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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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海の向こう

 式ではアドニスたちを乗せた馬車が城から兵たちの行進と共に水路へ停泊させた飛翔船まで向かい、そこで王族関係者が船に乗りこみ戴冠の儀式を執り行った後に水路に沿って町を横切り城まで戻るというのが大まかな流れだ。


 ユーリたちへの依頼は一部の者にしか知らされていないため当然ながら当日は王室直属の魔導士隊が王族の護衛に当たることになる。いくらアドニスから直々に頼まれているとはいえ、さすがに部外者がフィリーの真横に突っ立っていては兵たちの面目が丸潰れだ。そのためユーリたちは一般兵に紛れての参加になっていた。


「船へはアイリスさんに乗りこんでもらうことにした」


「え、あたしだけ、ですか……? あの、みんなは……」


「三人には船外にて敵の砲撃への警戒に当たってもらう。ユーリくんは一般人にも顔を知られているし、不要な騒ぎを避けるためにも注目を浴びない方がいい。ヴィオラさんとナーガさんの二人についても魔導術への防御手段がないからね」


「えぇ……」


「船には魔導騎士に匹敵する親衛隊も同行するからそう心配しないでくれ」


「……わかり、ました」


 反対もできず不安げにアイリスがうなずくとブラシュはユーリへ目配せをした。


「当日は大勢の魔導士が集まるから魔力の流れを読むのは難しいかもしれないが……大丈夫だね?」


「それで構いません。位置的に防げないときはアイリスに合図を送ります」


「うん。アイリスさんも、アンスリムの戦いで披露した防御魔導の力には期待しているよ」


「はあ……」


 護衛の要は強力な防御魔導を持つアイリスだと認識した上での配置だろう。彼女を一人にさせるのは不安が残るがブラシュも言っていたようにアイリスがいなくとも警備は万全だ。


「それから、三時になったら城へ来てくれるかい? 戴冠式できみたちが着る服の採寸をしようと思っているから」


「わかりました」


 そのようにしてひとまず話がまとまったところでブラシュと別れ、帰りがけに昼食を済ませたユーリたちは一度ホテルへ戻っていた。


「魔王様、お加減はいかがですか」


「今朝よりはいくらかましになってるよ」


 集まったヴィオラの部屋で一休みがてらソファーへ腰を下ろしていたユーリはこめかみの辺りを押さえながら隣へ答えた。相変わらず鈍い頭痛はしているが食事もあっさりしたものなら口にできるくらいには気持ち悪さもなくなっている。


「具合が悪いなら休んでいた方がいいんじゃないか?」


「大丈夫だ、やることもあるし。それよりも……」


 ユーリは首を振ると向かいに座って浮かない表情で膝を抱えていたアイリスへ顔を向けた。


「いまから緊張してどうすんだよ。なんとなく読めてただろ」


「いやぁ、でもぉ、あたしさぁ……てっきりユーリくんが王子様を守ることになると思ってたから……ただでさえ大注目されて緊張するのにプレッシャーが……」


「心配せずとも魔王様のお力にかかればあなたの出る幕はありませんよ」


「そうは言うけどさぁ……」


「そうだぞアイリス。それにほら、周りにも腕利きの魔導士が揃うと言っていたじゃないか。だからそう気負わなくても大丈夫さ」


「……誰もあたしを信じる方向で励ましてくれないんだ。いいもん、拗ねちゃうから」


 そんなふうにため息をつきながら立ち上がるとアイリスはチェストの方へ行って紅茶の用意をはじめた。


「アイリス、採寸が終わったら魔導術の練習をしよう。ブラシュさんに城の訓練施設を借りれないか頼んだから」


「使っていいの? 一応あたしたち秘密なのに」


「ほんとは町の外でやってる方がいいんだろうけど、もう敵に俺たちのこと知られてるしな。たぶん陛下は許可してくれるだろうってさ」


「ふえーい……」


 やる気のない返事をするアイリスの傍らでベッドに腰かけたままつまらなさそうに座っているアンゼリカへちらりと目を向けた。結局未だに彼女へ約束を破ったことは謝れずにいたが、おそらくこの先も一生謝る機会は訪れそうになかったのでユーリは少し気まずく思いながらも口を開いた。


