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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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星の光と命の記憶

 夜空に浮かぶ光の粒を線で結び一つひとつ星座を数えていく。いったいどれがなに座であるのかは一致させることができなかったが、生前はけっこう星が好きな少年だったらしく記憶の片隅に置いてある場所にはいくつかの星座の名前が転がっていた。もしかしたらいま見上げている夜空はまったく知らない星の形をしているのかもしれない。けれど、たぶんこの空に浮かぶ宇宙も生前の世界と同じ色をしていたのだろう。


 緩やかに流れ続ける夜風に肌寒さを覚えながら視線を下げていくと眼下にある森の中から微かな緑色の光が浮かび上がってきていた。それはまるで蛍のように瞬いては霞んでいくひとときの粒子だったが、決して消えることのない輝きとして辺りの森を幻想的に淡く包みこんでいた。


 村の端にあった展望台の手すりを乗り越えた先の崖に腰かけていたユーリは地中から湧きでる光を眺めながらオーグリオの話を思い返していた。


 城にいなかったはずの人間か……。


 よく考えてみるとナーガについては知らないことだらけだった。わかるのはばかで口が悪いってことくらいだ。なにも心配がないというわけではないが、そのことであまりナーガを問いただす気はなかった。


 なにか隠していることがある。けれどそれはあいつが話さない方がいいと判断したからだ。俺に必要な話ならあえて追及をしなくとも適切な時期が来ればナーガの方から話してくれる。物事には然るべき順序というものがあるのだ。


 そういうところがお人好しなんだよ、と昔誰かに言われたことがあったような気がした。景色を眺めながら頭半分にそれを思いだしていると不意に後ろからこちらの様子を窺うような足音が聞こえた。


 振り返るとあの少女が戸惑いの表情でこちらを見ていた。


「眠れなかったか?」


「……うん」


 この村は安全だと教えたつもりだったが彼女の腰には不安を示すようにあの剣が差されていた。


「教えてほしいことがたくさんあるの」


「だろうな」


 そう返すと少女は少しの間を置いてから躊躇うように手すりを乗り越え、四つん這いになりながら恐る恐るユーリの隣へ来た。高い場所に慣れてないせいで腰が引けており、そこから眼下の森を見下ろして小さく声を漏らす。


「なにあれ、蛍……?」


「そうだよ」


「きれい……」


 しばらくそのまま光を見つめていた少女はやがてユーリの少し後ろへ腰を落ち着けた。実のところ蛍ではない。夢もロマンもない言い方をすればあれはたぶんこの村で一生を遂げたオークの死体が埋まっているからだろう。


「……あたし、この世界に来る前のことあんまり覚えてないの」


 ユーリがフェアリーを眺めながらささやかな冥福を祈っていると少女はやがて独り言のように話しはじめた。


「どんな国にいて、どういう名前だったのか、なんとなくわかることはあるんだけど全然はっきりしてなくて……」


「みんな同じだよ。自分に関する記憶はほとんど忘れてこの世界に連れてこられるんだ」


「ねえ、これってあたしの夢だったりしない……? きみに訊いてもわからないかもしれないけど……」


「ユーリだよ。それに、夢かどうかは自分が一番よくわかってるだろ?」


「……」


 だからといって現実であるとも思えない。そういうあやふやな感情を抱いているのは痛いほど理解できた。これはただの悪い夢で、何度も眠っていればいつかそのうち見覚えのある風景の中で目を覚ますことができるはずだ。


 それがただの幻想にしか過ぎないとわかったのは、もうどうしようもないところまで来てしまったのだとユーリがあきらめたのは一週間と経たない頃だった。


「わけわかんない……どうしてこんなことになっちゃったの……? あたし、どうしたらもとの世界に帰れるの……?」


「……がっかりさせるようで悪いけど、いつか帰れるなんて思わない方がいいだろうな」


「どうして……?」


「死んだんだよ、お前」


「え……?」


「前にいた世界で死んでるんだよ。だからここに来たんだ」


「ま、待って……死んだって……あたし、が……?」


 言葉を震わせながらその表情から血の気が引いていく。少女は呆然としたままユーリを見つめていた。


「……自分でもわかってたんじゃないのか? どうしてこうなって、自分がいまどういう状況に置かれているのかってのは」


「っ……」


 顔を伏せながら無言で首を振る。それは否定というよりもただ事実から目を逸らせようとしているように見えた。


「……まあ、信じたくないよな。そんな話」


「当たり前でしょっ……? だって、なんで、あたしっ……だいたいどうしてきみにそんなことがわかるのっ……?」


「俺も転生者だから」


「転生、者……?」


「お前のようにこの世界へ来る連中のことをそう呼ぶんだ。俺も一度死んだんだよ、ずっと昔に」


「ユーリくんも……?」


「それから十年近くこの世界で暮らしてる。いままで何人かの転生者に出会ったけど、みんな一度死んで前世でなにかしらの罪を犯してきたって奴らばかりだった。そう教えられたってだけで詳しい記憶を持ってきたのは一人もいなかったけどさ」


 彼らもまたもとの世界に帰る方法を探していた。けれどどれだけ人のために戦っても転生者に救いは降りてこなかったし、彼らは魔物たちとの長い戦いの中で少しずつ疲弊しやがてその力を振るうことさえもできなくなっていった。


「だから……もうもとの世界に帰るだなんて考えない方がいい。できないんだ」


「そんなこと……言われたって……」


「……仕方のないことっていろいろあるんだよ。お前のせいじゃない」


「っ……」


 少女はなにも言わずに膝を抱き寄せてそこに顔をうずめた。小さな泣き声が聞こえはじめるのにはそれほど多くの時間はかからなかった。


 ……そりゃ、そうだよな。自分が既に死んでしまっているなんて話を素直に受け入れられるわけがなかった。これまで積み重ねてきた記憶や時間、人生のすべてと決別をつけるのはそう簡単なことではない。


 少女から目を離して空を見上げながらユーリは思った。


 俺たちはいったいなんのためにこの世界へ連れてこられたんだろう。過去の記憶も前世での罪も。こうしていればいつかそれを思いだせる日が来るのだろうか。

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