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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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空っぽのカゴ

 アンスリムの町を出て北西に進んだ先に広がる森があった。町の周辺で素材集めをするならここが一番だろうと受付嬢から教えてもらった場所だ。朝日と早朝の爽やかな空気が漂う森の中をうろうろと歩き回りながらユーリは一枚の紙と目の前の草とを見比べていた。


「それやっぱ違うわ。ただの雑草だろ」


「でも似てない? 花びらの形一緒だよ?」


「葉の周りが尖ってるじゃん。集めても安いしとりあえず無視しよう」


 素材集めはとても難しかった。資料に載っている報酬対象の素材は十数種類あり一つで千ディールにもなるものがあったが当然そのレベルになるとそう簡単には見つからず、ついでにいえばいまのところ一ディールも稼げていない。慣れてくれば一目でそれとわかるのだろうがあいにくユーリもこういった仕事ははじめてだった。


「はあ、ちょっと休憩……」


 案内所で借りてきたカゴを背中から下ろしてアイリスが地面に座りこむ。町からここへ来るまでの道中で早くも疲れてしまったらしい。


「疲れるの早すぎませんか」


「だってお腹空いたんだもん。サンドイッチ一切れじゃ足りないよ」


 ぐう、とお腹が鳴る。途端にアイリスは顔を赤くしてお腹を押さえていたがユーリもしきりに鳴らしていた。ナーガも無表情ながらたまにお腹を鳴らしている。みんな空腹だった。


「……ねえ、転生者なのに空腹で死んじゃった人とかいる?」


「……縁起でもないこと言うなよ」


「でもこのままじゃそうなっちゃいそうじゃない?」


「食べられる木の実とかならちゃんと探してるよ」


「ほんとっ?」


 栄養のある木の実や毒が含まれているもの。幼い頃にそういったもので空腹を満たしていたためサバイバルの知識は豊富に蓄えていた。


「魔物も少なそうですしもう少し先まで行った方がいいかもしれませんね」


「そうだな」


「えぇ……大丈夫なの……? 急に怖い魔物に出会ったりしない……?」


「それを探しているんですよ」


「自信満々だよねナーガちゃんって……」


「あなたはここに残っていても構いませんよ。その剣があると魔物も逃げだしてしまいますから」


「行くよぅ……怖いもん……」


「そんなに心配しなくてもこの辺に出てくるような魔物ならナーガが倒してくれるよ」


 そうして歩きだすと小さくため息をつきながらもついてきた。


 この森は一応人の通り道になっていて進んでいった先に橋が架かっているらしかった。地図によるとその先の森を抜けて山を越えれば別の町にたどり着けるようだったが今日中に行ける距離ではなさそうだしその予定もない。


 くれぐれも橋の向こう側までは行かないようにと言われていた。もともとこの森が通り道として使われていたのはずいぶんと昔の話で、航海技術の進歩によって徐々にその足跡は途絶えていったという。大荷物を運ぶのにも適していないし案内所が寂れていった影響もあってしばらく人が来ていないそうだ。


 そこなら魔物が潜んでいる可能性は大いにある。一応の危険地帯ならあわよくば珍しい素材も見つけられるかもしれない。


「アイリス、時間もあるしいまのうちに練習しよう」


「……やっぱりやるんだ」


「当然だ」


 嫌そうな顔をして聖剣を見下ろす。魔物討伐には邪魔な存在だったが早く慣れてもらうために持ってこさせていた。


「ずっとびびってるわけにもいかないだろ。振り回せるようになれって言ってるわけじゃないし」


「はーい……じゃあナーガちゃん、これ持っててくれる……?」


 アイリスはそう言ってうんざりした様子で背負っていたカゴをナーガに渡した。


 できればアイリスには聖剣の真の力を使いこなせるようになってもらいたかった。彼女の力があればいずれ町を襲う魔物の脅威も追い払えるかもしれない。それも難しければアイリスだけでも町から避難させなくちゃならない。この世界がまた混沌に覆われていくのならばそれを救いだせる希望の一つはなんとしても生き延びさせなくてはならなかった。


