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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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最初の友達

 二人もそれに驚きながら声の方へ振り向くと、人だかりをかき分けながら見知らぬ女が現れ慌ただしくこちらへやってくるなりユーリの肩を掴んだ。


「ユーリっ……やっぱりユーリじゃない! なにしてるのこんなところで……!」


「え、あ、え……誰、知りあい……?」


 咄嗟に反応に困りながらアイリスがこちらと相手とを見比べ、ユーリも突然のことに困惑しながら相手を見返した。


「えー、っと……」


 女は軍の魔導士のようで襟元には中尉を示す階級章がついており年齢は二十歳前後といったところで、様子を窺う限り相手はユーリのことをよく知っている人物らしい。


「わたしのこと、覚えてないの?」


 誰だったのか瞬時に思いだすことができず記憶を手繰り寄せていると彼女は少し戸惑った表情を見せながら背中まで伸びた深い青の髪をかき上げた。その仕草はなんだか見覚えがあるような気がして、それと同時に広い講義室の前の席で振り返った彼女の姿と名前が同時に浮かび上がった。


「シオン……」


 そうして少し呆然としながらも確かめるようにその名を呟くと彼女は意思の強さを感じさせる表情にそっと笑みを重ねた。


「ええ、そうよ。まさかほんとに忘れてたわけじゃないでしょうね」


「あ、ああ……うん……」


「……どうしたの?」


 気まずく思いながら歯切れの悪い返答をしていると彼女も怪訝そうに眉をひそめ、騒ぎが落ち着いたところで安堵したように遠巻きでそれとなく眺めていた通行人たちの興味が逸らされていく。


「ま……あの、こちらの方は」


 するとナーガが言葉をつまずかせながら割って入り、ユーリは三人へ振り返りながら小さく苦笑いを浮かべた。


「えーと……この人は俺がここにいた頃の知りあいで──」


「シオン・アルカネットといいます。ユーリとは士官学校時代の同期だったんです」


 それを聞いてアイリスたちは小さく驚きの声を漏らし、それぞれに名前を名乗ってシオンと挨拶を交わしていく。そうして彼女は改めて驚きの混じった笑みを浮かべ直すとユーリに振り返った。


「それにしても驚いた。まさかユーリに会えるだなんて……」


「あー……うん、こっちもすごく驚いてる」


「いままでなにしてたの、急に失踪したって聞いてからずっと心配してたのよ……?」


「……ごめん」


 シオンはまだなにか言いたげな雰囲気だったが困ったようにユーリを見下ろすと仕方なさそうにため息をついた。


 次々に浮かび上がってくる彼女の思い出と変わらない姿に懐かしさがこみ上げてくる。なにから話せばいいのかわからない。あの頃とは変わりすぎてしまった自分を見せるのもなんだか気恥ずかしかった。


「……魔導士になったんだ」


「ずっと悩んでたけどね。でも……やっぱり、わたしにはこっちの道の方が合ってたから」


 そのとき道路の向かいから制服を着た男の士官が急かすようにシオンへ呼びかける声がして、彼女は思いだしたように慌てて返事を返すとこちらへ向き直った。


「すみませんみなさんお騒がせして、仕事の途中なのでもう戻ります。ごめんねユーリ、もう行かなきゃ」


 それからさっと道路を見回して馬車の往来がないことを確かめてからシオンが振り返る。


「ユーリ、今晩予定が空いてるんだったら七時にエルブ通りの広場に来て。待ってるから」


「待ってるってちょっと、シオンっ……」


 彼女は早口でそれだけ言い残すとこちらの返事も待たずに駆けだしていった。待ちぼうけを食らっていた男の士官がなにやら文句を言っているようでそれに対しシオンはなだめるように苦笑いを浮かべながらやがて二人は人波の中へと消えていった。


「友達だったのか?」


 きょとんとしたように見送っていたヴィオラに訊ねられ困りながらため息をついていたユーリはうなずいた。


「魔導士になれる人って女性の方が多いんだよね」


 もうけんかの熱は冷めてしまったのかアイリスはいつも通りの声色で言いながら、けれどどことなく含んだ表情でじっとりとユーリへ目を向ける。


「きっと学生時代はあんな美人なお友達がたくさんいたんでしょうね」


「……いないよ」


「とか言ってどうせちやほやされてたんでしょ」


「むしろ逆だ」


 ユーリはどこか冷めた気分になりながらそう答えて歩きだした。隣に並んだアイリスが少しだけ気になった様子で顔を覗きこむ。


「逆って?」


「友達と呼べる相手はシオンともう一人くらいしかいなかったんだよ。最初は上級生だったからあいつともそう長いつきあいじゃない」


 学生時代の思い出はそのほとんどが図書館の中で過ごす一人の時間だった。士官学校へ入ってからたった一年ちょっとでユーリは最上級生のクラスへ進級していたが、それまでにクラスを共にした仲間たちから向けられた視線は冷ややかなものばかりだった。


「なんでよ。その頃から魔導術でぶいぶい言わせてたんでしょ?」


「それができたのは俺が転生者だったからだよ」


「だからなに」


「なんの努力もなしに天使に与えらえた才能だけで魔導術を使ってる俺が受け入れられるわけないだろ」


 魔導士とは誰もが憧れる職業であり、また誰でもなれるものではなかった。


 だが必死に勉強をしても血の滲むような訓練を続けても、ユーリが転生者という理由だけで魔導士として絶対に追いつくことができない現実を見せつけられる。どれだけの努力を重ねても、永遠に。


 幼い頃からあの母親に拷問じみた訓練を課せられてきたユーリも決して楽な道を歩んできたとは言えないが、けれど彼が身に着けた魔導士としての力を支えているのはやはり転生者としての素質に他ならない。


 それゆえにユーリは生徒たちから嫉妬や嘲笑の的にされてきた。周囲に合わせようと手を抜くことは教師が許さなかった。


 そうしていつしかユーリは周りから弾きだされ誰とも関わることなく黙々と学業をこなし、その過程でアドニスから頼まれた魔物討伐に駆りだされる日々を送るようになっていった。


「ま、親や親戚に期待されて入学してみれば自分にとっての壁を軽々通り過ぎてくような奴がいるんだからそりゃ腹も立つよ」


「お前も苦労していたんだな……てっきりわたしは鈍感に周りを騒然とさせていたのかと」


「別に気にしてないって。なにを言われようと所詮は外野の野次だ」


「あの、なんか……ごめんねユーリくん。友達いないとか、そんなつらいこと訊いちゃって。強がる姿が涙を誘うからもうなにも言わないで」


「強がってないから」


「ほんとは寂しかったくせに」


「寂しくない」


「友達欲しいなーとか思ってたんでしょ」


「こらこら、またけんかをするつもりか? 恥ずかしいから人前で騒ぐのはやめなさい」


 と、呆れたようにヴィオラがため息をついてぱんぱんと手を叩いたので二人は言葉を飲みこんだ。


 シオンの他にもあの頃士官学校へ通っていた生徒たちが魔導士となって働いているのだろうか。できればユーリが戻ってきていることは知られたくなかったが、戴冠式ともなればこの町以外の魔導士も集められるはずなので誰にも気づかれずに終わるのは難しいかもしれない。


 それよりも。


 強引にでもシオンの誘いを断っておくんだった。いまさらどんな顔をして会えばいいんだろう。

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