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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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銀髪の王子

 ウィエ公爵家か。


 その名はユーリもよく知っていた。凍結系の魔導術を得意とする魔導士の名門だ。数十年前に起きたという魔王種との戦いでは転生者不在の状況でありながらも彼らに匹敵する活躍で侵攻を食い止め拠点の防衛に貢献したとか。


「ウィエ家のホージュは類まれな才能を持った魔導士でな。既に現役からは退いているが魔導騎士時代の経験を生かし魔導士の育成や軍備の強化に積極的で国民からの信頼も厚い。女性ではあるがフィリーに代わって王になっても反発する声は少ないだろう」


「ですが、どうしてウィエ公爵家が?」


「……ホージュは隣国のラーゼスとの戦争を視野に入れているんだよ。先に言った軍備の強化もそれを見越してのものだ」


 それを聞いていたアイリスはいまさら気がついたようにきょとんとした表情を浮かべた。


「あれ、そういえばこの世界って他にも国があるんだっけ」


「そりゃそうだろ。あっちの世界よりは少ないだろうけどここ以外にも二つある」


「え、たったの?」


「まだ未開の土地もあるしなによりあっちの世界ほど広くないんだ。わかってるだけでその二つあるってだけだよ」


「……たったそれだけでも、戦争なんてするんだね」


 どこか虚しげに呆れたような口調でアイリスが呟き、アドニスはやや重苦しいため息をつきながらうなずいた。


「ラーゼスは北のヘリオスと同様にお前たちの世界の技術を広く取り入れた先進的な国だがフェアリー資源に乏しく大地が枯れているんだ。彼らはこのシードの豊富なフェアリーに満ちた土地が欲しいんだよ。近年ではさらに土地の荒廃が進み難民も現れはじめ、都市部との格差に国民の不満も大きくなっていると聞く。だが、かといってラーゼスと戦争になるのは得策でないとわたしは考えている。限られたフェアリー資源を無駄遣いしないために、なにより無関係な国民たちのためにも穏便に進めなくてはならないのだ」


 人は利便性を求め科学に手を伸ばし文明を発達させてきた。ユーリたちがかつて生きていた世界と違うのはその発展の代償として星の命を削っているという事実だ。


「ウィエ家はそのやり方が気に入らないと?」


「はっきりとした証拠があるわけではない。だが、以前よりラーゼスへの対応について表立ってはいないものの穏健派と強硬派とで意見が対立しておりホージュが不満を抱いているのはたしかだ。我々は和平的な道を望んでいるがラーゼスがそれに応じるかと言えば現実的には厳しいだろう。ホージュは選民思想の強い女でもあったからわたしは奴の台頭を嫌って長く魔導士たちの指導役に就かせていたが……それが返って反発を招いたのかもしれん。わしはみんなに仲良くしてもらいたいのにすっかり嫌われちゃって毎日めそめそじゃ」


 国内だけでも魔王種にはじまる魔物たちへの対応に追われているというのに戦争なんてしている場合ではない。


 これまではどの国にも魔物という共通の敵が存在していたためある意味ではそれが人間同士の争いに対し抑止力になっていたが、転生者の登場と共に急速に発達した技術は星を荒廃させ、削れゆく資源を巡って新たな争いを生もうとしていた。


 この世界の救世主として現れた転生者が争いの火種をつくるかもしれないだなんて、とてつもなくばかばかしい話だ。


 だがそれはそれとして、いまはフィリー王子が無事に戴冠式を終えられるよう集中しなくてはならなかった。


 仮にウィエ家が暗殺を企てていたとしてどのように行うつもりなのだろう。


 そう考えていたところで部屋の外から軽やかな足音が聞こえ、ユーリが振り返ったのと同時に勢いよく扉が開け放たれた。


「すみません、遅くなりました」


 現れたのはユーリたちとそう変わらない年齢の少年だった。ここまで急いで来たらしく彼は頭を下げると小さく息をつき、その後ろから慌ただしく追いかけてきたマーガレットが強い口調で非難する。


「王子、廊下を走ってはいけません……! 式を間近に控えているのにお怪我をされたらどうするつもりなのですか……!」


「これ以上みなさんを待たせるわけにはいかないじゃないか」


「ですが……!」


 と、さらに文句を言おうとしたところで気がついたようにこちらを見て言葉を飲みこみ苦々しい表情のままぺこりと一礼する。アドニスは呆れたように頬杖を突いて言った。


「遅いぞフィリー。待ちくたびれてみんな文句たらたらじゃ。な、ユーリ」


「滅相もありません」


 そう言いながら膝を突いたユーリを真似てアイリスたちも跪き、フィリーは困り笑いを浮かべながら首を振った。


「そんなにかしこまらないでも大丈夫だよ。支度に手間取ってしまい待たせて悪かったね」


 物腰の柔らかそうな透き通った声で素直に非を詫びながらこちらへやってくる。顔を上げたユーリへフィリーはにこりと微笑んでみせた。


「きみがユーリ・ホワイトガーデンだね?」


「ご存じいただいており光栄です」


 間近で見る王子はとても端正な顔立ちをしており後ろでまとめられた銀髪が部屋に差しこむ日の光を受けてきらめいていた。肌も真っ白であまり外へ出ている様子がなく、王妃の顔は知らないが間違いなく彼は母親似だとユーリは思った。


