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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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なんとなくの不機嫌

 その後、ブラシュのもとを訪れたユーリたちは明日の予定を聞いてから城をあとにしていた。大臣たちも式を控えて多忙を極めているらしくブラシュは合間の時間に呼びつける手間を詫びていたがそれに対しユーリが気を悪くすることはなかった。


 そうして今日のところは丸々予定が空いてしまったので一度ホテルへ戻ることにしながら、ユーリは通りの至るところで式に向けた飾りつけをする者たちを尻目に考えごとをしていた。


 式まではフィリーへ万全の警備が敷かれるため相手も簡単に手を出すことはできない。実行に移すとすればフィリーが衆人環視の前に姿を現す戴冠式当日だろう。その後に王位へ就く者への疑惑を逸らすためにも容疑者を大勢つくっておいた方がいい。


 だが、いったいどのような手段を取るつもりなのかいまのところ見当もつかなかった。そして、王位へ就くことが予想されるウィエ家の跡取りがどう考えているのかも。


 そもそも犯人を突き止めない限りは根本的な解決にはならず問題は山積みになっていると言えた。


 それに加えていまのユーリは満足に魔導術を使える状態ではなくフィリーの命は彼女たちの力にかかっている。とりわけ唯一魔導術への対抗策を持っているアイリスが護衛の要だった。


 気がかりがあるとすればアイリスの覚えている魔導術が未だにアークエフ一つしかないという点で、せめてもう一つくらいは有用な防御魔導を覚えさせた方がいいだろう。


 そう強く強く決意するユーリの後ろではアイリスが未だ興奮が冷めない様子でフィリーのことをヴィオラへ話していた。


「はぁあ……かっこよかったなぁ王子様。あたしたちと同じくらいなのになんだろ、すっごい立派だったよね」


「王族の人間と出会ったのははじめてだが懐の深そうな男だったな」


「あたしみたいな一般人が抱き着いちゃうなんて死刑だーって言われてもおかしくないのに笑って許してくれるんだもん。優しくてほんと王子様って感じ」


「さすがに死刑にはならないと思うが……」


 そんな調子でアイリスはずっとフィリーのことを褒めちぎっており、出会って数分の相手のなにを知ったんだとユーリは呆れながら振り返った。


「アイリス、でれでれするのはいいけど式当日はちゃんと護衛に集中しろよ」


「別にでれでれはしてないよ」


「してんじゃねえか思いっきり」


「そうかなぁ……うーん、そうかも。なんか芸能人にはじめて会ったような気分」


 どこかうっとりした表情で頬を緩ませるアイリスへユーリは白けた顔で鼻を鳴らした。


「来てよかったなぁ……学校を首席で卒業って漫画でしか聞いたことなかったけど、忙しい王子様がそれをやってるっていうのがすごいよね。顔もすごく整ってて声もきれいだったし。ねえユーリくん、士官学校を首席ってどれくらいすごいの?」


「さあな」


「知らないってことないでしょ」


「別にすごくないよ。フィリーにはあのマーガレットって人以外にも教育係がついてただろうし周りの生徒より恵まれてる環境じゃん」


「けどちゃんと卒業したのは王子様の努力なんじゃない?」


「知らないって言ってるだろ、興味ないんだよ」


「……なんか感じ悪くないこの子?」


「つまり主人公へ襲いかかる悲劇の度合いが大きいほど得られるカタルシスも大きくなるということなんだ。しかし結末はハッピーエンドになるとわかっていてもどうしてこんなに心が揺さぶられるのかわたしにはわからない……」


 きょとんとした様子でアイリスが振り返るとヴィオラはなにやら早口で仕方なさそうに話を聞いていたナーガへと捲し立てており、どうやら聞く耳を持たないと悟ったアイリスはどこか呆れた表情でこちらへ向き直った。


