たとえそれでも
城にいなかったはずの人間。その事実にユーリは眉をひそめた。
「……ほんとか?」
「大勢の魔物がいたわけではありませんでしたので人間が混じっていれば目立つはずです。あの女はいつから城にいたのですか」
「具体的な時期までは聞いたことがない。俺も知らないだけだと思ってたから」
「城での騒動について彼女はなんと」
「役に立つ話はなにもわからなかったな。抵抗はしたみたいだけど……だいたいさっき話した通りだ」
出会ったときは魔力を失ったショックでそれどころではなかったが、改めて訊いてみた際に返ってきた答えがそれだ。なにがなんだかわからないうちにやられてしまい、気がつけば首を吊られていて俺が目の前に立っていた。
「不可解だとは思いませんか」
「……まあ、まったくないってわけじゃない」
ユーリが生きていたことについては魔力が完全になくなったからだという理由でまだ納得ができた。感知するだけの魔力すらないのであればあの瓦礫に紛れて見落とされた可能性がないわけではない。
けれど、なぜナーガはあのとき首を吊られていたんだろう。それも無傷で。そんな遠回しな方法を選ばなくてもいくらでも殺す手段はあったはずだ。一族の秘術とやらで不死身にでもなってない限り、たしかにあのときのナーガには疑問が残った。
「ナーガが怪しいって言いたいのか?」
「魔王様がそこまで信頼なさっているのでしたらおそらくそれに足る忠誠は見せていたのでしょう。ただ……魔王様は人が良すぎるところもありますから」
「自分ではけっこう傍若無人な振る舞いをしてると思ってたよ」
「見せかけですな。たしかにはじめてお会いしたときよりも雰囲気は幾分変わられましたが、芯に宿る誇り高さを私は見逃してはおりませんよ」
「むずむずするからやめて」
「ははは、魔王様もまだまだお若いようで」
可笑しそうに笑うオーグリオへため息混じりに乾いた笑いを返す。たしかに疑いだせばきりがないが、そのことに対してユーリはあまり危機的に捉えていなかった。
「まあ、頭の片隅には留めておくよ。よくも悪くも単純な奴だし、そういう黒い部分があるようには見えないんだ」
「……余計なことを申し上げたかもしれませんね」
「いや、教えてもらえてよかったよ。この件に関してはわからないことが多すぎるから」
あるいは、なにかしらの思惑があって俺を騙しているのかもしれない。それでもナーガを疑うつもりはなかった。これまで向けられてきた気持ちにうそがあるとは思いたくなかったし、そんな器用な真似ができる奴でもないという信用もある。
ただ……唯一疑うとするなら。オーグリオから話を聞いていままでぼんやりと感じていた疑問はたしかなものへ変わりつつあった。
おそらく、あいつは俺になにかを話さないままでいる。
「まさかイフの森へはそのことで?」
うろんげに考えているとオーグリオが眉をひそめながら訊ねてきた。ユーリは一旦ナーガの話を脇へ追いやると脚を組みながらテーブルに頬杖を突いた。
「……ああ、あいつならたぶん知ってるだろうから。仲間になってくれていたことは話したっけ」
「いえ……ですが危険ではないでしょうか。おやめになった方がよろしいのでは」
「行かなくちゃならない理由はそれ以外にもあるんだよ」
「はあ……」
「んなことより訊きたいことがあるんだけどさ、イフの森へ行くまでにアロマージモーブが生えてる場所はないか?」
「アロマージモーブ? ……申し訳ありません、なんですかそれは?」
「……ぶひふ(……アロマージモーブ)」
「ああ、なるほどなるほど。こちらではアロマージモーブと呼ぶのですね。ええもちろんありますとも。あの魔物ならすぐに見つかるかと」
オーグリオは納得したように手を打つと鼻をふごふごと鳴らして大笑いしながらうなずいていた。
アロマージモーブというのは植物系の魔物の一種であり、森などの植物が多く生息する場所で時折見つけられる小さな花だ。見た目はただの小さな白い花だが、魔物としての姿を現すのは日が落ちて暗くなったあとからである。
彼らは夜になるとちょろちょろと歩き回り、肥えた土壌を見つけるとつぼみの中から昼のあいだにつくりだした発火性の体液を揮発させて周囲の草木を焼き払うという植物にあるまじき特徴を持っていた。
といっても危険な魔物ではなく、体液を吐きだしきると今度は不活性の気体を放出するので野放しにしても山火事になることは滅多になかった。あくまでも、滅多にだ。アンスリムで見つけることはできなかったが一応は店で売られていることもある便利な魔物だった。
たぶんあるだろうと踏んでいたので用意していなかったがこの地に詳しいオーグリオに太鼓判を押されてひとまずの安心はできた。レゼッタに会ったときにもしかしたら必要になるかもしれない。




