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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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見つめていたもの

 翌朝、宿を出た二人は港に来ていた。


 雨は夜のうちに止んでおり多くの人が集まった港では何人かの船員が運航中止の理由とその対応策についての説明に追われていた。立てられた看板に記された運航予定によると次に町を出られるのは二週間後とのことだ。おまけにその行き先もリーンなのでユーリたちが向かう町へ船が出るのはずいぶん先になるだろう。


 暴動めいた騒ぎにはなっていなかったものの多くの職業に支障が出たのは間違いなく、その中で最も大打撃を受けたのは漁師だろう。ほんの数年前まで同じような状況だったとはいえ、ようやく漁業が持ち直してきたところで彼らは再び稼ぎの場を移していかなくてはならない。


 近海に限れば完全に仕事ができないというわけではないがなにせモーティペルンが出現したあとだ。進んで海に出ようとする者はいないだろう。


 魔王の再来じゃないのか。誰かがそう口にした途端、そこにいた者たちの表情に影が差していった。大丈夫、転生者がなんとかしてくれるよ。現れなきゃどうにもならないじゃないか。でもいままでだって。


 少し離れたところでその人だかりを眺めていると隣にいたナーガが腕を組んで額の辺りに手をやった。


「やれやれ、愚かですね人間というものは。魔王様のご加護を忘れて安穏と暮らしていたのに生活が脅かされるとわかった途端に転生者頼りですか」


「仕方ないよ。みんな自分の家を守るので精一杯なんだ」


「魔王様は人が良すぎなのでは」


「文句言っても仕方ないってことさ。行こうナーガ、もう船はあきらめよう」


 たぶんこういうことになるんだろうとはじめからそれほど期待もしてなかった。ユーリはさっさと踵を返すと港を離れ町の方へ歩きだした。


「どうするおつもりですか」


「とりあえずイフの森に行く」


「いいですね、今日は雲一つない快晴ですしハイキングをするにはうってつけです」


「寝ぼけるのは顔だけにしてくれ。ハイキングじゃなくてレゼッタって奴に会いに行くんだ」


「誰ですかその人」


「レゼッタは人じゃなくて俺が従えていた魔物だよ」


 そいつはアンスリムを出て東に向かった先、城の裏手にあった山脈群の中にあるイフと呼ばれる森の一帯に住んでいた。討伐対象である魔物には違いないのだがとある事情があって国もこれといった対策ができずたいした実害も出ていないため放置されているのが現状だった。


「……危険なのでは」


「まあな。いままでと違ってレゼッタはもう俺の手下じゃないし」


「会ってどうするんですか」


「あいつならいろいろ知ってるだろうから俺の魔力を持っていった奴のこととか訊こうと思って。素直に教えてくれればいいんだけど……まあ、ついでにたしかめたいこともあるんだ」


「もしものときはナーガの出番ですね」


「……そうだな、頼りにすることにはなると思う」


 できればあまり会いに行きたくはない相手だった。ただでさえ敵対されかねない相手に加えて城にいたかつての魔王たちと違って魔物と呼ぶに相応しい外見をしているのがその理由だ。とりあえずは対処できるように準備をしていくつもりだったが、できればあんな魔物と一戦交えるなんてことがならないよう願っておこう。


「さっそくイフの森とやらへ向かうんですか」


「その前にいくつか買い物してからだな」


 そんなわけで町の外へ出ていく準備をするために中央広場まで戻ってきたユーリは通りを見回してそれっぽい方へと向かった。いままで持ち歩いていた荷袋は間にあわせで使っていただけのものだったので道中で見かけた店で改めて肩かけ鞄を購入する。携帯性を重視したのであまりいろいろ詰めこめるわけではないが二人分の荷物ならそう多くはならないだろう。


「ナーガ、これ持っててくれ」


「はい」


 素直に返事をして受け取った鞄を肩から斜めに提げる。そのまま適当な店で食料と水を買ってナーガに持たせた鞄の中へしまっていった。せっかくの怪力があるのだからこういうところで大活躍してもらわなくては連れていく意味がない。


「レゼッタさんのところへは今日中に着くんですか」


「着く頃には日が暮れると思う」


「なら野宿の用意も必要になりますね」


「いや、それは大丈夫だ。イフの森へ行く前に村があるからそこで一泊する」


「そんな危険な場所に村があるんですか」


「オークの村があるんだよ」


「……ああ、あの豚ですか」


「そうそう、ほんとはちょっと違うけどまあ豚っぽい奴らだ」


 オークは他の魔物と違って珍しく人間と交易のある種族だった。実際はエデルシーラという名前の種族らしいのだが、その昔とある転生者が彼らを見てオークと呼んだことから人間たちのあいだではそちらの通称で知られている。けれどオークたちはとてもプライドの高い魔物なので面と向かって豚などと口にしてしまえば強烈な怒りを買うことになるだろう。


「オークとはいえ彼らも魔物ですよ。あまり近づかない方がよいのでは」


「ちゃんと考えてあるよ。ナーガが口を滑らせなけりゃ大丈夫だ」


「はあ……」


 レゼッタが国から見逃されているのもオークの村が手前にあるためだった。彼らは自分たちの住処を泉の周辺へつくりそこへ死者の魂を祀って神聖な場所とする文化があり、不用意にその泉へ近づいた連中にはわりかしきつめの敵意を向けてくるのだ。国としてもレゼッタの存在は看過できないところではあったが彼らからもたらされる秘薬は万病に効くとされ、またレゼッタの方から人間を襲ってくることはないという理由からこの不可侵条約は成り立っていた。


 ……というのはおそらく建前であり、実際のところそれだけが理由ではないのだろう。レゼッタはその辺りにいる魔物と違ってとても強力な力を持っており迂闊に手を出せばこちらも甚大な被害を免れない。自分の住処に引きこもって大人しくしているタイプではあるので触らぬ神に祟りなしといったところだろうか。


「他にはなにか買うものはありますか」


「とりあえずはこんなもんでいいけど、あとは護身用に──」


 不意に周囲を歩いていた大勢のどこかから視線を感じてユーリはそっちへ目を向けた。通りを多くの人たちが行き交っているものの取り立てて二人に注目している者はいない。まだ朝に近い時間帯なのにやけに人が多いと思ったが今日は休日なのかとようやくそのとき気づいた。


「魔王様、どうされました」


 寝ぼけ顔を向けながらほんの少しだけ怪訝そうにナーガが見上げてくる。


「……いや、なんでもない。あとは魔導屋に行ったら出発だ」


「わかりました」


 気のせいだろうか。などとありがちな思い過ごしをするわけでもなく、けれど思い当たる理由が見つからずユーリは首をかしげた。なんだったんだろう。間違いなく見られていた。

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