 別に怒っているわけではない。言葉は普段より少しだけ素っ気なかったかもしれないが、あまりにも能天気に王子の話をするアイリスの緊張感のなさに呆れただけだ。


「ともかく、式までにはもう一つくらい防御魔導を覚えてもらうからな」


「え、アークエフがあれば充分でしょ?」


「慌ててるとアークエフすらちゃんと解放できないだろうが。日頃怠けてるツケが回ってきたと思って勉強しろ。お前の大好きな王子様のためならできるだろ」


「さっきからなに怒ってるの。嫌味な言い方しないでよ」


「そういう理由がないとやる気出さないじゃん」


「さすがにちゃんとやるよ、借金がかかってるし。それに別に好きとかじゃないから。かっこよかったねって話してただけなのにどうしてそんなに突っかかってくるわけ? もしかして妬いてるの?」


「妬くわけねえだろばかか」


「でもいらいらしてる」


 たしかにアイリスが気に入ってもおかしくないほど整った容姿だったとユーリも思った。けれど男らしさは感じなかったし身体も華奢で顔を除けばあんな優男のどこがいいのだろうと疑問は尽きない。華奢なのはユーリも同じだが魔導士としての実力は永遠に埋まることのない差が開いている。あと何事もなければフィリーより士官学校の卒業も早かった。


 なにより気に入らないのはアイリスがそんな安っぽいステータスにころりと惹かれているところだった。いや、気に入らなくはない。とりあえずなんだか腹が立つ。決して自分以外の男になびいていることが癪に障っているわけではない。ずっと一緒にやってきた仲間を差し置いてぽっと出の新キャラに瞬殺されているのが気に入らない。


「どっちでもいいけど式まで数日しかないし遊ばせないからな」


 仲間の絆がどうとか言っても所詮はこんなもんか、と呆れながら吐き捨てるように呟くとアイリスの方もむっとした顔をしながら言った。


「あーやだやだ、子どもみたいに拗ねちゃって。それ絶対あたしへの復讐でしょ。英雄とか言われてその気になってるみたいだけどユーリくんってほんっと子どもだよね。ちょっとくらい王子様を見習ってみたら?」


「俺があいつのなにを見習うんだよ。魔力だって多少周りの連中よりある程度で俺の足元にも及ばねえじゃねえか。そりゃ他と違って小さいときから魔導士に教わってりゃどんなばかでもそれなりの実力は身につくわ。あいつが短期卒業できたのだって王子の立場にいたからだよ」


「ユーリくんだって転生者だからでしょ。それにさあ、魔導術でしか威張ることができないの? あたし内面の話をしてるんだよ? 優しくてあたしたちみたいな一般人をちゃーんと対等に扱ってくれて、軍の人に偉そうにふんぞり返る誰かさんとは大違い。ほんと、絵に描いたような王子様。なんでうちの王子様はこうなんだろ」


「お、おい……二人ともけんかは……」


 徐々にヒートアップする二人の会話を聞きつけて周りを通りすぎていく通行人たちの視線が突き刺さりはじめ、見かねたヴィオラが仲裁に入ろうとするも互いに収まらないところまで来てしまっていた。


「ほんのちょっとしか顔合わせてないくせになにが内面だよ」


「そのほんのちょっとでわかる人柄だったじゃない。言っとくけど普段のユーリくんの態度は相当悪いからね? それこそ英雄とか転生者だから許されてるだけで、あたしだったら非常識だなって距離置くもん。で、またタメ口利くのかなってひやひやしてたら王様にはちゃんと敬語使えるんでしょ? 相手見て態度変えるのってどうかと思うんだ」


「俺がいなきゃオークたちに捕まったまま困ってたくせによく言えたなそんなこと」


「だーかーらー! それはありがとうって何度もお礼を言ったよね!? いつまでそのこと引きずるつもりなの!? どうせそのあとお金なくなったのもあたしのせいだって擦るつもりなんでしょ!? いいわよ、そんなに恩を着せたいなら好きなだけ着せればいいじゃない!」


「そんなつもりで言ってるんじゃねえよ!」


「だったら突っかかってくるのもやめてよ!」


「こら、お前らっ……!」


 立ち止まって口論する二人へヴィオラも声を荒げながら止めに入ろうとしたときだった。


「ユーリ……?」


 なんの騒ぎだろうと様子を窺う人だかりの中から不意に呼びかけてくる女の声がした。

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