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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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紅茶の淹れ方がわからなかったアンゼリカ

 ユーリたちがホテルへ戻ってみるとアンゼリカは窓辺のテーブルに座って魔導書を読み耽っていた。


「ただいま、アンゼリカ」


「おかえり」


「出かけなかったのか?」


「うん」


 町はどこかからアコーディオンのメロディーが風に乗って楽しげに部屋の中まで届いているというのに彼女はまるで興味がないのか、というよりなにかに関心を示すわけでもなく広げた魔導書のそばには水差しと水道水が入ったカップに何冊かの雑誌が乱雑に散らばっておりとても退屈にしているようだった。


「遊びに行ってくればよかったのに。せっかくお小遣いもらったんだから」


「行きたいところ、なかったから」


 留守番をさせられたことに対して特に拗ねるでもなくただつまらなさそうに魔導書の字を追いながら返事をし、アイリスはこちらへ振り返るとどうしようと問いかけるように思い悩むような顔をしながら首を傾げた。


 一人で出歩くのが気がかりだと言うのなら考えようはあるものの、そういうわけでもなく部屋にいるのも退屈となればさすがに少しかわいそうに思えてくる。ここには集落と違って彼女の仲間たちはいない。アンゼリカは一人の時間を持て余していた。


 律儀に毎日出かけるときに身に着けている銀の軽鎧を脱いでいたヴィオラはそれをベッドのサイドテーブルの上に置くとふぁさりと髪を直してから思いついたように言った。


「なら、明日はわたしたちと一緒に来てみるか?」


「え?」


「そうそう、アンゼリカちゃんもおいでよ。なんかね、戴冠式で王子様が乗る船を見に行くんだって」


「船って」


「式に合わせて建造された新造艦らしい。アンゼリカにはあまり興味がないかもしれないが、ここにいるよりはましだろう」


「ね、一緒に行ってもいいでしょユーリくん」


「ああ、いいんじゃない別に」


 ソファーに座って一息つきながらユーリが答えるとアンゼリカは想像を膨らませているのか曖昧にうなずいていた。向かいに座ったナーガが珍しく嫌そうに小さく鼻を鳴らす。


「町の水路をたどって大海原へでも行くつもりなんでしょうか。できればナーガは陸から見送りたいものですね」


「船、嫌いなのか?」


「ナーガはあれに乗ると気持ち悪くなってしまうんです」


「ああ、船酔いするタイプなんだ。じゃあアンスリムに渡るとき大変だったろ」


「うっかりゲロってしまいました」


 それにしてもなんで船なんだろう。町の水路は大型の蒸気船も余裕で通れる横幅があるが、戴冠式のパレードと言うからには大通りをたくさんの馬車を引き連れて回るものだと思っていたのだが。


「でも王子様の護衛って聞いてたから式まで引っ張りだこかと思ったけど、案外あたしたちってやることないんだね」


「わたしたちへ依頼を決めたのも突然のことだからそこまで手が回らないんだろうさ。普段の護衛は城の者たちがやっているし、式の当日を除けばわたしたちにやれることは段取りの確認くらいなんじゃないか」


「そんなことないぞ。こっちでもやっておかなくちゃならないことはいろいろある」


「いろいろって?」


 ユーリは腰を上げると雑誌類が並べられた本棚へ行きその中からセントポーリアの名所などが記されたタウン情報誌を抜き取った。


「とりあえずヴィオラとナーガは水路を中心に辺りを散策して町の地図を頭に叩きこんでおいてくれ。魔導術の砲撃をするのに適してそうな場所に目星をつけておくんだ。ついでにアンゼリカも一緒に外の空気吸ってこいよ」


「わたし、別にいい」


「まあそう言うなって。二人に面白そうなとこ連れてってもらえよ。それに魔導術のことがわかる奴はお前しかいないんだから、引きこもってないでちょっとは働け」


「騙されたと思ってついておいで。ヴィオラお姉ちゃんがいいとこに連れてってあげるから」


「最近ナーガもあなたの言動に少々危うさを感じはじめてきました」


「……わかった」


 そんな調子でアンゼリカはどこか気乗りがしない様子だったものの、ヴィオラが一緒ということに安心したのか渋々といった感じでうなずいていた。ただしヴィオラが一緒で安心できるかどうかはわからない。


「で、あたしは?」


「お前は魔導術の勉強だ」


「嫌です」


 ベッドに腰かけていたアイリスは渋い顔で即座に拒否すると両手でバツをつくった。


「嫌がってんじゃねえよ」


「さっきの話本気で言ってたのー!?」


「当たり前だろ? お前いつになったらアークエフ以外の魔導術を覚えるつもりなんだ」


「なんでよアークエフだけでいいじゃん! あたしのは特別なの! オリジナルの名前つけてもいいくらいの鉄壁の防御でしょ!」


「ほう、オリジナルか……ならエターナルイージスというのはどうだ? 神羅万象を受け止める永遠なる守護の魔法。しかしその本当の力の覚醒には真に守るべき者への想いが鍵を握っていることをアイリスはまだ知らない……」


「ださい!」


 ぴしゃりと跳ねのけられしょんぼりと肩を落とすヴィオラを尻目にユーリは真面目な顔でアイリスを見返した。


「アークエフだけじゃ対処できるかわかんないだろ。いつどこから砲撃が来てもいいように全方位系の防御魔導を使えるようになってほしいんだ」


「めんどくさ……」


「ここまでしくじれない状況なのによくそんなセリフ出せるな……」


「だいたいあと数日しかないのに覚えられるの?」


「俺も本腰入れて教えるから。軍の練習場を借りれないか明日頼んでみよう」


「はーあ……ヴィオラ、帰りに差し入れ買ってきてね……」


 今回ばかりは王子の命に直結する事態ということでアイリスも観念したらしく比較的少なめの文句で受け入れたようだった。

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