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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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知らされなかった依頼

 魔導術の歴史は数百年前、一説によれば五百年も前には既に存在していたとされていた。魔物の誕生はそれよりもずっと以前に遡り、それ故に人間たちは長きに渡って彼らから逃げ惑う生活を送っていた。


 その当時から人間は自分たちに魔力が備わっていることを知っていたようだが大気中へ放出して明かりとして使用する以外には用途を見いだせず、やがてそれらを体内へ循環させることで筋力を大幅に引き上げられる身体強化の術を発見する。


 後に魔力と呼ばれることになる生命エネルギーには他にも力が秘められていると予見したとある農夫が独自に研究をはじめたのが魔導術の歴史の第一歩だ。


 おそらくは各地でも同様の可能性を見いだした者たちはいたのだろうがあくまで魔力は身体強化を行なうための力という認識であり、フェアリーの存在さえ知られていなかった当時の人間にとってはそれらを結びつけて魔導術を顕現させることなどおとぎ話の中の出来事にしか過ぎなかった。


 そうして長年の研究が実を結び農夫はある魔導術を完成させる。現代魔導に比べればとても性能の悪い紋章陣を用いていたらしいが、ともかく人は魔物に対抗し得る新たな力を手に入れたことで大きな発展を遂げていくことになる。


 その農夫が暮らしていた村がこのセントポーリアだった。


 さすがは首都というだけあって商業地区はとても賑わっており人の往来もさることながらグレナディアですら見かけなかったような一風変わった売り物の店が数多く軒を連ねている。


 ユーリたちが入ってきた門は方角的に最も出入りの少ない場所だったようで、他の町から移動してきたと思われる大荷物を繋げた馬車が何台もすれ違っていった。


「うっわー……見てあれ、町の中に運河があるよ」


 窓から顔を出して外を眺めていたアイリスが指をさしながら車内へ振り返る。


 セントポーリアはブーケ地方の中心に近い場所に位置する町だがそこからは海に繋がる河が伸びていた。主に外からの物資を運搬するために使われている水路だが町の住民たちを乗せて運ぶための船なども行き交っており、巨大な蒸気船などが通れるほどに大きく左右の岸にはタイル張りの遊歩道がつくられていた。


 アンゼリカもヴィオラと一緒にもの珍しげに町の様子を見回していたがナーガは相変わらず眠たげな顔で大人しく座ったままでいた。住み慣れているとは言わないまでもユーリにとっては見慣れた景色であり、離れていた三年のうちに変わった場所を頬杖を突きながらぼんやりと眺めていた。


 戴冠式を控えて町の中は各所に様々な飾りつけが成されており街灯とのあいだに結ばれた国旗や色とりどりのバルーンなどがあちこちに見て取れる。そのせいか町を包む賑やかさの中には浮ついた雰囲気もあった。


 そのまま町の中を進んでいくと建物のあいだから山が見えた。セントポーリアは緩やかな勾配のある小さな山を中心につくられており、その頂上に悠然とそびえる城の周りには城壁を挟んで緑が広がっていた。


「西洋のお城に行くだなんてはじめてだなぁ。ユーリくんは何度も行ったことあるんだよね?」


「え、ああ……まあ」


 上の空だったユーリが曖昧に返事をすると振り返ったアイリスはきょとんとしながら首を傾げた。


「どうしたの?」


「なんでもないよ」


「なんでもなくなくない? ようやくセントポーリアに来たっていうのにさっきからぼーっとしちゃって」


「そりゃなにも言わずいなくなったんだから気まずいだろ」


「いまさら気にしてもしょうがないでしょ。それに向こうだって怒ってたらユーリくんに護衛なんか頼まないよ」


「だといいんだけど……」


 やがて馬車は城に繋がる坂道に入り城門の前まで行くと甲冑を身に着けた二人の兵士が立っていた。馬車を停めて降りてきたユーリたちのもとへ兵士の一人がやってくる。


「グレナディア支部第四魔導小隊所属のアリューズ・リーフ少尉です。大臣からの要請を受けて参りました」


「大臣、ですか……? 失礼ですが、どなたからの要請でしょう」


「えー……と、こほん。それについてはこちらの方が」


 と、言葉に詰まったアリューズから咄嗟に話を振られユーリは仕方なく預かっていた手紙を兵士に差しだした。彼は怪訝そうな表情でそれを受け取るとまず封筒を表から裏までじっくりと観察した。


