悪意の導き
空を眺めて時間を潰し、時折周りを見回して魔物がいないか注意しながらナーガを寝かせたまま何時間か過ぎた頃。ユーリは遠くからこちらへと向かってくる二頭の馬に乗った人影を見つけた。
向こうもこちらに気がついたのか手を振っており、立ち上がって手を振り返すとやがてユーリたちの前まで来たところで馬は止まった。馬上から男たちが見下ろしてくる。小太りの男と背は低いが屈強そうな二人とも三十代ほどの男たちだった。
「お、生きてるみたいだな。野垂れ死んでるのかと思ったぞ」
先頭にいた小太りの男が言う。どうにか助かったらしい。ユーリはほっと胸を撫で下ろしながら男たちを見上げた。馬には大きな荷袋が両脇に結びつけられていた。見たところ二人は町を行き来する商人みたいだ。
「なにしてるんだ?」
「道に迷ってしまったんです」
「こんなところでか? どこから来たんだ?」
「ロズです」
「ロズぅ? お前たちロズからここまで歩いてきたのかっ?」
それはユーリが向かう予定の城から一番近い町の名前だった。口振りからしてロズからはとても離れた場所のようだ。ほんといったいどこなんだよここ。
「他に連れはいないのか? 親は?」
「二人だけです」
「二人だけ、か……」
そうしてちらりと男たちが目配せする。ユーリは小さく胸中でため息をついた。
「そうか……まあいい、ロズまで乗せてってやるよ」
小太りの男がそう言うともう一人の背の低い男と一緒に馬を降りてきた。
できることならロズはあまり栄えた町じゃないから別の場所に行きたいが、頼んだところでどうやらそれはあまり意味がなさそうだった。
二人は馬の横っ腹にぶら下げていた荷袋からロープを取りだしてきていた。後ろから背の低い男がユーリの両手首を掴み、もう一人が身体にロープを巻きつけてくる。
どうせそんなことだろうと思ったよ。
「悪いな。ロズまで乗せてってやるというのはうそだ」
「僕は魔導士ですよ。あまり手荒なことはしたくないので気が変わってくれると助かるんですが」
「騙そうとしたって無駄だ。魔導士なら杖を持ってるんだ」
小太りの言う通りだった。杖を使わない魔導士など皆無といってもいい。魔導術を扱う上で絶対に必要というものではないが、杖を介さずに魔導術を行使するのは使用者に悪影響を及ぼす。
威力の低下を招く要因でもあるためユーリは杖を使ったことはなかったが、杖を持っているというのはこの世界における魔導士の目印のようなものであり、またこういったならず者たちに対する抑止力でもあった。町の外はまだまだ治安が安定していないため、外出する際には魔導士でなくとも杖を携帯しておくのが一般的だ。
こんな人目のつかない平原でそれもなしに子どもが二人で歩いていればどんな面倒ごとに巻きこまれても文句は言えなかった。
「痛い思いをしたくないなら余計な抵抗はやめておくんだ。いいな?」
「そっちの寝てるガキはどうする? 置いてくか?」
「……いや、ここじゃ目につく。どうせ魔物に食わせるんだ、とりあえず急いでここから離れた方がいい」
「そ、そうだな……」
などという会話を繰り広げながら背の低い男はナーガの身体にもロープを巻きつけはじめた。けれどあまり手慣れた様子ではなく、やや緊張しているような雰囲気が感じられた。さらわれるような間抜け自体が少ないから当然だがあまりこういう経験はないようだ。
たぶん金銭目的で絡んできたんだろうけど、無一文だと伝えたところで考え直してくれそうにもなかった。
この辺りは大陸の中でもかなり僻地で、いくつかの町を囲んで大規模な山脈が連なっている隔絶された場所であり足がつきやすいからだ。この辺りから別の町へ行くには港町から出ている定期船に乗るしかないため、法を犯してきた以上は始末する魂胆はあるだろう。
それは置いといてお前なんでこんな状況で目を覚まさないんだよ。
背後から押さえつけられたままユーリは声をかけた。
「ナーガ、起きろよ」
ぐるぐる巻きにされながらもナーガは気持ちよさそうに眠っていた。小太りは抱きかかえるようにしてユーリを馬に乗せると手間取っていた仲間の方へ顔を向けた。
「なにしてんだ、ぐずぐずしてんじゃねえよ」
「手伝ってくれ、なんかこいつ変なんだ。重たいんだよ」
「はあ……?」
渋々といった感じで小太りの男が手伝いに行く。
「なんだ、こいつ……なにかつけてるのか……?」
「そんなふうには見えないぜ」
「おい、なんなんだこのガキは」
小太りがユーリへ顔を向ける。知るか。痩せてるように見えるけど実際かなり太ってたんじゃねえの。
答えずにそっぽを向いたままでいると二人はなんとか苦労して担ぎ上げたナーガを馬の背に縛りつけていた。いったいどれほど重かったのかわからないが馬も嫌がるように身を捩っていた。
「こら、暴れんじゃねえ」
「よし……それじゃさっさと行こうぜ」
小太りが馬に飛び乗りぐいっと手綱を引くと馬はゆっくりと歩きだした。
「運が悪かったと思ってあきらめるんだな」
こいつらはどこへ向かうつもりなのだろう。この調子だと町にすら連れていってもらえそうにはなかった。久しぶりに会った人間がこんな絵に描いたような悪党だとは。ユーリは馬上で舌打ちをした。
「ったく、せっかく自由になったと思った途端にこれかよ。全然ついてねえな」
「……お前、びびってないのか?」
「びびってるよ」
「家出でもしたのか? 薄汚れちゃいるがその身なりからすると富豪の息子かなにかだろ。そっちのガキは召使いってとこか」
「魔王とその配下の魔導士」
「魔王……? なに言ってんだお前」
くそったれ、魔力さえあればこんなの危機でもなんでもないのに。無力な自分が悔やまれる。惨めすぎて涙が出そうだ。
ともかく、いまのところは大人しくしておくことにした。一線を越えてしまうほど度胸のある連中ではなさそうだし魔が差したというのが妥当なところだろう。なにをしようとしてるのかについてはあまり想像を巡らせたくはないが、どこかで反撃に出る機会を窺うしかない。