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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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落下した魂

 広場での騒動が一段落したあとユーリたちはオーグリオの家に招かれていた。村長といっても周りにある家とほとんど変わらず、オーグリオは権力にものを言わせて贅沢な暮らしをしているというわけではないようだった。そういったところから出てくる人柄の良さが仲間からの人望を集めているのだろう。


「……説明してください」


 テーブルの向かいに座っていた少女がやや警戒した眼差しでユーリを見る。その口調にはいくらかの非難を含んだ響きがあった。無理もない話だ。経緯はどうあれ、これまでに魔物を従え魔王として君臨していたという事実は否定のしようがない。オーグリオは三人にお茶のような飲み物を出すと仲間たちへ事の次第を説明するために出かけていた。


「そう怖い顔するなよ。助けてやったじゃん」


「それは感謝してるけど……」


 湯気の立つ飲み物に口をつけてみると紅茶のような味がした。どこの茶葉かわからないが、たぶん紅茶なのだろうとユーリは思った。鼻を抜けるようなフルーティな香りが爽やかに喉元から微かな甘みを残していく。とても丁寧に淹れてあるのだろう。はじめて飲む味だった。


 ずっと昂ぶりっぱなしだった緊張から解放されて少女はとても疲れているように見えた。そうじゃなくても突然この世界に転生し、わけもわからないままあの天使に突き放されてここ数日で精神的にすり減っている。


「そろそろ肩の力抜けば? このお茶けっこうおいしいぞ」


「っ……」


 少女はもどかしげにこちらを見たが、なにも言わずにカップに口をつけた。あえて触れないでいるがナーガはずっと少女に敵対的な視線を送り続けている。真顔だけど雰囲気的に。そのせいか少女も居心地が悪そうにしていたが文句は言えずにいるようだ。


「先に結論を言うと俺はもう魔王じゃないんだ」


「どういうこと……?」


「ほんの少し前まではそう呼ばれていたけど、ちょっとした事情があって魔力がなくなったんだよ。魔力ってわかるか?」


「わかるけど……魔力って本当にあるの? 魔法が使えるってこと……?」


「まあ練習すれば。だいたい俺は誰かに迷惑をかけてた覚えもないし、世間の連中は俺が魔王として城にいたことだって知らない。あくまで自称みたいなものだ。そういうわけだから俺を殺したって仕方ないと思うぜ」


「あたしは……その……」


 咄嗟に言い返そうとしたがその先の言葉は続かず、少女は結局なにも言わずにうつむいた。魔導術については半信半疑のくせに魔王討伐に固執していた辺り、そういうことくらいは天使から教えられていたのかもしれない。だとしてもそれまで血なまぐさい話からは遠い場所に住んでいたのだ。頭では考えていても実行に移す覚悟までは伴ってなかったというのが本音だろう。


「この世界の人間じゃないだろ」


「え……?」


「どっかのタイミングで意識が途切れて気がついたら大昔みたいな景色の場所に立っていた。そうじゃないのか?」


「どう、して……」


 不意にユーリが核心に触れると途端に少女の表情へ動揺が走っていった。


「この世界にはときどきお前みたいに別の世界からやってきた人間が現れることがあるんだよ。この世界にいる連中はそれを知っているし、魔法も生活の一部になっていてお前の世界にはいなかった魔物と呼ばれる動植物たちがいる。不思議に思うかもしれないけど、ともかくお前はそういう世界に来てるんだ」


「あたしみたいな人が、当たり前にいるの……?」


「当たり前ってほどじゃないけどそれほど珍しいことでもない。どうせここしばらくろくに休めてなかったんだろ? 混乱してるのはわかるけど一度ゆっくり眠った方がいいと思うよ」


「でも……」


「気になることはあとで教えてやるよ。とにかくいまは身体を休めた方がいい」


「あの怪物たちは大丈夫なの……?」


「もう怒ってないよ。たまたま怒らせちゃっただけであいつらは人間と仲のいい魔物だから。大変な目に遭っただろうけどお前が悪いわけじゃない」


「……」


 そのときちょうど外からどすどすと地面を踏み鳴らす足音がやってきて扉が開かれた。急いで戻ってきたらしくオーグリオはしわのない白いハンカチを取りだして額を拭っていた。


「申し訳ありません魔王様、お待たせしてしまって」


「みんなはどうだった?」


「ええ、そりゃもうすぐに納得してくれましたよ」


 オーグリオはそう言って大きくうなずくと少女に顔を向けた。


「悪いことをしたな。ずいぶんと怖い思いをさせてしまったようで」


 穏やかな口調で言うと少女が立ち上がって頭を下げた。


「い、いえ……あの、ごめんなさい……あたし、なんだか気を悪くさせるようなことしたみたいで……」


「無理もないさ。きみは我々を見たのもはじめてだったんだろう? 申し訳なく感じてくれる心があるのならもうこの村にわだかまりを抱く者はいないさ」


「ありがとう、ございます……」


 気まずげに礼を言いながらもう一度頭を下げた少女の肩にオーグリオは優しくぽんと手を乗せた。


「……寝室へ案内してやってくれないか? 疲れてるみたいだから」


「わかりました。ただ、申し訳ないのですがあいにく客間が一つしかなくて……」


「充分だよ。ぜいたくを言うつもりはないから。お前も文句ないな?」


「う、うん……」


 そうして少女はオーグリオに連れられて客間へ向かった。


 きっと、食欲なんて感じてる余裕がないほどに動揺しているんだろう。いまあの少女の中ではいろいろな疑問や戸惑いが渦巻いている。いまはそっとしておくのが一番だった。

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