「じゃ、じゃあ……抜くよ?」


「ああ」


 二人から離れ周りを見回しなにかしらの注意を払いながらアイリスが振り返る。


「……いきなり大声出したりするのなしだからね?」


「早くやれ」


「っ……」


 しばらく葛藤するような間を置いてやがて息を飲み聖剣の柄に手をかけた。けれど早くもその表情は青ざめており、二人が見守る中アイリスはそろりそろりとものすごく危なっかしい手つきで聖剣を鞘から抜いていく。


「ひゃあっ! むむむ無理ぃっ……!!」


 だが突然そう叫ぶとぱっと聖剣を投げだし慌ててこっちへ駆け戻ってきた。ぎょっとして思わずユーリもその場を飛びのいていた。


「急に投げるなよ危ないだろっ!」


「だ、だってぇ……! 急にぞわって来たんだもんほら見てよ鳥肌ーっ!!」


 慌てふためくアイリスの背後では宙に放りだされた聖剣がすとんと地面に突き刺さっていた。たいして力も加わっていないのにやけに深々と地面に飲みこまれている。


「危うく死者が出るところでしたね」


「無理だよあんなのあたし触れないよぅっ! おかしいでしょあの刺さり具合っ! なんなのあそこだけ地面が水溶き片栗粉にでもなってるの!?」


「なんだその呪文めいた響きの……ああ、なんだっけとろみつけるやつ?」


「急に異世界人ぶらないで!」


「いやあの……まあ、大丈夫だって。そーっとやれば怪我しないから。ほら頑張れもう一回」


「もうやだぁっ! その剣捨てるーっ!」


「……いいのか、タニシになっても」


 そう言うと途端にアイリスは言葉を失い絶望したような顔をした。そのままゆるゆるとうつむいていき小さな声でしゃくり上げはじめる。その瞳からきらりと光る雫が零れ落ちて大地に消えた。


「うぅ……なんでよりにもよってあんなものあたしに渡したの……」


「天使からもらった唯一の武器なのにえらい扱いだな……」


「ね、ねえ……あたしあれで魔物とか倒せるようにならなくちゃいけないの……?」


「最低限エーデルワイスの力を解放させられるようにはなってほしいんだ。たぶんその本来の性能は出てないから」


 オークたちやアロマージモーブはその力に嫌悪感を示していたがオーグリオやレゼッタについてはまったく気にした様子もなかった。所持しているだけでもとりあえずの忌避性はあるみたいだったが相手によっては効果が薄いようだ。個体の強さによって左右されるのかもしれない。


 その辺りの理屈については不透明だがその程度の力しかないとは思えなかった。


「でもやり方わかんないよ……?」


「俺の予想だと魔力に反応してくれる。魔力の使い方はあとで教えてやるから剣を拾ってきてくれ」


「う、うん……」


 用心してナーガと一緒に樹の裏側に隠れ、アイリスはおどおどしながら虫にでも触るように細心の注意を払いながら聖剣を地面からゆっくり引っこ抜いた。


 そのまま切っ先を持ち上げ意味不明な呻き声を漏らしながら構えていく。腰が引けていていまにも落っことしてしまいそうだったが見たところあまり重量を感じている素振りはない。


「はわわっ……ユーリくんっ……ふわっ、はぁあっ……も、ももも、持ったよ……?」


「びびりすぎだろ……」


「な、なんか言った……?」


「……いや、別に。じゃあそのまま握ってて」


「えぇっ……無理ぃっ……」


「高いところだってずっといたら慣れてくるだろ。そんな状態で魔力が使えるか」


「っ……」


 そうしてしばらくの間アイリスは剣を握ったまま立ち尽くしていた。時折訪れる震えに声を漏らしながら数分ほど経った辺りで不意にぽいっと聖剣を目の前に放り投げる。そそくさとこちらに戻ってきたアイリスはがっくりと座りこみ肩で呼吸をしていた。


