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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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恩人との再会

 城内は戴冠式を目前に控えているためかどこか慌ただしい雰囲気が漂っていた。普段はあまり城で見かけることのない軍の士官の姿が数多く見受けられ給仕たちは足早に城内を歩き回り、アイリスたちは荘厳な城の内装を落ち着かない様子で眺め回していた。


 やがてモーヴに連れられて通されたのは城の二階にある広い会議室の一つだった。そこでは小太りの男が席に座ってなんらかの資料に目を通している最中だった。


「大臣、お待たせ致しました」


「おお、来たか」


 丸い眼鏡を外して立ち上がった男がこちらへ振り返る。先に気がついて声を挙げたのはユーリの方だった。


「ブラシュさん……」


「久しぶりだね、ユーリくん」


 驚くユーリへ目尻に深くしわを刻みながらブラシュが晴れやかに微笑んだ。


 彼は総務大臣として国の行政や地方自治などを行なっておりユーリがこの町で過ごしていた頃にとても世話になっていた男だった。


 まだ幼かったユーリのために住居や生活用品の手配などにはじまり、住み慣れていくまでには何度も自宅へ招待され食事を振る舞ってもらったこともあれば学院への入学手続きといった職務とは関係のない面倒ごとを率先して引き受けてくれたりもした。


 ブラシュはもう五十を超える年齢だが結婚した妻とのあいだに子どもはできず、そのせいか夫婦揃ってユーリのことを息子同然に可愛がってくれていた。


 思わぬ再会というわけではなかったがあの頃と変わらない優しい笑みを懐かしく思いながら、それと同時に気まずさも覚えてユーリは曖昧に笑みを返した。


「よく帰ってきてくれた……大きくなったなぁ」


「……ブラシュさんも、お元気そうで」


 気を遣っているのかアイリスたちは口を挟もうとはしなかったが、代わりにモーヴが心待ちにしていたような笑みを浮かべて言った。


「わたしもユーリさんにお会いできるのを楽しみにしておりました。こちらへ配属になったのはあれ以降のことですので」


「ああ、その頃きみはサントリナ勤務だったか。オートンシアでの話はそちらにも届いていただろう?」


「……当時の情勢は凄惨なものでしたからね。シティスの魔王が倒れたという話は三日と経たずに大ニュースとなっていましたよ。しかもそれを成し遂げたのがほんの十三歳の子どもと来たものですから、それはそれは士官たちも半信半疑といった様子で大騒ぎでした。その後は……まあ、いろいろとあったようですが」


「心配していたんだよ、奴が倒れたというニュースと一緒にきみがいなくなったという知らせまで届いたものだから。いったいいままでどこでなにを……?」


「……それはおいおいお話します。陛下にもご説明しなくてはならないでしょうから。ところで、僕たちへの依頼が極秘というのはどういうことなんですか?」


 苦笑いを浮かべながら話を逸らすとブラシュは言葉に詰まり微かに表情を曇らせた。後ろでアイリスが『僕って……』と小さく呟いたのは聞こえないふりをした。


「うん……実は、ユーリくんがいないあいだに城では少しばかりきな臭い出来事が起こっていてね。それについてはまた説明させてもらうが、ともかく今度の依頼の件を知っているのは陛下や王子の他には我々しかいないんだ」


「もちろん当日もあなた方が王子の護衛に就いていることは誰にも知らせません。その辺りのことについてはまた改めて打ち合わせを致しましょう」


「はあ……」


 まるで要領を得ない話にユーリたちがおぼろげに疑問符を浮かべているとブラシュは物腰の柔らかな笑みを見せた。


「さて、遅くなってしまったが自己紹介をさせていただこうかな。わたしはこの城で総務大臣を務めているブラシュ・カナードだ。察しはついていると思うがユーリくんとは知った仲なんだ。今度の護衛ではわたしがきみたちの指揮を執らせてもらうことになっているから、気がついたことなんかがあったらなんでも気軽に相談してほしい。……まあ、堅苦しい挨拶はこの辺にしておこうかな。歳を取ると話が長くなってしまうんでね」


 ははは、と朗らかに笑うブラシュへ釣られたように自然とユーリたちも笑みを浮かべた。滲みでる人柄にアイリスたちも安心したのか早くも先ほどまであった緊張感は緩んでいた。


「アイリスといいます。えーと……お城へ来るのとか、王子様にお会いするのははじめてなのでとても緊張していますが、精一杯頑張りたいと思いますのでよろしくお願いします」


