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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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あの日のまま

 辺りが暗くなっても大通りから人の賑わいは消えず、昼間とはまた違った陽気さで酒に酔った様々な年代の男女たちの大勢が広場で開かれている屋台で飲み食いをして盛り上がっていた。


 まるで宴会場のように席の近い者たちがその場限りの親睦を深めて顔を赤くさせており、肌寒さを覚える夜の冷気も彼らにとってはほどよく酔いを覚ます涼風となっているようだった。


 その集団から離れたベンチに座ってシオンを待っていたユーリはついさっき見たばかりの時計にもう一度目を向けた。


 約束の時間は七時だったが彼女は未だ現れず、もうそろそろ八時を回ろうという頃だった。


 気の知れた友人とはいえ、やはりシオンと会うのは少し抵抗があった。その理由がどこにあるのかユーリにはわからない。なんとなくとしか言いようのないものだったがその気でいるシオンを無視することもできず帰る決断もできないまま待っているあいだに一時間近くも経ってしまった。


 戴冠式を控えて軍の魔導士たちも仕事が立てこんでいるせいだろう。遅刻を咎めるつもりはないが財布をナーガに預けたままだったので小銭すら持っておらず屋台で寒さを紛らわすこともできなかった。


 もう三十分。あと三十分だけ待ってそれでもシオンが現れなかったらもう帰ろう。遅れたのは向こうなので怒ったりはしないはずだ。


 ベンチに深く腰かけながら、ユーリは人だかりを眺めシオンのことを思いだしていた。


 はじめて出会ったのは十三歳の頃。彼女はユーリより六つ歳上だった。


『いつも一人で本を読んでるの?』


 最上級生になっても相変わらず周りと馴染めず放課後に図書館で本を読んでいたときに向こうから話しかけてきたのが知りあったきっかけだった。


 シオンは魔導術の知識や理論に秀でており常に成績も上位をキープしている優等生だったが、その実技に関しては平凡の域を出ず魔力の扱いにおいてとても不器用なタイプだった。だからこそ人一倍努力をして勉強に時間を費やしていたが魔導士として最終的に求められるのは実戦での実力だ。


 きっと彼女もそのことを強く自覚していた。


 シオンが話しかけてきた理由も当時学内で飛びぬけた実力を持っていたユーリへ教えを乞うために他ならなかったが、そのようにして関係を築いていく中で好意を抱いたのは彼女がユーリを転生者としてではなくあくまで友人の一人として見ていた部分だった。


 彼女だけはユーリを特別扱いしなかった。周囲からの期待を窮屈に感じていたユーリにとって、誰にでもするように気兼ねなく接してくるシオンへ心を開くまでにそう時間はかからなかった。


 欠けてしまった思い出はいくつもあっただろうが肝心なことくらいは未だにちゃんと覚えている。


 そんな大事な友人だったのになにも言わずに姿を消したことへ後ろめたさを感じないわけではなかった。


 そうして重たい気分を抱えながらしばらく待ち続けていると、絶え間なく行き交う人波を抜けて急ぎ足で広場へ入ってくるシオンの姿が見えた。


 慌ただしく周りを見回してユーリを探しており、立ち上がって手を挙げるとこちらに気づいたシオンは顔をしかめながらずかずかとやってきた。


「もう、なにしてるのよ探したじゃないっ」


「は?」


 思いがけない文句に目を丸くしているとシオンは大きく息をついて遠くの方を指さした。


「ここはラシーヌ通り。エルブはあっちでしょ」


「あれ、そうだったっけ」


「あんたねえ……こんな時間まで来なかったらちょっとは不思議に思いなさいよ」


 げんなりした様子で呆れたため息を放り投げる。昼間とは違い白とクリーム色のツーピースにライトブルーのストールをかけており、一度家に戻ってからここへ来たのか彼女はヒールのついた靴を履いていた。


「ごめん、シオンも忙しいだろうから残業なのかなって思ってた」


「ちゃんと定時に上がって時間通りに待ってたわよ。そんなことだろうと思ったけどさ……」


 すっぽかしたとは考えなかったらしい。おかげでずいぶんと歩き回らせてしまったようだ。


「もういいわ。なにから話せばいいのかわからないくらい話したいことがあるんだからさっそく行きましょう?」


「なにか食べに行くのか?」


「当たり前じゃない。もしかしてもう済ませてきたの?」


「いや、お金持ってくるの忘れたんだ」


「いい度胸してるわね……」


「よく言われる」


「……しょうがないわね。気にしないで、誘ったのはこっちだし出させる気もなかったから」


 社会人だしね、とつけ加えるとシオンは仕方なさそうに微笑みながら髪をかき上げた。たった三年会わないあいだに彼女はずいぶんと大人びた雰囲気になったように思う。記憶の中の彼女と重ねあわせるように見つめているとシオンが不思議そうに小首を傾げた。


「どうしたの?」


「美人になったなって思って」


「ふふ、口説いてるの?」


「雰囲気が変わって驚いてるだけだよ」


「変わったのはユーリの方でしょう?」


 どちらともなく歩きだし、広場を抜けてどこかへと向かいながら隣に並んだシオンが笑みを浮かべて顔を向ける。


「背も伸びたしとても男の子らしい顔つきになってるわ。昼間見つけたときすぐにはユーリだってわからなかったもの」


「そりゃこっちは成長期だからな」


「それに、わたしのことも呼び捨てにしてなかった」


「……なんか、なよなよしてて恥ずかしくてさ」


 どんなふうに呼んでたかも忘れたんだ、とは言えなかった。


「いいわよ別に、好きに呼んでくれて。あんまりにも雰囲気が変わってるから戸惑いの方が大きいけど」


「逞しくなっただろ」


「とてもね。ちょっと内気で心優しい弟みたいな感じだったのに不良少年になっちゃったみたい」


「そこまで変わってねえよ」


「昔のユーリならそんなことないですよって困り顔を浮かべてたわよ?」


「ほんとにやめて」


「照れなくてもいいじゃない」


 そう言って可笑しそうに笑うシオンを見返していると微妙な気分になってユーリは口を閉ざした。


 いったいどの辺りからいまの適当な性格に変わってしまったのか気がつけばこんなふうになっていたが、世間知らずで誰に対しても礼儀正しく接していた子ども時代を思い返すと我ながらなにをいい子ぶっていたんだと恥ずかしくなる。


「そんなことより、訊きたいことがあるんじゃないのか?」


「言わなければいけないことの間違いじゃなく?」


 黙っていなくなった理由を訊いてこないシオンへ催促してみると逆にからかうような口調で返された。どことなく咎めるような響きだったが彼女はすぐにため息混じりの笑みを浮かべると安心したように言った。


「こうして無事に帰ってきてくれたのならそれだけで充分よ。いなくなったって聞いたときは心配で気が気じゃなかったけど、ユーリはきっと無事だって信じてたから。転生者としての生活が嫌になって逃げだしたわけではないんでしょう?」


「まあ……」


「だからもういいの。いろいろと思うことはあるけど、怒るよりは嬉しい気持ちの方が大きいわ」


「訊かないのか?」


「もちろんあとでちゃあんと話してもらうわよ。でもその前に、まずは再会を祝いましょう?」


 まるで、つい最近まで会っていたかのような気軽さで。


 三年という歳月はお互いの印象を大きく変えてしまったがそっと微笑みを浮かべるシオンは記憶の中でいた姿となんら変わることはなく、時の空白がそこに存在しなかったことにユーリは安心した。

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