「……あのさ、アンゼリカ。昨日は魔導術教えられなくてごめんな」


「なに今頃」


「いや……なんとなく言いだすタイミングがなかったから。今日はちゃんと教えてやれるから、お前も一緒に来ないか?」


 そう訊くとアンゼリカはほんの微かに思い悩むような顔をした。まだ機嫌が直っていないのかとユーリは思ったが、どちらかというと彼女の目にはなにかを見定めようとしているような気配があった。


 そうして尻尾をふりふりと揺らしながら考えていたところへアイリスがにこりと愛嬌のある笑顔を向ける。


「さくっと機嫌直してアンゼリカちゃんも一緒に行こ?」


「別に怒ってないよ」


「じゃあ決まりだね。アンちゃんが一緒ならあたしも頑張れそー」


「変な呼び方しないでよ、それにまだ行くって決めたわけじゃないし……」


「ここにいるより全然いいって。それにお城行くのもはじめてでしょ? はーいけってーい」


「あの、だから……」


 と、無理やり話を進められてアンゼリカは戸惑い気味だったが、いちいち取りあっても仕方ないと思ったのかため息をついて微妙な顔をしていた。


 なにを迷っていたのかはわからないがアイリスはそのまま話題を変えていった。


「さっきの船すごかったね」


「……理屈で説明されても、やはり馴染みのないわたしには不安でならないな。だが落ちないのなら乗ってみたい……」


「だいたい、あんな形状で危なくないんでしょうか。ちょっと傾いたら落っこちてしまいます」


「大丈夫なんじゃない、知らないけど。ねえねえユーリくん、あれがあったらこないだ言ってた飛行船のこともわかるのかな?」


「見つけてもすぐに消えるからそう簡単じゃないと思う。普通に人を乗せる用として使う目的もあるだろうけど、一番は海の向こうの調査じゃないかな」


「新大陸とか?」


 徐々に湯が沸きだしたやかんの隣でポットへ適当に茶葉をばさばさ入れていたアイリスがきょとんとしながら振り返る。


 そういえばアイリスはそのことも知らなかったか。


「海の向こうに大陸はないよ」


「どういう意味? 地球ほど大きくないってこと?」


「最果ての虚構、か……」


 そのときヴィオラが壁に寄りかかりながら腕を組んでやけにニヒルな声で呟き、アイリスは『また出た』みたいな顔をしていたが今回に限っては彼女の病気が疼いているわけではなかった。


「最果ての虚構って呼ばれてるのはほんとだよ」


「なんなのそれ。なにがあるの?」


「なにもないよ、海の向こうには。そう呼ぶしかない空間だけが広がってる」


「なにもないって……」


 要領を得ない話にアイリスは眉をひそめていたがこちらとしてもそれ以上は説明のしようがなかった。探せばその辺りについて触れている書籍などを見つけられるくらいには一般的な話ではあるが、調査自体が難航しているため情報が伏せられているわけでなければわかっていることは少なかった。


「ヴィオラは知ってるの?」


「わたしも本で読んだ程度だが……その昔、沖へ出た船が次々に沈没するという事故が頻発していてな。あの海は沖へ出るほど海流が激しくなり当時から危険な海域が広範囲に渡って存在していると知られていて、沈没船もそれらの海流に飲まれたか、あるいは深海に潜む強力な魔物に襲われたのではないかと考えられていたんだ」


 現在ではそういった遠洋の漁業に関しては強力な魔物との遭遇が懸念されるため魔導士の同行が義務づけられている。


「そういった被害を鑑みてある時期から遠洋の調査が開始されることになるんだが、当初は他の船同様に沈没してしまい帰ってこなかった。最終的には大規模な調査隊が組まれ何隻もの船が海の向こうへ出たんだが、そこで隊員たちが目にしたのは驚くべき事実だった」


「なにがあったの……?」


 声色を変えた迫力のあるヴィオラの語りにアイリスがごくりと固唾を飲んだ。アンゼリカも引きこまれたように真剣な顔でじっと耳を傾けている。ナーガはチェストの方へ不思議そうに目を向けていた。


「そのとき先頭を走っていた船のクルーによれば海が途中で消えていたというんだ。その不可解な事実にクルーたちは困惑したが、その場では急遽撤退することなり船同士を繋いでいたためなんとか引き返すことに成功する。後日改めて再調査という形で現地へ赴き、今度は命綱で結んだ船員が泳いで海の果てを確かめることになった。そこで隊員たちが目にしたのは驚くべき事実だった……」


