無邪気な疑念
「えーと……」
「る、あの、ルルーナです、先日はお世話になりましたっ」
「ああ、いや別に俺はなにも。ユアリィは?」
「支部の方で仕事をしていると思います」
「……そうか」
それを聞いて内心でほっとため息をつく。
「なにかご用事でしたか……?」
「いや、そういうわけじゃないよ。ルルーナはなにしてるんだ?」
「妖精灯に明かりをつけて回ってる途中です。あ、あの、それより……先日はすみません、失礼な振る舞いをしてしまって……」
たしか前に会ったときはここまでかしこまった口調じゃなかったような。その原因がユアリィにあることは間違いないだろう。
「……いや、どっちかっていうと失礼な振る舞いしてるのは俺の方だから。あいつになに吹きこまれたか知らないけど勘違いなんだって」
「あの、どうしてそんなに隠されるんですか……?」
「そもそも人違いだって言ってるだろ。魔導士なら話してるとそういうのわかるって聞いたことあるけど」
「ですが、あのときの出来事は偶然や奇跡では説明がつかないはずですっ。それがなによりもユーリ様ご本人である証拠ではありませんかっ……?」
「様をつけるな様を」
熱のこもった口調で詰め寄られ、ユーリはその剣幕にたじろぎながらため息をついた。
「あのっ、オートンシアでの戦い、実はあのときわたしもそこにいたんですっ。お姿は拝見できなかったんですが魔物の軍勢を一掃した魔導術、お見事でした……!」
「オートンシア?」
なんだっけと首を傾げかけ、けれどすぐに思いだしていた。
当時その周辺で力を持っていたシティスの魔王との戦いの話だ。そのときユーリは首都の魔導士官学校に通っている最中だったが急遽呼びだされある一人の転生者と共にオートンシアという町で魔王軍を迎え撃った。あの避難民の中に紛れていたのか。
「わ、わたし……ずっと憧れてたんですっ……いつかユーリ様のような魔導士になれればって、その……おこがましいのはわかっているんですが……せめて一人でも多くの人を救える魔導士にって……!」
「頑張ってください」
「はぁあっ……ありがとうございますっ……!!」
引き気味に言った気のない相槌にもルルーナは頬を赤らめて感激していた。あまりにも純粋すぎて眩しくてなに一つ憂うことがなければもう少し気の利いた激励の言葉でもかけてやりたいところだ。
けれどナーガから思いっきり魔王様と呼ばれているのを聞かれた事実がある以上できれば人違いで済ませなくちゃならない。否定しようにも彼女たちの確信は揺るぎない深さにまで突き刺さっていて手の施しようがないわけだが。
「そろそろ行くわ。用事があるから」
「あ、あのっ、すみません……一つだけお話を聞いていただけませんかっ……?」
急に呼び止められ振り返る。
「なんだよ」
「あの、実は……最近各地で相次いでいる事件のことなんですけど……」
「事件?」
「は、はい。それが……魔王が現れたのではないかという話なんです」
あいつだ。
ユーリはできるだけ平静を装いながら先を促した。うなずいたルルーナがこほんと咳ばらいをする。
「……聞いた話によりますと、突然大きな魔力の波動が現れて出どころを追った先に二人の男がいたということでして……。一人は人間だったようなんですが、もう一人が魔王種の魔物だったのではないかと駆けつけた魔導士が言っているんです」
ビュイスがそうであったように一般的に魔王種と呼ばれる彼らは人の姿をしていながらも肌の色が大きく異なっている。昼間に出会えばまず見間違うことはないだろう。
「二人はそれから間もなく消えてしまったらしくて……おそらく空間転移術を使用していたんだと思います」
「そいつらを見た人は?」
「無事です。ただ……事件というのが、それ以来その方の魔力がなくなったままになっているみたいなんです。時間を置いてもまったく回復もしなくなったみたいで……変ですよね、そんな話……」
「最初にその話が出たのはいつだ」
「あ、えっと……こちらが知る限り最初に被害に遭われたのはロズで護衛業に就いていた魔導士の方です。それが十日前の話なんですが……一つだけ奇妙なことがありまして、その方によれば一人しか見ていないとおっしゃっているんです。そこから同様の事件が各地で頻発しはじめましたので詳細を伏せた上で改めて事情を窺ったんですが、なぜかその方だけが魔王種を目撃していませんでした」
ロズは城から一番近くにある町の名前だ。そこで事件が起きたのはユーリが魔力を失った日の四日前だった。
もしもそれが本当に最初の事件なら。試していたのだろうか。天使に与えられた力が本物かどうかを。
ルルーナは深刻そうな表情でうつむいていた。
「大変なことが起きているような気がするんです……その話を受けて警戒はしているんですが、いつどこから現れてくるかもわからないですし……」
「そうだろうな」
「あ、あのっ……! それで……っ……失礼を承知でお訊きしたいことがあるんですが……」
ルルーナは躊躇うような顔で言い淀みながら、やがて息を飲んでユーリを見つめた。
「もしかすると……ユーリ様もその男に魔力を奪われてしまったのでは、ないでしょうか……?」
