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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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救済の対価

 全身をぴっしりとした正装で決めた門番に一声かけて村をあとにする。ユーリは泉の件で手厚い感謝の言葉をもらい、少女は二度と来るなと憎悪の目を向けられ、ナーガは天気の話をしていた。


 そうして村を出たところで入口の門がゆっくりと閉じられていき門番たちは村の中へ引っこんでいってしまった。昨日はずっと開けっ放しにしていた気がするけどその原因についてユーリはあまり思いを巡らせないことにした。そこにある盛り塩がすべてを物語っているのだから。


「あの、本当にありがとうユーリくん。何度も助けてもらっちゃって……なんてお礼を言ったらいいのか……」


「もう気にするなって言っただろ。お前だってこれからたくさんの人を助けていくんだからこの程度で負い目に感じなくていいんだよ」


「……優しいんだね」


 そっと微笑みながらすぐにまた涙ぐんでいく。泣き虫というよりは。きっと、そんな些細なぬくもりに触れただけで涙腺が緩んでしまうほどに心が荒んでいるのだろう。


「ちゃんとまっすぐアンスリムまで帰ってくれよ? もうなにかあってもどうしようもないから」


「う、うん……あの、いつか……絶対、お礼するからっ……」


「どうやって返すつもりだよ」


「連絡先……あ、携帯はないのか……どうしよう……」


 困り顔でうつむいて考えはじめてはみたものの、向こうの世界と違って一度別れた人間と出会うのは簡単なことではなかった。お互いに定住する場所を持っているわけでもない。よっぽどの幸運がない限りはもう会うことはないのだろうとユーリは思った。


「そのうちなんかの縁でまた会えたらそのときに返してくれればいいから」


「そ、そんなのだめだよっ! それにユーリくんだってさっきの……あの、お金、大丈夫……?」


「大丈夫だよ、たいして──」


「あなたのおかげでナーガたちは一文無しになってしまいました」


 唐突にユーリの言葉を遮ってナーガが言う。途端に少女の顔がさっと青ざめた。


「えっ……もしかして、全部使っちゃったの……?」


「なんで言うんだよ……」


「魔王様のあまりの献身的な振る舞いに心が痛くなりました。どうかもっとご自分をいたわってください」


「そしたら真っ先にナーガを黙らせることからはじめなくちゃならないな」


 ため息混じりに返しながらどうしたものかと考えていると、申し訳なさげにうつむいたまま立ち尽くしていた少女が不意に思いついたようにぱっと顔を上げた。


「そ、そうだっ……あの、ユーリくんっ……あたしの剣あげる! これで代わりになるかわからないけど、よかったらもらってくれないかなっ……!?」


「いらない」


「え、で、でも……すごい剣なんでしょ……?」


「どうせお前にしか使えないよ。だいたい、大事なものなんだからそんな簡単に手放すなよ」


「だ、だって……あたしのせいで迷惑ばかりかけちゃって……その……っ……」


 続く言葉は涙が邪魔をして出てくることはなかった。ドレスの袖で目元をごしごしと拭いながら肩を小さく震わせる。それを無表情に眺めていたナーガが平板な口調で少女に訊ねた。


「お返しがしたいですか」


「え……?」


「魔王様のお役に立ちたいと言うのであればナーガに考えがありますよ」


「っ……うんっ、なんでもするっ……」


「……ナーガ、もしかして」


「はい。この女をイフの森に連れていきます」


「……ちょっと待って」


 ユーリはそう言ってナーガを引っ張っていくと少女に背を向けた。


「なに考えてんだよ、今日中に殺さないと気が済まないほど嫌ってるのか?」


「連れていくと死んでしまうのですか」


「そうなってもおかしくない場所ではあるんだよ。俺とナーガだけならともかく、あいつまでいたら面倒見きれないぞ」


「大丈夫です。あの剣が異様な気配を放っていますので魔物は近づいてこないと思います。むしろ安全かと」


「だけど……」


「それにこのまま帰してしまうとあの女はいつまでも罪悪感に苛まれるのでは」


「……」


 一理あるかもしれない。でもその種を蒔いたのはナーガだ。もしかしたら最初からそのつもりで言ったのかもしれない。


「あの……あたし、手伝うよ……? 力になれることならいいんだけど……」


「魔物の住処に行きます。あなたの剣があると助かるのですが」


「任せて。あ、でも……その魔物って……どんなやつなの……?」


「魔王だった頃に仲間にしてた魔物だよ。戦うことになるかはわからないけど強いのはたしかだ。不安ならやめた方がいい」


 つい最近までは年相応の学生だったただの女の子だ。そんな少女をレゼッタのところへ連れていくのは気が咎めすぎた。


「……行く」


 それでも少女は決心したようにうなずいていた。


「この剣があれば安全なんだよね……? あたしで役に立てるんなら、連れてって」


「頼りにしてますよ。しっかり魔王様をお守りしてくださいね」


「う、うん……頑張るっ……」


 これでいいのだろうか。対策は用意してあるが実際かなり付け焼刃でレゼッタに通用するかどうかわからない。彼女の力があれば助かるのは事実だが、そうはいっても経験値ゼロの未熟な転生者に過ぎなかった。


「あたし、平気だよ……? それにユーリくんも武器になるもの持ってないんだよね……?」


 そんなユーリの憂いを見透かしたように少女が言う。たしかに武器は一つも持っていない。あったところで魔導術以外の訓練はしたことがないので使いこなすこともできないが。


「……わかった。じゃあ頼んだぞ」


「任せて」


 仕方ないか。ナーガも言ったようにここで別れたらいつまでも自分の過ちを責めてしまいそうだし。心配事が積み重なっていっている気がするが聖剣の力に賭けるしかない。

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