魔導士の店
しばらく探し回った先で見つけた魔導屋は裏路地の片隅にひっそりと看板を出していた。入口のそばに唯一あった窓は汚れで曇っており店内は小さな妖精灯がいくつか置いてあるだけで薄暗くとても陰気臭い雰囲気が漂っていた。奥のカウンターに座っていた店主は真っ黒なローブで顔を隠しておりその表情は窺えず、二人が入ってきてもなにも言わず分厚い本をぺらりと捲っただけだった。
かなりステレオタイプの店のようだ。なんとも言えない微妙な気分になりながら店を見回し、とりあえず店自体はちゃんとしていたようなので買い物を続けることにした。
こんな物々しい雰囲気を出している魔導屋なんていまどきそうそうお目にかかれなかった。何度か別の町で立ち寄ったことはあるが明るく清潔な店内で元気な店員の声が聞こえていたものだ。客来ないだろこんなんじゃ。
興味本位で売っていた魔導書を手に取ったユーリはぱらぱらと中を読んでみた。基本となる紋章陣の図形にはじまり各部の紋様における術式の意味が解説してあり、けれどこの本に記されたタイトルは『日常で使える魔導術・掃除編』だった。殺傷力のある魔導術について記した本はほとんど置いておらずあっても魔導士ならば誰でも使えるような初歩的なものばかりだ。
これだけ大勢の人間が住んでいる町の中ではそもそも高威力の魔導術は取り扱えないことになっているから当然といえば当然だけど。
と、他に面白そうな本がないものかと一通り眺めていたところで扉が開かれユーリたちと同い年くらいの少女が一人やってきた。まさか客がいるとは思ってなかったのかその少女は驚いたようにこちらを見て、それから奥で本を読み続ける店主を一瞥し、やがて気まずげに目を伏せてユーリたちのそばを通り抜けて売り物を眺めはじめる。
おそらくフェアリー結晶を買いに来た客だろう。そもそも魔導屋における需要と大部分の売り上げはその辺に集中している。ただ、少し妙な格好をした少女だった。
フリルのついた裾の短い純白のワンピースに色調の暗い赤のショートブーツとどちらも一目で上質な素材が使われているとわかる服を身に着けており、その上から胸元をリボンで結んだブーツと同じ色の長いドレスを着ていた。ただ腰に巻いたベルトの下はオープンフロントのスカートでマントのようになっており、ドレスというよりはコートと呼んだ方がいいのかもしれない。抑え目の色合いではあるものの全体的にとても派手でどちらかというと田舎寄りのアンスリムではあまり手に入らない類の服装だった。
「その本をご購入されるのですか」
陳列された商品を眺めていたナーガがこちらへ顔を振り向けてうろんげに訊ねてくる。ユーリは少女から目を離して本を閉じると棚に戻した。
「いや、ちょっと立ち読みしてただけ」
「魔王様の役に立てる書物ではないようですが……」
「魔導術に関する本を読むのはけっこう好きだよ。まあ、あまりゆっくりもしてられないしさっさと買い物済ませようか」
「なにを買うんですか」
「杖だよ。あとマント」
「魔王様がお使いになるんですか」
「もちろんお前のだ」
「ナーガは魔導術は使えませんよ」
「持ってるだけでいいんだ。魔導士っぽい格好してればこないだの奴らみたいなのに絡まれずに済むから。一応魔力があるんだし持ってても損はないだろ」
ユーリはそう言いながら丁寧に壁にかけてあった数本の杖に目を向けた。値段には多少のばらつきがあり読みづらい字で杖に使われている材料についての解説が書かれてある。
魔導術を使う上で杖はかならず携帯しておかなくてはならない必需品だった。杖の先にはフェアリー結晶が取りつけられており、そこを介して魔力を解放させることで魔導術を放った際に解放経路から殻になったフェアリーが逆流するのを防ぐことができる。早い話が魔導士たちは自分たちの身体にフェアリーを取りこまないために杖を使っているのだ。
媒介である木の材料や質も選ぶ必要があったものの、当分この杖が本来の役目を果たすことはないしそもそも媒介の良し悪しは魔導術にそれほど影響を与えないのでユーリは最も大きい結晶が使われていた杖を選んだ。木は魔力の伝達率、結晶は容量の大きなものが杖に適しているとされるが、最も重視するべきはフェアリーの吸収を担う結晶の密度だ。
そんな調子で杖を決めると別の棚に折りたたまれていたマントを広げた。いくつか種類があったが大きな違いはなくナーガのサイズに合うものを適当に選ぶ。
「着てみろよ」
「はあ……」
試しに羽織らせてみると少しわざとらしいがちゃんと魔導士っぽく見えた。ほとんど黒といっていいほど深い藍色のマントだ。ワンピース一枚で出歩くのも心許ないだろうしこれでいいかと考えているとなにやらナーガは微妙な顔をしていた。真顔だけど雰囲気的に。
「……この格好で過ごすんですか」
そう言って両手を広げて身体を捻りながら身なりを確かめるようにくるくると回っている。
「気に入らないのか?」
「いえ、そういうわけではないのですが……」
「どうしたんだよ」
「魔王様は清楚な女が好みなのでは……」
なんだそんなことか。軽くあほかと思っていたが悩んだ顔でこちらを見上げてくるナーガの瞳は真剣そのものだった。
「けっこう似合ってるぞ、それ」
「ならいいんですが……」
改めて自分の身体を見下ろしながら、けれど不本意そうに小さく鼻を鳴らす。似合っているというのはうそではなかった。
まあこんな格好をしていればさすがに向こうもおいそれとは絡んでこないだろう。実際のところナーガがいればたいていの人間は追い返せるとは思うが、できることならそういう面倒ごとはかわしておいた方がいい。
「嫌でも必要になるよ。イフの森に行くなら上着くらいはないとな」
「なにかあるんですか」
「霧が立ちこめてて森の中だけ異様に気温が低くなるんだ。レゼッタのとこに行くならそのワンピースだけじゃたぶん寒い」
「マント着ます。ナーガ寒いのは苦手です」
「じゃあそれでいいな?」
「はい」
そうして杖とマントと、他にフェアリー結晶を二つカウンターまで持っていき代金を支払う。店主が何歳で性別はどちらなのかについては最後までわからなかった。