「きみに会えるのを楽しみにしていたんだ。一つしか歳が違わないのにきみは英雄とまで謳われた大魔導士だからね。いろいろとお話を聞かせてほしいと思っていたんだ」


「お話、ですか?」


「フィリーには幼い頃よりマーガレットから魔導術を学ばせていたんだ。まだまだ魔導士と呼ぶには未熟だがこの春に士官学校を首席で卒業しておる。ぜひユーリからも魔導士としての心得を教えてやってほしいのだ」


「王子はヘリオスから戻られたばかりでは?」


「フィリーが士官学校へ通いはじめたのは十歳の頃でな。それで、去年から復学して無事卒業したというわけさ。当時はセントポーリアも安全とは言えない情勢になっていたからな」


 それにしても卒業まで三年と少し程度といったところではないだろうか。


 ユーリがそうであったように士官学校は筆記と実技の成績がよければ規定の年数よりも早く卒業できるが、そのために受けるテストは通常よりも極めて難解なものに設定されておりフィリーが持つ魔導士としての実力は相当なものであることが窺えた。


 実技の方はともかく、筆記試験は重箱の隅をつつくようないやらしい問題ばかりだった覚えがある。もちろん魔導術だけではなく戦術全般の知識や基本的な学問など総合的な知識がなければ合格できない。


「僕が王子にお教えできることなどなにもないと思いますよ」


「そう謙遜しないでくれ。魔物との実戦経験も少ないし、卒業をしたというだけで僕はまだいろいろなことを学ばなくちゃならないんだ」


 充分に胸を張れる快挙にも関わらずフィリーはそれをまるで鼻にかけた様子もなく、純粋にそう感じさせる口調で苦笑いを浮かべた。


「きみたちのことも話は聞いているけれど、名前が一致していないから教えてもらえるかな? ああ、みんなも楽にしてくれて構わないよ」


「え、あっ……あ、あの、あたしは、あのっ……」


「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。さ、立って」


 フィリーが手を差し伸べるとアイリスはあたふたと手を伸ばし、けれど失礼に当たると思ったのか引っこめて慌てて立ち上がろうとした拍子に足をもつれさせた。


「わっ……!」


「おっと」


 そうして姿勢を崩して転びかけたアイリスを少し驚いた様子を見せながらフィリーが受け止める。思わず抱き着いた格好になってしまい一瞬だけ驚いた表情を浮かべたアイリスは目の前のフィリーを見上げてぼっと頬を赤くさせていた。


「あっ……あの、えっと……」


「なにをしているの、離れなさい!」


「いいんだよマーガレット。急かしたのは僕の方だ。悪かったね、怪我はない?」


「っ……」


 アイリスは数瞬のあいだ相手を見つめてからごくりと生唾を飲み必死な様子でこくこくとうなずいて離れていった。


「あ、あのっ……わ、わたくしは、アイリスと、申しますっ……」


 やがてぎこちない動作で姿勢を正し小さな声で呟いて彼女はうつむいてしまう。それから言い忘れていることがあるのに気がついたように顔を上げたが、けれどなにも言わずにまたうつむいてしまうのだった。


 フィリーは気を悪くした様子もなく微笑んだ。


「きみがもう一人の転生者だったんだね。とても頼りにしているよ」


「は、はいっ……」


「そうするときみがナーガで、きみがヴィオラティアだね?」


「そうですよ」


「ヴィオラティア・ベル・リュミエルと申します。王子にお会いできるのを心待ちにしておりました」


「僕もとても楽しみにしていたよ。知っての通り僕は命を狙われているみたいなんだ。だから無事に戴冠式を終えるためにぜひみんなの力を貸してほしい」


「あの、精一杯、頑張らせていただきますっ……」


「ありがとう」


 フィリーはそう言ってにこりと微笑んだ。話が終わったところで頬杖を突いていたアドニスが腰を上げる。


「ウィエ家が疑わしいと言ったものの断定できているわけじゃない。お前たちには苦労をかけるが、どうかフィリーのことをよろしく頼む」


「ご安心ください。王子の命は僕たちがかならずお守りします」


 アドニスの力強い眼差しへうなずき返しながらユーリはそう答えた。

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