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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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魔物に宿る石

 急いで魔物を追いかけ川に入り、流されないように気をつけながら岸まで戻っていく。緩やかな流れの場所じゃなかったらこのまま取り逃してしまうところだった。皿と髪のないカッパのような姿をしたその魔物は完全に死んでしまっており、しわだらけの皮膚はさながら老人のようだった。


 ナーガに手伝ってもらって魔物を砂利の上まで引き上げていると少し傾斜がついていた崖から下りてきていたアイリスがこっちまでやってきた。死体を目にした途端引いた様子で口元に握った手を当てる。


「うっわぁ……気色わる……ね、ねえこれもう死んでるの……?」


「ああ」


「素手で仕留めるだなんてさすが魔王様ですね……」


「こいつらエラ呼吸してるからそこ押さえれば窒息させられるんだよ」


「魔物って全部人の姿してるわけじゃないよね……?」


「珍しい方だよ」


「うぅ、不気味……」


 こういうタイプの生物の死体を目にするのは他のよりも一層抵抗感がある。無理もない反応だった。


「そういや、さっきのどうやったんだ?」


「え、わかんない。ユーリくんに教わった通りにやってみたらなんとなくうまくいった的な? えーと……」


 そう言うとアイリスは目を閉じて小さく深呼吸した。脳裏に響くようにキィンと甲高い音が鳴り彼女の周囲を淡い光が照らしはじめる。


「ふわぁ……見てみてっ、これもしかして魔力使えてるんじゃないっ!? なんか身体から大切なものが抜け落ちてる感覚がするっ!」


「落ちてたまるか」


「でもちゃんとできてるよねっ?」


「……まあ、一応」


「すっごい、暗くなってもライトいらないね。あぁ、あたしほんとに魔力使ってるんだ……」


 呑気な感想を口にしながら光の粒子を目で追いかけてうっとりする。放出量は不安定で完全に感覚を掴んでいるとはいえなかったが要領自体は飲みこめているようだった。


 ここまで簡単に魔力を操るとは……。


 魔力の放出自体はそう難しいことではない。士官学校の一年生も座学や魔力の精錬を行なう傍らで魔導術の実技をはじめていくことになるが、そんな中でも初日から放出を成功させる生徒たちはいた。けれどそれは偶発的にできたという程度であり持続して放出を続けるにはやはりそれなりの練習が必要だった。


 さすがは転生者とでもいうべきか性格的な問題はあるものの秘めた力にはたしかなものがあった。聖剣持ってるのにずるくないですか。


「ねえ、このまま魔法教えてくれない?」


「俺の話聞いてびびってたのに?」


「ナーガちゃんの杖があるじゃない」


「あぁ……それもそうか。でもいまそんなことしてる場合じゃないからまた今度な」


「えー、じゃあ町へ帰ったら教えてね。絶対だからね」


 ついさっきフェアリクス病の話をしたばかりなのになんでそこまで乗り気になれるんだろう。


「……そんなことよりエーデルワイスでこいつの腹切り開いてくれないか?」


「えぇっ、なんでぇっ……? 無理無理無理……! できないよそんなの、ばかじゃないのなに言ってんの……!」


「そこまで言われる筋合いねえだろ」


「だってこの人もう死んでるんでしょっ……?」


「結晶を取りださなくちゃならないんだ。その剣お前にしか使えないし」


「うぅっ……あ、抜いたあとならできるんじゃない……?」


 そう言ってアイリスは怖々とエーデルワイスを抜いてそばにぽいっと投げて後ずさった。さすがに力を解放させてそのまま一気に克服したとかそんな都合のいい展開は待っていなかったようだ。


 にしてもそんなにぞんざいに扱うなよ、折れたらどうするんだ。


「せっかく動かない魔物がいるんだから練習と思ってやってくれればいいのに……」


「間違って結晶ごと斬ったら大変でしょ? はい、どうぞ」


 仕方なく放り投げた聖剣を掴む。その手を突然無数の針が貫いた。


「っ……!?」


 瞬間的に走った激痛は思わず手放した途端に消え去っていた。どっと汗が吹きだし絶句するユーリを不思議そうに二人が見る。手のひらは無傷だった。


 なんだいまの、幻覚か……?


「どうしました魔王様」


「持った瞬間痛みが走った……」


「大丈夫……?」


「あ、ああ……」


 なんだこの剣やばすぎだろほんとに聖剣か……?


 さすがは天使が与えた武器とでもいえばいいのか。あとの展開を察したのかアイリスがげんなりした顔でうつむいているとナーガが小さくため息をついた。


「仕方ありませんね、ナーガがやります」


「お前も触らない方がいい」


「いえ、素手でやります」


「げっ……」


 ナーガはそう言うと背負っていた杖を外してマントを脱ぎ袖を捲って魔物に近づいていった。ユーリの肩越しに怖々とその様子を窺おうとしていたアイリスを腕で押しのける。


「お前は絶対見るな。そっちで石でも積んで遊んでろ」


「あ、うん……そうする……あの、ごめんねナーガちゃん……」


「……魔王様を助けていただいたお礼です」


 そうして魔物の首を掴んで水辺まで持っていくと胸から下を水に沈めた。できればあまり見たくない光景が広がりそうだがナーガが結晶の場所を知っているとも思えなかったので隣にしゃがみこんだ。


「この辺りの真下にあると思う。心臓にくっついてるはずだ」


「わかりました」


 そう言うとナーガは躊躇いなく魔物の胸に指を立てた。そのまま力を加えていき骨の砕ける音がして皮膚を力ずくで押し破っていく。ぐちゃりと漏れだした血が水を赤く染め途端に腐乱した魚のようなにおいが漂ってきた。


 顔をしかめながらその光景を見守っていると顔色一つ変えずに魔物の体内をまさぐっていたナーガが気がついたようにそこからずるずると臓器を掴んで引き抜いてくる。アイリスは耳を塞いで向こうの方へ逃げていた。


「これですか」


 ナーガが持っていた臓器は焦げ茶色に汚れており、外から触ってみると臓器の下に硬い物体があるのがわかる。人間でいう左心房に位置する部位に結晶は形成され、魔物たちはそこから得たエネルギーを血液と一緒に全身へ送りだしているらしい。もちろん魔物によって形成部位は変わるがこのタイプの種は概ねここにある。


 そうしてナーガは覆っていた臓器を剥いで結晶を取りだすと水の中で石と擦りあわせながら付着した肉片を丁寧に洗い落とした。やや歪な形をした褐色の結晶だった。


「……ありがとな」


「お安い御用です」


「んじゃしっかり手を洗ったら町へ帰るか」


 魔物を川に流し場所を変えて手を洗う。においはついてなさそうだが今晩はよく洗い落とそう。


「アイリス、帰るぞーっ」


「終わった……?」


 耳を塞いで向こうを見ていたアイリスが声に振り返る。刃物恐怖症についてはまだ懸念ばかりが募るが、ともかく聖剣の力を引きだすことだけは成功した。それだけで転生者に対抗できるとは思っていない。けれど、誰も気がつくことなく訪れようとしている危機に一つだけ希望の光を見いだしたような気がした。

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