「も、もう無理……限界っ……」


「見ていられませんね……」


「だ、だって手汗で滑りそうだったんだもん……」


「まあ頑張った方じゃないっすか」


「ね、ねえ……あたし、こんな剣使うより素直に魔導士になった方が未来明るくない……?」


 はあ、と大きなため息をついて両手をドレスの裾に擦りつけながら顔を上げる。


「聖剣あるのによく魔導士目指す気になれるな」


「この様を見てあたしが聖剣士になれると思って?」


「威張るとこじゃねえんだわ」


「それにほら、魔法ってあたしたちにとっては憧れみたいなものあるでしょ? あたし小さい頃は魔法少女になるのが夢だったの。それにユーリくんはすごい魔導士だったんだし、教われば最強とまではいかなくても充分な実力にはなれるかなーって」


「残念ながらお前に魔導術の才能はない」


「え、なんで? まだなにもやってないのに決めつけるの早くない……?」


「魔導士にはなによりも冷静さが求められるんだ。氷みたいに心の揺れ動きをなくさなくちゃ戦いながら魔導術を使うことなんてできないんだよ」


 感情の起伏の激しさを見る限り魔導士を志すのは絶望的だろう。たとえ使えてもあらゆる紋章陣を自在に思い描くまでには至れない。


 ほとんどの魔導士は一分野に特化していくがその土台として汎用魔導を覚えるのは多種多様なフェアリーを満遍なく使うためだ。そうすることで消費したフェアリーを回復させ手詰まりに陥るのを防げる。一つや二つ魔導術を覚えただけではあまり意味がなかった。


「でも……あたしこのままじゃ……」


「悪いことは言わないから魔導士になるのはやめとけ。魔王を倒したいんだろ? いくら転生者でも杖持ちじゃ苦労するぞ」


「……杖がないとどうなるの? 身体によくないって言ってたよね」


「最初は頭が痛くなってくる。それだけなら我慢すりゃいいけど悪化するとそのうちフェアリクス病にかかる」


「……なにそれ?」


「フェアリーを取りこんで起きる病気のことだよ。杖はそのためのフィルターみたいなものなんだ」


 最初にフェアリーを見つけたのがフェアリクスという学者だった。あの粒子にフェアリーという名がついているのもその学者の名前が由来だ。


「どんな病気なの?」


「人によっていろんな症状に悩まされることになる。身体の一部が麻痺したり、幻覚を見るようになったり」


「それって……ユーリくんは……?」


「記憶が消える。俺のはそういう症状だった」


 それに気がついたのは旅の後半だった。そこへ至るまでにもフェアリーを取りこんだことによる影響は感じていたが、ある日唐突に数時間ほどの記憶が消えていた。幸いなことに消えた記憶の直前までは鮮明だったためどういう経緯があったのかは想像で補えたが、それ以来魔導術を使うことで記憶を失う頻度とその範囲は徐々に拡大していた。


「どれくらい忘れちゃったの……?」


「ものの使い方がわからなくなったり知りあいのことを忘れたりかな。使えなくなった魔導術もあるだろうし……自分でもどれくらい忘れたのかわからないよ」


 それを聞くとアイリスは気まずげにうつむいてしまった。そんなつもりではなかったのにずいぶんと重く受け止めさせてしまったようでユーリはため息混じりに笑いかけた。


「そんな顔するなよ。記憶消えただけじゃん。逆に言えばそれ以外はほとんどなにもないんだし」


「でも……なんていうか、その……もしかしたら大切な思い出とかもなくなったのかなって思って……」


「まだましな方だよ。これでも症例の中じゃ軽い方なんだから。ともかく、そういう理由があるからみんな杖使ってるわけだ」


「……魔法って、あたしが思ってたよりメルヘンなものじゃないんだね」


「それでも奇跡であることには変わりはない」


 なにやら重たい空気になってしまい、ナーガも顔を背けて無表情でどこかを眺めていた。こいつには記憶を失うことについて話していただろうか。


 そんな数日前の記憶でさえも自信が持てなくなっていた。

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