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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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存在しない影

 アフェットの家で食事は済ませていたのだがせっかくだからというオーグリオの申し出によってユーリたちは改めてテーブルに大量に並ぶ料理を前にしていた。満腹にはなっていなかったのでそれはそれでありがたかったが、それにしてもオークは体格以上によく食べる種族のようだ。あれだけの筋力を持っていることを考えればそれも当然かもしれない。


 そうして城での思い出話を交えながらほどほどに食欲を満たしているうちに夜が更けていく。とはいえ本来王であるユーリが一般的な城での兵士に当たるナーガやオーグリオたちと接触する機会はなかったので一緒になって盛り上がることもできず、オーグリオの話に相槌を打ち続けては時折質問で返すというようなやり取りだった。


 国を治めるわけでも他国を侵略するわけでもなかったユーリの城では生活のほとんどを自給自足で賄っており、城にいた連中は畑を耕したり近場の森に入って狩りなどをしていた。もともと城に置いていたのは強大な力を持っていた各地の魔王やその側近たちだったので、そういう農作業や狩猟に勤しんでいたのももちろん彼らである。


 世界を混沌の渦に巻きこみ人々を恐怖に陥れた魔王が畑作業をしてるとか威厳もなにもあったものではないが、ぶつくさ文句を言いながらもこれはこれで悪くないと馴染みはじめた者がいたとかいないとか。これが天下の魔王軍だよ。


 大半の料理はオーグリオが一人で食べてしまい、食後に淹れてくれたさきほどとはまた違うお茶っぽい飲み物で一息つきながらのんびりとした時間を過ごしていると次第に隣に座っていたナーガがこっくりこっくりと舟を漕ぎはじめた。


「眠くなってきたか?」


「……いえ、大丈夫です。魔王様より先に休むなどあり得ません」


「けっこう先に寝てるだろいつも。無理するなよ、明日はお前にも頑張ってもらうかもしれないんだし」


「……ではすみませんが、ナーガは一足先に休ませていただきます」


「廊下の二つ目の部屋だ。ゆっくり身体を休めてくれ」


「……ありがとうございます。ああ、それはそうと魔王様」


 部屋へ行こうとしたところで思いだしたようにナーガが振り返る。


「なんだ?」


「あの女を窓の外に出したらいけませんか」


「自分の胸に手を当ててよーく考えてみてくれ」


「柔らかいです」


「感触訊いてるわけじゃないから」


「もしよければ魔王様もいかがですか」


「いらん」


「この程度では魔王様を魅了できませんか……」


「……もういいから早く寝ろ、おやすみナーガ。余計なことするなよ」


「……おやすみなさいませ」


 追い払うように手を振るとナーガは微かに首を竦めてそそくさと居間をあとにした。なにがそんなに気に入らないのだろう。


「……今日は悪かったな、急にお邪魔して」


「いいえ、そんなことをお気になさらないでください。魔王様は我々の恩人ですからいつでも大歓迎ですよ。ただ、まあ……村の連中は魔王様がその恩人だと知らないものですからとんだ無礼をしてしまいまして」


「俺の方はお前らに恩を着せるようなことしたつもりはないんだけどな」


「泉を浄化していただいたのは事実ですから。魔王様がいらっしゃらなければ我々は住処を移さなくてはならなかったかもしれません」


 それは一年前の話だった。


 当時ユーリは最後の魔王を倒し、それまでに配下にしていた各地の魔王を集めてあの城でひっそりと暮らしていた。それからすぐにイフの森に強力な魔物が住んでいるという情報を入手し訪れてみると、そこではデゼスポリアという魔物の放つ瘴気に困り果てるオークの姿があった。


 そのデゼスポリアが後のレゼッタであり、困り果てていたオークはおそらくオーグリオだったのだろう。そのときのことは覚えていたが、人と違ってオークの顔を認識するのは難しくいまこうして話していても当時の彼と目の前の本人とが一致しなかった。


 そんなわけでユーリが間に入りレゼッタへ新しい住処を用意することで問題は解決し、オーグリオが城へ野菜や日用品を運んできてくれるようになったのもそのときからの縁だ。


「あそこでいったいなにがあったんです? ちょうど城へ物資を持っていっていたのですが、あんなことになっていたものですから……」


 それまでの和やかな雰囲気から一転して不穏な表情を浮かべたオーグリオが声をひそめながら訊ねてくる。


「……実は俺もわからないんだ」


「どういうことです?」


「そのときの記憶がない。大きめの戦いになってはいたんだと思うけど、詳しいことはなにも」


 あの日の数時間が記憶から丸ごと抜け落ちている。そんなふうに極端な記憶喪失をするのは極めて稀ではあるが経験がないわけではなかった。おそらくあのときユーリは誰かと戦いになり、そしてそれは本気を出さなければ敵わないような相手だった。


「それで気がついたら城は崩壊してて、俺の魔力はなにもかもなくなってたってわけだ」


「……なんですって?」


「魔力そのものがなくなったんだよ。ナーガが言うには俺の魔力を奪っていった奴がいるらしい」


「そんなことが可能なのですか……? 魔力を奪われるなど聞いたことが……」


「俺も変だとは思ってる。けど実際にそうなってるわけだしな」


 中には魔導士の魔力を吸い取る力を持った魔物もいた。けれどそれは蚊やコウモリが血を吸うのと同じようなもので根本的に失われてしまうようなものではない。身体のどこかに魔力を生成する器官が存在しているのならそこが完全に機能停止している。


「……差し出がましいようですがその事実は誰にも打ち明けない方がよろしいかと」


「まあ、そうだろうな……気をつけるよ」


「他の者たちは?」


「さあな、気がついたときにはもう誰もいなかったよ」


「そうですか……」


 オーグリオは深刻そうな顔で小さくため息をついた。オーグリオはユーリの配下にいたわけではないのでこの件に関してそう真面目に捉えることはないはずなのだがまるで自分のことのように重い雰囲気を漂わせていた。


「ところで、あの女はいったいなんなんです?」


「転生者だって言っただろ」


「……失礼しました。そちらではなく、あのナーガという少女の方です」


「ナーガ? ただのトイレ当番だけど……」


 まさかそっちに食いつくとは思わずきょとんとする。


「なぜ魔王様があの女と一緒にいるのですか」


「前に命を助けたことがあるらしくてその縁で慕われてるんだ。けっこう頼りになる奴だよ、頭と口が悪いけど」


「……」


「言いたいことがあるなら言えよ」


「私は城の内情に精通していたわけではないので断言はできないのですが……」


 デーブルの小皿を見つめながら言いづらそうにしていたオーグリオはそこで一度言葉を区切った。そうして気配を窺うように廊下の方へ視線を投げると神妙な顔をこちらに向けてくる。


「私の知る限り、あの城に魔王様以外の人間はおりませんでした」

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