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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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空に想う

 雨が降っていた。肌を刺すような冷気が吐きだした息を真っ白に染めていく。寒い冬の朝だった。


 大洪水が起こるかもしれない。


 役所へ集まった住民たちへ町長が重々しく話しているのを遠くで聞いていた。三日前からこの辺りで局地的に続いていた豪雨は留まることなく勢いを増しており、既に近くを流れる川は氾濫して町の一部にも冠水している地区があった。


 軍からの避難指示も出ており行き場所がある町民たちは列を成して外壁に開けられた門からできるだけ多くの荷物を持って逃げだしていた。その一方では魔導士や急遽応援要請を受けた魔導騎士もが集まってきており雨に打たれながら馬車を用意して出発の準備を整えている。


 ばたばたと打ちつけるような雨粒が傘を叩く。ユーリはいつのまにか外に出ていた。通りを薄く流れる雨水のせいで靴は中までぐっしょりと濡れてしまっていて、ほとんど役に立たない傘を持ち上げて空を見上げる。


 分厚い雲が一面を覆い大粒の雨が嘆きのように降り注いでいた。


 ちょっとした買い出しのつもりで町へやってきただけなのにまさかこんな災害に見舞われるとは。


 とある魔物が原因とされる大雨だった。大昔から災害を引き起こす要因として国から危険視されており発見次第早急な討伐が求められているこの世界における厄災の一つだ。


 その魔物が先日この町の近くに潜んでいることが判明し魔導士による討伐作戦が敢行されたものの結果は失敗に終わってしまった。だがそのことについて住民たちが非難の声を挙げることはなかった。作戦に赴いた討伐隊の大半は戻らず、わずかに帰還した魔導士たちはひどい重傷を負っていた。その姿を目にして怒りを向ける者はいなかった。


 行き先のない感情が住民たちの言葉を奪っていた。訪れようとしている破滅はあるいは天罰なのかもしれない。なぜだかユーリには住人たちの心がそんなふうに映って見えた。


 この世界には人類の生存そのものを脅かす種の存在があることはごく一部の人間に知られていた。


 魔王種も一つだ。人間と大きく変わらない特徴を持ったあの魔物がどこからどのようにして生まれてくるのか、その詳細については機密事項として一般人に知れ渡ることはない。


 中には混乱を防ぐために存在そのものを公にされていない種もあった。転生者ですら手に負えないとされている魔物だ。それらは有効的な手段がいつか現れることを願い現状では徹底的な封じこめを行うことで絶滅を先延ばしにしている。


「また行くの?」


 不意に隣に現れた女が窺うようにユーリの顔を覗きこんでくる。傘に隠れて表情はよくわからなかった。相手は傘を差していないようだった。けれど濡れている様子はなく、ユーリも気にならなかった。そういうものなのだと心が受け入れていた。


「なにが」


「きみが行こうとしている場所」


 もう一度相手の方へ目を向けたとき、既に彼女の姿はなかった。そこには最初から誰もいなかった。きっと、そういうものなのだろう。


 雨が降っていた。


 そのときなにかが強く心を打った。行かなくちゃならない。きっと雨が降りはじめる前からそう決まっていた。


 止むことのない雨音の中で傘の下を歩きだす。そのままユーリは町をあとにした。

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