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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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警戒すべき敵

 城へ行く途中にもその雰囲気は感じられたが、ブラシュが言っていたように町はお祭りムードに染まっており普段は見られないような光景がそこかしこに散在していた。


 馬車が多く通行する大通りにはまだ式典を匂わせる程度の様子しかないものの、石畳の地面にパステルカラーの建物が立ち並ぶ商店街へ足を踏み入れると平日にも関わらず大勢の観光客と思われる者たちが賑やかに行き交っていた。


「いろんなお店があるんだね。それに建物もなんだか可愛くて素敵な町」


「首都と言うからグレナディアよりもよっぽど先進的な町並みを想像していたんだが、大通り以外は案外古風な造りなんだな」


「歴史のある町だからな。道路事情の整備で一部は工事が進められていたんだけど、それでもまだ馬車が通れない道の方が多いくらいなんだ」


 道路も平坦というわけではなく通りの中へ小刻みに数段程度の階段がいくつもあり、緩やかに曲がりくねった道を進んでいくとやがて中央に噴水のある広場へ出た。


 そこではお菓子や軽食などの屋台が数多く出ており店の前に並べられたパラソルの下ではテーブルを囲んで大勢の人たちが食事を楽しんでいた。まだ昼間だというのに酒を飲んでいる者たちもいて広場は一際賑やかしい様相を呈している。


「甘ったるいにおいがしますね」


「ほんとだ、いいにおい。あー、見てみてあそこのクレープ屋さんすごい行列。あそこじゃない?」


「言っとくけどホテルに行くのが先だからな。遊ぶのは荷物を置いてからだ」


 ここを訪れたのはついでに買い食いをするなどという理由ではなく単に近道だったからだ。セントポーリアでは二年ほど暮らしていたせいかほとんど忘れてはいなかったようでこの広場も見覚えがあった。


「えーなんでよぅ、せっかく目の前にあるんだからついでに遊んでそれからホテル行けばいいじゃない。わざわざ通り過ぎてまた戻ってきて、それでまたホテル戻るんでしょ? 効率考えなさいよね」


 だがアイリスは不服なようでやれやれと両手を広げながらため息混じりに首を振ってみせる。正直なところユーリは店や屋台にまるで興味がなく疲れているのでさっさと休みたいだけだった。


「どうせ夜になるまで帰らないつもりなんだろ? ホテルの場所教えないと一緒にいないといけないじゃん」


「遊びに行かないの?」


「疲れてるんだよ」


「なにその金曜日のサラリーマンみたいなセリフ」


「サラリーマンってなんだっけ」


「異世界人ぶるのはやめてください。さすがにわかってるでしょそれくらい」


「お前も言いたいだけみたいなとこあるくせに」


「ねえ」


 ヴィオラの後ろから唐突にいらいらした様子の声が聞こえて二人が顔を向けると、両手で帽子をついっと持ち上げてこちらを見上げたアンゼリカがぶすっとした表情のまま呟くように言った。


「ホテル行かないの」


「アンゼリカちゃん、クレープ食べる?」


「いらない」


「……じゃあジュース飲む? ほら見てあのおどろおどろしい魔物みたいなイラストの屋台。いったいなにをジュースにしてるんだろうね」


 ぴしぴしぴし。


 まるでサイズの合っていないローブのお尻の方がゆらゆらと動きしっぽがなにかを叩く音がした。そろそろアイリスもそれがアンゼリカの不機嫌な仕草だと気がついたようでこちらに振り返ってにこりと笑みを浮かべた。


「ホテル、行こっか。高級なんだもんね」


 相変わらずアンゼリカとはぎこちない雰囲気のまま、彼女の機嫌に左右されたようにユーリたちは広場を突っ切ってその先で合流することになる大通りの方へと歩きだした。


「魔王様がこの町にいらっしゃった頃はどの辺りにお住まいがあったのですか」


 アイリスたちがのらりくらりと町を眺め回しながら歩いている傍らでなんの感慨もなさそうに寝ぼけた顔をしていたナーガが訊ねてくる。ユーリは少し横顔を振り向けながら思い返すように空を見上げた。


「町の西部にある住宅街の小さな一軒家だよ。転生者が来たときに住まわせられるようにって城が所有してる家らしい」


「一人で住んでたの?」


「そうだよ」


「うっわー大変そう。だってその頃ってまだ十一歳でしょ? あたし十一歳ってまだ一人で夜トイレに行くのだって怖かったよ」


「あなたはいまでも怖がっているでしょう」


「さすがにおばけにはびびってないから」


「家の掃除とか料理のつくり置きとか、面倒な家事は城からメイドさんが来てやっててくれてたから大変ではなかったよ」


「だが子どもの一人暮らしは心細かっただろう」


「あんまり覚えてないな……」


 日中は士官学校で過ごし、暗くなった頃に帰ってきてからつくり置きの食事を済ませてさっさと眠りに就いていた。そうして時々は城からの要請で魔物退治へ駆りだされ、学校の遅れを取り戻すために休日はずっと勉強ばかりしていた。


 そう考えると子どもらしい子ども時代はまったく過ごしていないな、とユーリは思った。


「ユーリは十一歳の頃にこの町で一人暮らしをしていたの?」


 するとアンゼリカが素直に驚いた様子でこちらを見上げ、ユーリが答える代わりにヴィオラがうなずいた。


「ちょうどアンゼリカの歳になるまでな。そういえばこの町にある士官学校に通っていたんだったか。普通なら五年はかかるところをユーリは二年足らずで卒業したんだよ」


「卒業はしてない」


「目前だったんだろう?」


「その前にオートンシアへ行ったからな」


「学校に行ってたんだ……」


 そう言いながらアンゼリカはしげしげとこちらを見上げていた。それを眺めていたアイリスが気がついたようにそっと微笑む。


「あとでアンゼリカちゃんにあたしたちのこと、ちゃんと話さなくちゃね」


「転生者でしょ?」


「仲間内でしか言えないようなちょっとした秘密があるの。主にナーガちゃんに」


 ちらりと目をむけられたナーガがじろりとアイリスを睨み返す。


「ナーガは黙っておいた方がよいと思いますが」


「後ろめたいことじゃないんだから言っておいた方が今後驚かなくて済むじゃない」


「猫が好きと豪語するわりにはなにもわかっていないのですね」


「ナーガがどうかしたの」


「まあ、ちょっとな」


 小さく苦笑いを浮かべてヴィオラがはぐらかす。ナーガが止めたのはどういう意味なんだろうとうろんげに考えていたユーリはすぐにその理由に気がついた。けれどナーガとアンゼリカにもそれが当てはまるだろうか。


 ただ一つ言えることは、猫の天敵が蛇ということだった。

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