表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
59/228

お腹が空いたので

 それから少しして練習を再開させたものの、相変わらずアイリスの刃物恐怖症は克服の兆しを見せなかった。二、三分構えていたかと思うとすぐに堪えきれず聖剣を放りだして手汗を拭ってしばらく気を落ち着かせるというようなことを繰り返している。


「ナーガちゃん、お水ちょうだい」


「さっき飲みきってがっかりしていたじゃないですか」


「えぇう喉乾いたぁ……」


 そう言って大木にだらしなくもたれかかりながらげんなりとため息をつく。そう簡単にはいかないか。アイリスが練習をしているあいだに少し辺りを散策して食べられる木の実を集めて時間を潰していたが、全力で走り奪ったリードの合間に休憩するという子どもが思いつくマラソン攻略法のようなまどろっこしいペースにいつまでも時間を割くわけにはいかなかった。


「……そろそろ行くか。素材集めの方もあんまり進んでないし」


「練習終わりっ?」


「次は魔力を使えるようになってもらう。そっちは歩きながらでもできるから」


「やった、じゃあ剣片づけてくるね」


 途端に元気を取り戻してぱっと立ち上がるとアイリスは聖剣を鞘ですくい上げるように納刀していた。一応彼女の行く末を賭けた練習でもあるのだからもう少し必死になれないのかと言いたいところだったがなんとかその苦言は飲みこんだ。


 遠くの方から微かに水の流れる音が聞こえてきていた。音の感じからするとかなり大きな川のようだ。


 具体的な現在地は少し怪しかったが地図と照らしあわせながら橋が架かっている場所を目指して歩いていく。


「アイリス、魔力の使い方なんだけど」


「へ、ほっほはっへ……!」


 地図から目を離しアイリスに振り返ると、彼女はいつの間にかカゴを前に背負い直しもごもごと口を動かしていた。たしかさっきまではせっせと折った枝から木の実を取り外していたはずだが。


「……まさか全部食べたのか?」


 もぐもぐ。ごくん。目をぱちくりとさせながらゆっくりと咀嚼したアイリスがにこりと笑みを浮かべた。


「……えへっ」


「ふざけんなくそボケなにが『えへっ』だ! 全部食べたのか!?」


「違うの、聞いてっ! あたしも全部食べるつもりはさすがになかったんだよ!?」


「食べてんじゃん!」


「違うんだってば、聞いてよ! 木の実っていうからぽそぽそしててあんまりおいしくないんだろうなって思ったんだけど果物みたいに瑞々しくてつい食べちゃっただけなの……!」


「なにも違わねえよあほか! せめて俺たちの分残せよ!」


「だってお腹空いてたんだもんっ……! また探せばいいじゃんそんなに怒らないでよぅっ!」


 今晩の宿も食事も怪しいこの現状を彼女はいったいどこまで理解できているのだろうか。ついちょっと前まではナーガのとぼけたところに知性の危うさを感じていたがなぜかいまはすごくまともに見えてしまう。


 空腹なのはこっちも同じだ。無神経さに腹が立ってくるのもそのせいだろうか。ユーリはため息をついて怒りを鎮めることにした。こんなくだらないことで余計なカロリーを使ってしまいたくない。


「見つけたそばからばくばく食べてたら肝心なときに困るだろうが。いいって言うまで食べるの禁止な」


「えぇ……まだ全然お腹いっぱいじゃないのに……」


「魔王様が我慢なされているのに申し訳ないと思わないのですか」


「わかったよぅ……それで、魔力ってどうしたら使えるの? というかあたしに魔力ってあるの?」


「それはやってみないとなんとも言えないな。けどまあ、まったく持ってない奴なんていないから。とりあえず身体の力を抜いて頭の中を空っぽにしてみてくれ」


「う、うん……」


 はあ、と大きく深呼吸をして少し空を見上げる。雑念を払っているアイリスの顔はちょっと間抜けだった。


「ゆっくりと息を吐きながら意識の中で手のひらから全身の力を押しだすようにイメージするんだ。呼吸に合わせて周囲に溶かすように」


「なんか催眠療法みたい……」


「余計なこと考えるなっつってんだろ」


「あ、すみません……」


 そうしてアイリスは立ち止まって目を閉じるとそっと吐息した。仕方なくユーリたちも足を止めその動向を窺ってみたがしばらく待ってみてもなにも起こらない。やがてアイリスは目を開けた。


「……どうだった?」


「そんなすぐできるものでもないよ」


「難しいよ……だいたい魔力なんて使ったことないのにほんとにできるの?」


「ペン回しとか耳動かしたりするのと同じだよ。感覚が掴めればちゃんとできる」


「じゃあ、もっかいやるね……?」


「歩きながらが難しいんならここで練習するか。俺たちは近くで素材集めやってるから」


「あんまり遠く行っちゃやだよ……?」


 いったいどれだけ嫌っているのかベルトから聖剣を外してそばにあった樹に立てかけながら不安げな顔をする。


「見える場所にはいるよ。ナーガは先へ行って橋を見つけてきてくれるか?」


「わかりました」


 ナーガに地図を渡しカゴを受け取ると二人はその場を離れることにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