狙われたのは
「毒って……」
そう呟いた瞬間にドックで出会ったウィエ公爵の顔が浮かぶ。予想していなかった出来事に困惑しながらもユーリはすぐに気がついて彼女の肩を掴んだ。
「ばかかお前! だったらすぐに吐きだせ!」
「いえ、お構いなく」
「なにわけわかんないこと言ってんだ!」
意味不明な行動を重ねるナーガに三人もどう反応していいのかわからず、けれど彼女は真剣な表情で、少なくともユーリから見ればナーガは決して冗談を言っているわけではない真摯な瞳で見返しながらぱくりと残りを口に放りこんだ。
「平気ですよ、ナーガに毒は効かないので」
「はあ……?」
「さすがに多少舌はピリピリしますがこの身体になる前にもときどき食べていた植物毒の一種ですかね」
もぐもぐと口を動かしながら寝ぼけた顔で言ってのける。いまは人の身体なのだから毒とわかっている以上は食べない方がいいように思えたが、ナーガはまるでスパイスの味見をするかのようなテンション具合だった。
「その毒は危険なものなのか、ナーガ……?」
「人間にとってはかなりの猛毒でしょう。驚かせてすみません、アイリス」
「う、ううん……あの、ありがとうナーガちゃん……」
アイリスは落ち着かせるようにそっと息をつきながらも動揺した表情を浮かべたまま首を振った。
部屋を留守にしていたあいだに何者かが忍びこみ毒を盛った。その理由はユーリたちを殺すためだというのは考えるまでもないが、あまりにも早すぎる手口にユーリは疑問を抱いていた。
「さっきの人がやったってこと……?」
「それが自然だけど……なんで俺たちの泊まってるとこがわかったんだろ」
「ウィエ公爵以外にも暗殺に加担している者がいるということなんじゃないか」
部屋の隅に積まれていたタオルを持ってきたヴィオラが言う。
「陛下直々の依頼だと考えれば宿泊先もそれなりの場所だという予想は立つが、人員を割けばセントポーリア中の宿泊施設を調べても見つけだすまでにそう時間はかからない。ただ……この手際のよさを考えると敵は彼女一人じゃないと見た方がよさそうだな」
「ヴィオラ、片づけはナーガがやります。魔王様たちも念のためあとでしっかりと消毒しておいてください」
そう言ってタオルを受け取るとナーガはテーブルに零れた紅茶を拭き取りはじめた。
ソファーを離れてベッドへ腰を下ろしたユーリは部屋を見回して他にもなにか怪しいものがないか探しながら言った。
「戴冠式までに向こうが強行手段に出てくる心配もしておいた方がよさそうだな」
「強行手段って……?」
「直接襲ってくるかもしれないってこと」
「ああ、やっぱり……」
「……とりあえず通報しとくか」
だが捜査に力を入れる余裕がある時期ではないし三日後に迫った戴冠式までに犯人を突き止められるかどうかは期待しない方がいいだろう。
「ここにいるのも危ないんじゃない」
どこか他人事のように呟いたアンゼリカへうなずき返しながらヴィオラが言った。
「そうだな……ユーリ、他に泊まれる場所を探そう。もう他の旅行客たちでいっぱいかもしれないし急いだ方がいい」
「場所変えてもすぐに気づかれるんじゃないか?」
「それでもここにいるよりはいい。これだけ大きい施設だと出入りする人間を逐一チェックしていないし、利用層も昼間は部屋を空けて遊びに出かける金持ちばかりだろう。なにより、部屋のどこに罠が仕掛けられてるかわからないんじゃ気が休まらないしな」
「それは言えてる……」
部屋数の少ない個人経営の宿の方がむしろ忍びこみづらそうだ。高級ホテルなのにセキュリティに不安を感じてしまうのは微妙な気持ちになるが、防犯カメラなども置いていないので穴があっても仕方がない。
「じゃあヴィオラたちは荷物まとめて先に宿を探しに行っておいてくれ。俺とナーガは他の部屋も調べてから軍屋敷へ寄ってそのまま城へ行く」
「わかった。ユーリ、その拭いたタオルはちゃんと処分しなくちゃいけないから適当に捨てるなよ」
「わかってるよ」
向こうはこちらを殺すつもりで来ている。顔を合わせたときに魔力がないことはあっさりと看破されてしまったが念のためということだろうか。疑っていたわけではないが、これで王子暗殺を実行しようとしているのがはっきりした。