 それからようやく中を開け文書に目を通しはじめたものの、護衛についてまったく知らない様子の兵士たちを怪訝に思ったのはユーリたちも一緒だった。


 やがて文書を読み終えると兵士はもう一人の仲間へそれを渡し小声で耳打ちをし、仲間は城内へ走っていった。


「この方たちは?」


「大臣からの依頼を受けた転生者様ご一行です」


「転生者……」


 驚いた様子でユーリたちに目を向けた兵士はそれが誰なのかを確かめるように五人をぐるりと見回わした。そのままヴィオラに目が留まりエラストラがいることに驚きながらも隣にいたアンゼリカを見てさらに目を丸くし、彼女は視線を逃れるように帽子を目深に被っていた。


「あ、あのぅ……転生者、あたしのことです……」


 ユーリがなにも言わずに立っていると仕方なさそうにアイリスがぎこちなく愛想笑いを浮かべて頭を下げた。アリューズが一緒だったので武器は預けずに済んでいたが、まだ幼いアンゼリカはともかくただ一人手ぶらでいたユーリに兵士たちは意味を探るような視線を向けていたが挨拶を受けてアイリスに笑みを返した。


「そうでしたか。転生者の方にお会いするのは久しぶりなのでとても光栄です」


「てっきりお話が通っているものだと思っておりましたが」


「文書の方はたしかに本物のようですが……申し訳ありません、詳しい事情は降りてきておらず。ああ、そういえば数日前にもグレナディアから大尉の方がいらしていたようですが、その件と関係が?」


「ええ、まあ……」


 城壁の上に立っていた魔導士と思われる女も様子を窺うようにこちらを見下ろしておりどうやら連絡の不備というわけではなさそうな様子があったが、王子の護衛という重大な仕事を依頼されているだけにユーリたちは釈然としないまま顔を見あわせていた。


 それからしばらくすると城内から先ほどの兵士に連れられ一人の男がやってきた。少し日焼けした肌に口ひげを生やした初老の男だ。


「すまない、待たせてしまった。少尉もご苦労だったな」


 相手は騎士団兵を表す少佐の階級章のついた軍服を身に着けており、姿勢を正したアリューズへ低い声で労いながら笑みを浮かべるとまっすぐこちらへやってきた。


「この城で騎士団長を務めているモーヴ・アッシュ少佐です。本日はグレナディアから遠路はるばるお越しいただきありがとうございます」


「あ、いえ……あの、アイリス・ブランシュネー……いえ、アイリスといいます」


「長旅でお疲れでしょうがまずはご説明したいことがありますので、こちらへどうぞ」


「少佐、わたしはククの森での報告がありますのでここで失礼致します」


「ああ、わかった」


 そうしてアリューズは馬車に乗り、それから手綱を握ったところでユーリを見下ろした。


「なにか用事がありましたら屋敷を訪ねてください」


「ああ」


「それでは」


 ぺこりと頭を下げたアリューズが引き返していくとモーヴは小さく笑みを浮かべて城内へ手を差し向けた。


「ご案内致しましょう。こちらへどうぞ」


 大きく口を開けた城門を抜けて進んでいくと石造りの地面に変わり、城までの敷地内ではエプロンドレスを身に着けた給仕たちが大量の洗濯物を干していたり剣術の訓練をしている兵士たちの姿などがあった。


 彼らはやってきたユーリたちへ何事かと興味を引かれたように視線を向け、アイリスはきらきらと輝く瞳で辺りを見回していた。


「こういった城を見るのははじめてですか」


「あ、はい。写真で……あ、えーと、実物を見るのははじめてです。あの、いろいろ見て回ってみたいんですけど、だめですか?」


「申し訳ありませんがそれは難しいです。実は、あなた方に頼んだのは極秘の依頼なんです」


「え」


 モーヴはそこで足を止めるとこちらへ振り返った。


「詳しくはあとでお話しますが王子の護衛についてはこの城にいる多くの者が知りません」


「はあ……」


「ご混乱を招いているかと思いますが、他の者に聞かせるわけにもいきませんのでまずはこちらへ」


 アイリスは曖昧にうなずきながら説明を求めるようにユーリへ振り返った。


 もちろんユーリにもその理由はわからなかった。マリーからそのような話は聞いていないし文書の内容も読んでいない。


 ただならぬ気配だけが漂っていた。

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