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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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思い描いていた自分は

「え、戴冠式の護衛で?」


「それで借金はチャラにしてくれるって言うからさ」


 次から次へと持ってくるおかわりを飲み続け、五杯ほどグラスを空にした頃にシオンが手を挙げるとマスターはカウンターの後ろにあった棚からボトルを引っ張りだすと小さなグラス二つと共にテーブルへ置いていった。


 ボトルにはきれいな字でシオンの名が記されており、彼女は氷も入れずに中身をグラスへ注ぐと思いついたようにユーリへ目を向けた。


「……きつめのお酒だけど、飲んでみる?」


「いや、やめとくよ……もう頭痛くなってきてるし」


「そんなんじゃ女の子連れてきても酔い潰せないわよ?」


「しないって……」


「城へ行ってたってことは陛下にもお会いしたんでしょう? 大丈夫だったの」


「まあ、その辺りは向こうもガキだったからってことで許してくれたよ」


「ふーん……ならとりあえずは一安心ってところかしら。それにしても危なっかしい人生を送るわねぇ……」


 シオンはそう言いながら追加で注文したスモークチーズを齧りながら舐めるようにくいっとグラスを傾けた。


 辺境の田舎町で魔物討伐をして生計を立て、そうしているうちにナーガたちと出会い現在に至る。


 そういった話をしようとこの店に来るまでは考えていたユーリだったが、白百合の魔導士だと即座に見抜かれたあとになってみるとその後の顛末をごまかすことにあまり意味はないように思えてすべてありのまま打ち明けていた。


 倒した魔王たちを配下にしていたことや魔力を失って既にユーリの手を離れてしまった事実もすべてだ。


 世間が英雄と謳う友人がまさか世紀の大犯罪者紛いの悪事に手を染めていたと知ってシオンは顔面蒼白になっていたが、ユーリがそうしていた理由や野に放たれた魔王たちの魔力も失われているという事実を話すまでに至ると曖昧ながらも納得したようにうなずいていた。


 その程度の驚きで済んでいるのだから彼女も大概だ。


「で、戴冠式が終わったらどうするの。ユーリだっていつまでも案内所で仕事してるわけにもいかないでしょ。ちゃんと将来のこととか考えてるの?」


「考えたこともなかったな」


「仲間の方たちともそういう話にならないの? お互いの人生もあるんだしいつまでも一緒にいるってわけにもいかないでしょう」


「将来ねぇ……」


 そんなものが本当にあるのだろうか、とユーリは思った。いまは良好な親子関係を偽っているがいつかはあの母親と戦う日がやってくる。人類の命運を懸けた戦いというのは大げさな話ではない。それを乗り越えたところで残りの人生を平穏に送れる無事を得られるとも思えなかった。


 そのことに対して悲観的に考えてもいない。ユーリにとってそれはこの世界へやってきたときから決まっていた出来事だからだ。


「考えてないんならセントポーリアに残れば? ユーリは魔導士になるのが早かったんだし、いまのうちに腰を落ち着けておかないと困るわよ」


 シオンの言う通りいつまでも案内所で依頼をやっていられるわけじゃない。どこかでそれぞれの道へ進んでいくことにはなるだろうがそこにいるのが当たり前すぎてそんな未来はまるで思い描けなかった。


 あいつらはそのことをどう考えているんだろう。


「シオンの方こそ、魔導士の仕事はうまく行ってるのか?」


 それに関連する出来事として思いだしたユーリが渋々酒に口をつけながら訊ねてみると、シオンは握りしめたグラスの中身に目を落としたまま首を振って自嘲するようなため息を零した。


「全然よ、力不足だと感じるばかりの毎日ってところかしら。新米の頃はよく魔物討伐に駆りだされていたけど足を引っ張っていたし、最近は後方支援任務に回されることが増えたわね。それに……」


 そこで彼女は言葉を切り額の辺りへ手をやりながら目を伏せた。気を紛らわせるようにぐっと酒を飲み干して大きなため息をつく。


「それにね、部下たちにもわたしよりずっと有能な子が増えてきたと感じるようになってきたの。まあ、ある程度覚悟してこの世界へ入ったから仕方ないと割りきってはいるけど……リーフ少尉なんかユーリと一緒に魔王種と戦ったんでしょう? そういう話を聞くと情けない気持ちになってしまうかな」


 学生時代のシオンは早くから教師や研究者への道を薦められていた。紋章陣に対する理解や魔導術全般の理論への習熟は周りと比べても抜きん出ており感覚的にそれらを捉えていたユーリと違って彼女は筋道立てて説明できる的確な知識があった。


 そういった方面への伸びしろがあるのは誰の目にもあきらかであったため彼女には魔導士の土台となる将来が期待されていたがシオンはそれを蹴って魔導士としての道を選んだ。遠方に住んでいるという両親の期待も大きかったが、なにより最前線に立って市民を守る魔導士に強い憧れと正義感を持っていたからだ。


「迷ってばかりなの。このままでいいのかってね。こんなこと考えても仕方ないけど、わたしがいなくても別に誰も困らないんだろうなってふとした瞬間に思ったりしちゃうの。扱える紋章陣もあまり多くないし、高位魔導のいくつかは未だに解放に失敗することもあるわ。一緒に飲みにいった同僚には『最初は見た目の雰囲気に騙された』って笑われる始末よ」


 ごまかすように注いだ酒を半分ほど飲みこんでから力なく笑みを浮かべる。


「ごめんね、愚痴っちゃって」


「いや……」


「……子どもの頃にあれだけ騒がれてたのがうそみたい。ユーリにもいろいろ教わってたのに、自慢話の一つも用意できなくてごめんね?」


「まだ二十二だろ。実力がないってあきらめるには早すぎるんじゃないかな」


「そうかしら……」


 不貞腐れたように呟きながらグラスの残りを一気に流しこむ。そうしてシオンは見向きもしないまま空になったボトルを掲げてマスターから新しいものと交換してもらうと気だるげな仕草でグラスへ注いだ。


 まるでいつもそうしているように、マスターはなにも言わずにペンを置いてカウンターへ戻っていった。

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