔物の頭がぐちゃりと潰れ、そこから再び光が放たれた。


 あの光。


「い、いあい……ああ……」


 うめき声を漏らし、けれど頭を潰されてもなおその動きに変化はなくナーガの杖を巻きこんだまま粘液が流動して頭部を再形成させていく。


 まったく攻撃を受けた反応がなかった。


「かわせナーガ!」


 叫んだユーリに反応してナーガが杖を離し飛びのいた。掴みかけていた魔物がつまづいたように転倒し目の前に粘液を飛び散らせる。


「なんなんだこいつは、攻撃が効いていないのか……!?」


 動揺するヴィオラの視線の先で魔物が徐々に人の姿をつくりあげていく。ナーガの杖を体内に残したまま魔物は損なった部位を完全に修復していた。


「う、ういぃ……うぅっ……い、いあい……」


 歩きだした魔物が不意に口からごぼりと粘液を吐きだした。けれど地面へ落下する前に光となって消えていく。


 間違いない。


 ユーリの脳裏にたしかな予感が掠めた。


 あれは魔力がフェアリーを励起させている光だ。


「厄介ですね……」


 なぜここにいるのかは定かじゃないが転生者のつくりだした魔物だと見ていいだろう。


 効いていないというわけじゃない。何度も自分で身体を粉々にさせているくせに光が現れるのは決まって攻撃を仕掛けたあとだ。あの身体が魔力でできているのならあるいはそれを枯渇させることで倒せるかもしれない。


 ただ、粘液が威力を吸収してしまい物理攻撃では与えられるダメージもわずかだった。


「おお、おお……おぼぉおおおおおっ……」


 そのとき突然魔物が苦しむようにうつむいた。その口から大量の粘液が吐瀉物のように溢れだし魔物の身体が崩壊をはじめていく。


 今度は光が現れるわけではなかった。警戒する四人の前で魔物の身体が地面に垂れ流され、そして再びなんらかの形状をつくりはじめていく。


「ね、ねえ、あれっ……」


 その答えに真っ先に気がついたようにアイリスが思わず後ずさった。粘土のように柔らかく形を変えながら徐々に成形されていき魔物の姿が変貌していく。ユーリは様子を窺いながら記憶を探っていた。


 それはどんな生物の形すらもしていなかった。


 大きなキャタピラと傾斜した装甲が覆う車体、そこから伸びた細長い砲身。溶け落ちる粘液のせいでやや丸みを帯びているが、そこにあったのは紛れもなく戦車だった。

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