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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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朝日に紛れたうその色

 アフェットに心のあたたまる朝食を振る舞ってもらいのんびりとした朝の時間もほどほどにユーリたちはいよいよ出発しようとしていた。


「ぶひぶひん(寂しくなるわね……)」


 戸口に立って見送ろうとしていたアフェットがしんみりとした声で言いながら目元をハンカチで拭う。


「ぶっひひん? ぶひひぶひひん(気をつけて行くのよ? あの森には大きな魔物がいるんだから)」


「ぶひひ、ぶひっひ(大丈夫だよ、ナーガがいれば)」


「……ぶひん、ぶひひっひひぶひぶひん(……そうね、それにユーリも魔王様なのよね)」


「ぶひひぶひひひ(だから心配はいらないんだ)」


 帰りにもう一度ここへ立ち寄るつもりはなかった。本来ならば人間が立ち入っていい場所ではない。オーグリオにもアフェットにもそのことは話してある。だからここでお別れだ。


「ぶひぶひぶひ。ぶひひぶひっひ(ありがとうアフェット。世話になったな)」


「ぶひひん。ぶひぶひっひぶひ、ぶひひぶひひひんひん(またいつかいらっしゃい。なにも敵であるわけではないんだから、みんなだって英雄を邪険にしたりしないわ)」


「……ぶひひ。ぶひぶひ(……そうだな。またいつか)」


 でもきっと、いつまでもここにいたらだめになってしまう気がする。幼くして母親の手を離れたユーリにとってアフェットの家はあたたかすぎた。


「ナーガ、もう行くからアフェットにお礼言って」


「ぶうぶう(雪が降ってきました)」


 結局最後までナーガがちゃんとした会話をすることはなかったが、なにかしら伝わるものがあったのかアフェットは瞳に涙をためながらナーガをぎゅっと抱きしめた。


「ぶひん、ぶひ(元気でね、ナーガ)」


「ぶひ(いい天気ですね)」


「ぶふふ、ぶひぶひーぶひん(うふふ、今度会うときはちゃんと話しましょうね)」


「ぶひひ(行ってくるよ)」


「ぶひひひん、ぶっひー(行ってらっしゃい、二人とも)」


 ハンカチを片手に手を振るアフェットに手を振り返し、二人は背を向けて家をあとにした。そのうち、気が向いたときにでも手紙を出そうとユーリは思った。


「魔王様、そちらは出口ではありませんよ」


 そうして朝日の差す村を晴れやかな気持ちで歩きだし、村を出る前に一度オーグリオへ挨拶をして行こうと角を曲がったところでナーガが呼びかけてくる。


「オーグリオのとこ行くんだよ」


「お忙しいのでは」


「世話になっただろ。挨拶もせずに行けないだろうが」


「ですが、魔王様……」


「……」


 なんでここで引き止める。


 怪訝に思って振り返るとナーガは眠たげな顔でユーリを見つめていた。


「……なんだ?」


「……ナーガたちもすぐにイフの森へ行かなければ町へ着くのが夜になってしまいますよ」


「そんなに長話しないって。ちょっと行って一声かけるだけじゃん」


「ではこちらから行きましょう。近道です」


 そう言ってナーガはくるりと背を向けた。もちろんそっちから行くのは遠回りだ。


 ……怪しい。


 昨日のオーグリオの話とはまったく無関係なところで超絶に怪しい雰囲気を漂わせていた。


 もうちょっとうまくやれてることあるだろお前。


「おい。待てよ、ナーガ」


 先に行こうとしていたナーガがその声に足を止め、肩に手を乗せると微かにびくっと身体を震わせていた。そうして意を決するような間を置いてこちらへ振り返ると怯えたような目で見上げてくる。


「なななななんでしょうか……」


「実はあんまり騙す気ないんじゃないのかその態度」


「い、いえ……なんのことだかナーガにはさっぱり……」


「なに隠してんだよ」


「魔王様に隠すようなことなんて、なにも……」


「……この俺を欺くつもりか?」


「っ……」


 ナーガは一瞬表情を強張らせるとぎゅっと目を閉じてふりふりと首を振った。なんて素直な奴なんだろう。こういうときは表情豊かなんだなお前。


「こっちから行くとなにか都合の悪いものでもあるのか?」


「な、ナーガにとってはとても都合が悪いことがあります……」


 ばつが悪そうに目を逸らしながら小さな声で呟く。なんだそれ。けれどこのままナーガの言う通りにしてはいけない気がしてなにも言わずにもとの道からオーグリオの家へ歩きだすと彼女も観念したようについてきた。


 その答えはすぐそこにあった。


 連なった家々を抜けた先の広場。その片隅には昨日の檻を載せた荷車が置いてあり、檻の中では途方に暮れた顔で座りこむ少女の姿があった。

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