「……ねえなにがあったの」


「海の果てにあったのは滝だった。右も左も見渡す限り続く巨大な滝。おそらく沈没した船は海流に抗えず墜落してしまったのではないかと考えられている。が、問題なのはその滝の下で隊員が目にしたもの。その隊員曰く、滝の下にはなにもない真っ暗な空間が果てしなく広がっていたというんだ」


 とても現実では考えられない話にアイリスは言葉を失い呆気に取られていた。


 地球は丸いという固定観念があるユーリにもにわかには信じられない話だが、どうやらこの星はかつてユーリが住んでいた地球とはまったく違う形で世界をつくっているらしい。


「調べてみるとどうやらあの海はどこへ向かっても最終的には端っこへたどり着くようだ。墜落していった船がどうなったのか、落ちた先になにがあるのかは未だ判明していないが危険な海域であったことから現在もあまり調査は進んでいない。そうしていつしか最果ての虚構と呼ばれるようになったというわけだ」


「それほんとの話なの……?」


「わたしにはわからん。ただそういった話を前提としてこの世界は暗黒空間に立つきのこ状の大地であるとか、あるいは浮遊する島のようなものだと囁かれているようだな」


「ふーん……」


 地球と同じように移り変わっていく空の景色や最果ての虚構へ流れ続ける海水など不可解極まりないことが数多くの謎として残っている。地球は広大な宇宙の中に浮かぶ惑星だったとユーリは記憶しているが、だとすればこの世界はいったいどういった空間に存在しているのか考えたところで想像の及びもしない話だった。


「なんか想像したらぞわってなった……それほんとだったらやばくない? ていうか物理法則いろいろ無視してる気がするんだけど……」


「その法則がどういうのか知らないけどここそもそも別世界だしなぁ……わからないものを考えたって仕方ないんじゃない?」


「あっさりしてるんだね……あたしなんてそこに落ちたらどうなるか考えただけで眠れそうにないんだけど。ねーアンゼリカちゃん」


「……うん」


 と神妙な顔をしてアンゼリカもうなずき不思議そうな顔で天井の方を見上げていた。そうしてアイリスは沸いたお湯をポットへ注ぐと人数分のカップを乗せてクッキーの入った缶と一緒にテーブルへ運んでソファーに座った。


「ねえねえ、その調査へ行くときに転生者特権で乗せてもらったりできないかな?」


「できるわけないだろ。転生者がなんでも許されると思ったら大間違いだから」


「それユーリくんにだけは言われたくない。はーい、みんな紅茶入ったよー」


 アイリスはそう言って手際よく並べたカップへこぽこぽと紅茶を注ぐとかぽんと缶の蓋を開けてクッキーを摘まみ、海の向こうを思い描くような表情で話の余韻に浸っていた二人もこちらへやってくる。


 ぼんやりとテーブルを見つめていたナーガがはっとしたように顔を上げて声を荒げたのはそのときだった。


「アイリス!」


 がちゃんとカップの倒れる音が響き、ナーガはソーサーへ手を伸ばすと驚いたアイリスに向かってなんの躊躇もなく投げつけていた。


 小さな悲鳴と共に反射的に身を竦めたアイリスの手をソーサーが掠め、クッキーを粉々にしながら壁に当たって砕け散る。


 突然の出来事にヴィオラたちも唖然としたまま固まっており、庇うように押さえた手首を胸に抱えながらアイリスは困惑した表情でナーガを見返していた。


「えっ……なな、なにっ……あの、ごめんっ……ごめんなさいナーガ、ちゃんっ……」


 瞳には涙を浮かべ言葉を震わせたそのあまりの怯えようにナーガも驚いた様子で息を飲み、目を伏せながら鞄に入れていたハンカチを取りだしていく。


「……いえ、怒っているわけではないので謝らないでください」


 そう言って戸惑うアイリスの手を取り指先をハンカチで拭いはじめ、少し呆気に取られていたユーリも腰を上げた。


「ナーガ、急にどうしたんだ……?」


「驚かせてしまい申し訳ありません。そこにあるクッキーと紅茶には口をつけないでください」


「え……?」


 何度も丁寧に指先を拭き取っていたナーガはハンカチをゴミ箱へ捨てるとクッキーを一枚取ってさくっと齧った。わけのわからない行動に疑問を浮かべていると飲みこんだナーガは確信したようにうなずいてこちらを見返した。


「間違いありません。毒が盛られています」

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