茜色に紛れて
相手は警戒を促す仲間たちを手で制してなだめるとこちらに向き直り悠然と見下ろしてきた。
仲間たちより遥かに力のあるオークだ。並の魔物とはあきらかに一線を画す手強い相手。直感がユーリにそう告げていた。単純な力強さだけでなく、ある程度以上の修羅場を経験していると感じさせる風格が漂っておりそれを示すように露わになっている肌には無数の古い傷の跡があった。不用意に動けば確実にこちらがやられるだろう。杖を持ったナーガをまったく意に介していない堂々とした佇まいだ。
「きみたちか、村を侵略しに来た人間というのは」
「え……言葉、わかるの……?」
「多少ではあるがね。我々がきみたちの言葉を話しているのがそんなに意外かな?」
驚く少女へ落ち着いた口調で答えながら緩やかに視線をこちらへと向けてくる。
「どうやらあまり穏やかではない話になっているようだが、私としてもあまり手荒な真似は──」
魔導術がないと話にならないかもしれない。そんな劣勢を感じながら機を窺っていたときだった。不意にオークが口をつぐむと訝しげに眉をひそめた。
「ぶひ……?(ん……?)」
そして相手は少し腰を屈めながら目の上に手でひさしをつくってこちらをじっと見つめてくる。ユーリが怪訝に思っているとオークは目を見開きはっとしたように愕然とした表情を浮かべた。
「魔王様……魔王様じゃないですか!」
「……え?」
「えっ……?」
ユーリと少女が同時に声を挙げる。周りにいたオークたちもやや戸惑った雰囲気になっており、相手は何度もまばたきをしながらこちらへやってくるとユーリの両肩に手を乗せた。
「ご無事だったんですね……!」
「……は?」
「よかった……心配してたんですよ城があんなことになってたものですからっ!」
「いや、あの……ちょっと待って」
興奮した様子で捲し立てられユーリは困惑しながら相手を見返した。
「……誰だお前」
「私ですよ、以前お世話になったオーグリオですっ」
「ああ、オーグリオさんでしたか」
隣にいたナーガがそれを聞いてぽんと手のひらを打ちながら言った。
「え……ナーガ、知ってるのか?」
「お見かけしたことしかありませんが。魔王様の召し上がる食材などを調達してきていた方です」
「こいつのこと知ってるか? トイレ当番のナーガっていうんだけど」
「ナーガ……? いえ、見覚えが……」
城の中での上下関係がどのようになっていたのかこの辺りの連中のことになるとユーリにはさっぱりわからなかった。ユーリがオーグリオと名乗ったオークのことを知らないように、彼もまたナーガに見覚えがないのは仕方のないことだった。ナーガは城では間違いなく最底辺の雑用だっただろうから。
「もしや魔王様、私のこと……」
「悪いな、覚えてない。……いや、世話になったのって泉のことでか?」
「そうです」
「そうか……」
ため息混じりに答える。きっと、知らない相手ではなかったのだろうとユーリは思った。また忘れてしまっていたらしい。
「ね、ねえ……魔王ってどういうことなの……? やっぱり魔王なの……?」
「助けてあげるからしばらく黙ってて」
「っ……」
「しかし、いったいなんの騒ぎなんですこれは? 村の者たちは魔王様が村へ侵略しに来たと……」
「……誤解だよ。イフの森へ行く前に泊まらせてもらおうと思っただけでややこしい話にするつもりはなかったんだ。話せば長くなるけどこの子、転生者らしくてさ」
「そうでしたか……」
「あとで説明するから言いくるめてくれないか? 非があるのはこっちだけど仕方なかった」
「任せてください」
そう言ってうなずくとオーグリオは仲間たちに振り返った。
「ぶひ、ぶひぶひ。ぶひひぶひぶひ(みんな、安心してくれ。この方は我々を脅かしに来たわけではない)」
「ぶっひー! ぶひひっぶひっ……!(なに言ってるんです村長! 奴らは我々をっ……!)」
「ぶひぶひぶっひひ、ぶひひひぶほほぶひ。ぶひぶひぶひ。ぶひぶひーぶひ?(この方は聖域を浄化してくださった恩人であり、同時に東の城を統べる魔王様その人だぞ。こうなったのには聞くも涙の事情があるのだ。非礼を詫びるのは我々の方ではないのか?)」
「ぶひ……ぶひ、ぶひひ……?(そいつ……いや、その方があのときの……?)」
「ぶひぶひぶひっひひん。ぶひぶひふごふご(みんなには私からあとで説明させてもらう。だからいまはその怒りを鎮めてくれ)」
途端にオークたちがざわつきはじめユーリを睨みつけていた眼差しが急変していく。その中の一人が膝を突いて胸に拳を当てると気がついたように他の仲間たちもそれに倣っていった。
「ぶりっ!」
「ぶりぶりーっ!」
「ぶりぶり、ぶりりーんっ!」
「魔王様、どうかお許しください。このように彼らも自らの過ちを反省しています」
振り返ったオーグリオも彼らと同じ仕草で膝を突き頭を下げる。申し訳なさげにしているのは感じ取れるが、さすがのユーリも彼らがなにを言っているのかはさっぱりわからなかった。なんだぶりぶりって。
「あのぅ……どうなったの……?」
不安げに少女が格子を掴みながら恐る恐る訊ねてくる。
「許してくれるってさ」
「よ、よかったぁ……」
少女は腰が抜けたようにぺたりと座りこむとほっとため息をついていた。
そうか、オーグリオってあのときにいたオークのことか。本人のことは思いだせないものの、その出会いについては記憶の片隅に残っていた。まさかあのときのことがこんな形で助けてくれるとは思わなかった。
そんなことまで忘れてしまっているなんて、自分じゃ気づかなかったけど相当ひどい状態になってるみたいだな。