「きみが聖剣を持つ転生者だね。アンスリムでの活躍は聞いているよ」


「え、そうなんですか?」


「町を覆い隠すほどのアークエフを使いこなす魔導士でもあるとか。とても期待しているから、ぜひ存分に実力を発揮してほしい」


「あ……は、はい……できる限り……」


 アイリスのことは軍を通じて各所へ知らされてはいるが、彼女自身もまさかそこまで具体的に伝わっていたとは思っていなかったらしく向けられた期待にプレッシャーを感じながらも照れているのか頬は微かに赤くなっていた。


「ヴィオラティア・ベル・リュミエルです。ユーリたちには及びませんが、力の限り王子の護衛を務めさせていただく所存です」


「グレナディアでは大変な目に遭ったみたいだね」


「ご存知でしたか……」


 まだ負い目を感じているらしくヴィオラが気まずげに苦笑いをする。


「いまではめっきり姿を見かけなくなった森の賢者がまさかユーリくんと行動を共にしているとはねえ。またこうして我々の……いや、ユーリくんたちに力を貸してくれてありがとう」


 そうして深々と頭を下げたブラシュから心からの誠意を感じ取ったのかヴィオラも微笑みながら首を振り、そうして後ろにいたナーガがこほんと咳ばらいをしていつになく姿勢を正してブラシュを見上げた。


「ナーガです」


「ずいぶんとお若いようだが、魔導士かい?」


「いいえ」


 背中に背負った杖に目を向けたブラシュへきっぱりと言い放つ。ブラシュは不思議そうに目を丸くしていたがナーガは言ってやったと言わんばかりにない胸を誇らしげに張っていた。なにを得意げになっているのかは彼女にしかわからない。


「ナーガは身体強化を使うのが上手なんです。ぼけっとしているんですがとても頼もしい奴なので安心してください」


「ほう、身体強化の……」


 と、納得したようにうなずきながら最後にヴィオラの後ろへ隠れていたアンゼリカへ視線を移していく。


「ほら、ご挨拶をして」


 ヴィオラがそう言いながら彼女を前へ促すとアンゼリカは緊張した様子でブラシュを見上げ、それからすぐに帽子へ手をかけてぎゅっと深く被りながら頭を下げた。


「アンゼリカ」


「これまたずいぶんとお若いお嬢さんで……」


 と言いながらブラシュは彼女の全身をすっぽりと包んだローブのお尻の方がぴょこぴょこと小刻みに動いているのに気がついて目をぱちくりとさせた。どうもアンゼリカには他人に自分の姿を隠そうとしている節があるものの、知ってか知らずか彼女の感情はしっぽが丸裸にしているようだった。


「この子は……」


「モイティベートの村で知りあった魔物とのハーフなんです。ちょっとした事情で預かっているんですが、人里に出たことがないので緊張しているみたいで」


「驚いたな……魔物との子どもだなんて。少佐は聞いたことあるか?」


「いえ、自分も先ほどから驚いておりました。ユーリさん、失礼ですがこの子は……その、魔物としての危険というものは……」


「そのような心配はありませんので安心してください。それに王子の護衛にも参加しませんので」


「そうですか……いや、不躾なことを訊ねて申し訳ない」


 城内へ魔物を入れるわけにはいかないというモーヴの心配は当然のことだった。帽子で顔を伏せたままアンゼリカはまたヴィオラの後ろへと隠れたが、その手がローブの裾をぎゅっと握りしめていることにユーリは気がついた。


「お互いに挨拶も済んだところで、ひとまず今日のところは解散としようか」


「陛下は?」


「今日はいらっしゃらないんだ。式典で使用する船を王子と一緒にご視察に出向かれていてね」


「そうですか……」


「今日のところは町の観光でもするといい。式に向けて国内から大勢の旅行客や商人たちが集まっていていろんな出店で賑わっているんだよ。当日にも大々的なパレードを行うんだが既にお祭り騒ぎといった様子でね」


「そうします」


「こちらでホテルは取ってあるからそこに泊まってくれ。ブロッサムホテルの場所は覚えているかい?」


「あんないいところを?」


 セントポーリアでも最も高級なホテルの名に驚くユーリへブラシュはうなずき返し、そしてにっこりと微笑んだ。


「もてなすというのは違うが当日は万全の状態で臨んでもらいたいからね。四人と聞いていたから人数分しか取っていないが、そちらもまだ空きがあれば用意させてもらうよ」


「いえ、四部屋もあれば充分です。それ以上気を遣われるとこちらも恐縮するので」


「……うん、わかった。必要なものがあればまた言ってほしい。明日は一時頃に陛下が戻られるんだが、その時間で構わないかな」


「はい」


「城門までお越しいただければわたしがお出迎えしますので。それと、お帰りになる前に武器などをお預けください」


 そのようにして明日の予定を決めるとユーリたちは持っていた剣や杖をモーヴへ渡し、彼に連れられて城門まで案内され城をあとにした。

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