「……」
核心を突かれてしまい咄嗟に答えるべき言葉を思いつけなかった。最初の事件が起きた数日後、ユーリは彼女らと共に蒸気船に乗ってこの町までやってきたのだ。できるはずの魔導術を使うことなく、思いつくはずのない言葉を口にして。
疑念が深々と突き刺さっている。とても追い詰められた気分だった。
そこまで細かい情報が出てきてしまっているのならいずれユーリと魔王たちとの結びつきまでも明るみに出る可能性があった。もう充分にその線は繋がりかけている。
城があの場所にあったことを知られてしまえばそれだけで致命傷だ。あえて向かわなければたどり着かない場所にあるとはいえ、あの閉ざされた土地でユーリが魔力を奪われたという事実が知れ渡れば。
それを境に転生者が魔王を連れているのだ。微かでもその疑いが向けばあの城まで捜索の手が伸びてしまう。
「……ルルーナ、俺のことを誰かに話したか?」
「え、いえ……素性を隠されているご様子でしたので、ユーリ様のことはわたしとユアリィしか……あ、あの……やっぱり、本当に……ユーリ様なんです、か……?」
「……ああ」
「う、うそっ……そんな、ほんとにっ……ユーリ様が……あぁ……な、なんと申し上げれば、あのっ……すみません……わたしっ……」
「悪かったな、事情があって隠してたんだ」
「あ、う……あ、あのっ……その、事情という、のは……?」
どこかでそんなわけがないとでも思っていたのか、ルルーナは緊張した様子で何度も息を詰まらせながらようやくそう口にした。
「……ずっと前からフェアリクス病にかかってたんだ。それで紋章陣を思いだせなくなった」
「っ……」
それを聞いた途端、ルルーナは言葉を失い蒼白した顔で目を見開いていた。
隠しきらなくちゃならない。魔力を奪われてしまっているという事実だけは、なんとしてでも。
「もう魔導士じゃなくなったんだ。魔力が漏れないように抑えるだけで精一杯なんだよ。だから俺がこの町にいることは誰にも言うな」
「な、なぜですか……? ユーリ様の助言を頂ければみんなだって……!」
「俺に言えることなんてなにもないよ」
「そんなことはありませんっ! ユーリ様がいてくだされば──」
「聞き飽きたんだよ、そういうのは」
「え……?」
相手の言葉を遮りながら言う。ルルーナは呆然としていた。
「お前らは転生者がいないとなにもできないのか?」
「い、いえ……」
「お前だって魔導士だろ。一人でも多く救いたいって気持ちはどこへ行ったんだ。それとも偶像にすがりつかなくちゃ抱けない程度のものだったのか?」
「そんな、ことは……」
青ざめたまま小さく呟く。そのまま唇を引き結んで首を振った。
「うんざりしてるんだよ、お前らに担ぎ上げられるのは」
「っ……」
「話がそれだけなら俺はもう行くぞ」
「は、はい……あの、すみません……お引き止めしてしまって……」
間違ったことを言ったとは思わなかった。
彼女たちだって必死で血を流していることはよくわかっている。だが、その傍らで転生者が死んでいた。
最後の希望として崇められ、懇願され、善行のためだと自らをごまかしながら戦いに駆りだされていく。誰も好きでこんなことをしているわけじゃない。そうして平和のために戦ったところで訪れた平穏の日々は彼らから転生者の記憶を消していく。
ある意味では仕方のないことだ。だから非難をするつもりはない。それでも力尽きた転生者が送る末路はあまりにも無残で、そこに救いなんてなかった。
そのまま踵を返して歩きだした背中へ微かに嗚咽を漏らす声が届いてくる。俺の知ったことか。ユーリはそのまま歩きだした。
「……」
けれどなんだかこのまま行くのはさすがに気が引けすぎて足を止めてしまう。ちらりと振り返ってみるとルルーナは人前で恥ずかしげもなく泣いていた。
えぇ……うそだろこんなんで泣くなよ……。
空を見上げてうんざりしながらため息をつく。ったく、正体はばれるし全然ついてないな。
「その男の現れた時間と場所。いますぐ情報集めて整理してみろよ」
「えっ……?」
「魔王が人間と行動していることも無事で済んでいるのも変な話だろ。その男に魔力を奪われているんなら転移術で飛べる距離も知れてるはずだ。おおよそのルートぐらいは絞れるんじゃないのか?」
「ユーリ、様……」
「それから町ごとの被害に遭った人数もだ。魔導士以外の戦力で固めとけよ」
「っ……わ、わかりましたっ……あ、あの、ありがとうございますっ……!!」
ルルーナはそう言って深々と頭を下げると大慌てで走っていってしまった。
俺のことを話さずにうまくごまかしてくれるだろうか。あの慌てようだとなにかの拍子に口を滑らせてしまいそうで心配になる。
けれど悪い話ばかりではなかった。
もしかしたらその男は一度に大勢から魔力を奪うことはできないのかもしれない。ユーリが城を吹き飛ばす余裕があったことを考えれば、少なくとも一瞬で済ませられるほどの力はない。それならかろうじて対抗する手段は残されている。
せめてこれ以上向こうに力が蓄えられないことを願おう。




