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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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青空の下で

 アンゼリカはその後、家に戻って旅立ちの支度で小さな荷物をまとめてから集まった住民たちと一人ひとり別れの挨拶を交わした。当たり前にいた家族の唐突な旅立ちに彼らは戸惑いを浮かべながらもアンゼリカへ激励の言葉を投げかけ、彼女も強い決意を笑みに重ねた。


 モイティベートとして、そしてまた、人間として。


 生まれた頃から育った村を離れる不安はあったのだろうがアンゼリカはカスミから託された願いを胸に彼らのもとをあとにした。


「セントポーリアへは二日ほどかかるかと思います。長旅でお疲れのところ申し訳ありませんが、運転はこちらに任せてみなさんはごゆっくりとくつろいで疲れを癒してください。どうしても退屈というのであればトランプでもしましょう。というか、しましょう」


 村を出て森を出発し、草原の広がる平原に出てからユーリは簡単にいままでになにをしてこれからなにをするのかといった旅の目的をアンゼリカへ話した。


 本当ならユーリたちの素性や関係性も話しておかなければならなかったのだが、ほんのり真っ黒な事情を抱えているユーリとナーガの話をアリューズに聞かせるわけにはいかなかった。


「そんな感じでセントポーリアへ行って王子の護衛をすることになるんだけど……」


「……」


「……聞いてるか」


 ヴィオラの隣に座っていたアンゼリカは窓辺から少しずつ遠ざかっていく森を眺めており、上の空といった様子にユーリはため息をついた。


 みんなと挨拶をしていたときは平気そうにしていたが、やはり強がりだったらしく唇を引き結んで涙を滲ませながら寂しそうに村のあった場所をじっと見つめていた。


 人間と同じ計算かはわからないが、まだ彼女は十三歳だ。親同然であったカスミを亡くし、住み慣れた故郷を離れていくのは不安でたまらないのだろう。


 ぶっちゃけるとセントポーリアでの依頼を終えた帰りに寄れないこともなかったのだが、なんとなくそれは避けた方がいいような空気が漂っておりヴィオラへ目配せをすると彼女も微妙な面持ちで目を閉じた。


「なんかね、身体がすっごく痛いの」


 すると、隣にいたアイリスが疲れたように肩を回しながらうんざりした様子でため息をついた。


「全身が筋肉痛五日目って感じ」


「五日も経ったら治ってんだろ」


「それくらい痛いってことよ」


 ユーリは脚を組みながら頬杖を突くと退屈な外の景色に視線を投げながら言った。


「そりゃ日頃怠けてるくせにあれだけ身体強化使えば身体痛めるだろ」


「身体強化?」


「いつの間に使えるようになってたんだよ。またこっそり練習でもしてたのか?」


 そう訊ねるとアイリスは怪訝そうに眉を寄せたままこちらを見返し、それから天井を見上げながら思い悩むように言った。


「……それが、あんまり覚えてないんだよね」


「はあ?」


「目の前が急に真っ白になったと思ったら地面に倒れてたの。寝ぼけたような感じでぼんやりなにかしてた感触があって、このままじゃカスミさんが怪我しちゃうって感じた記憶はあるんだけど……そしたらユーリくんが目の前にいて、あたしてっきりカスミさんにやられたんだと思ってた」


 要領を得ないすっとぼけた返答に顔を見あわせる。たしかにアイリスがあれだけ聖剣を使いこなしているのはおかしいと思ったが、それにしてもいったいどういうことなんだろう。


「アイリスは身体強化や剣術の練習をしていたのか?」


「ううん……刃物触るの怖いし身体強化とかやり方すら知らないよ」


 身に覚えのない出来事にアイリスも不安になってしまったようで小首を傾げていた。


 推測というよりはこじつけに近かったが強いて可能性を挙げるなら聖剣が持つ力の一部だと考えるしかなかった。


 次から次へと新たな能力ばかり出てこられるといったいこの差はなんなんだと天使に文句の一つでも言いたくなるが、もしそれがアイリスの臆病な性格を鑑みた上での力だとするならなんとなく辻褄が合わない気がしないでもない。


 要するにそれだけ恩恵を与えられてようやく一人前だと思われているということだ。


 あの力を自在に引きだせるようになれれば本当にアイリスはこのパーティの中で頭一つ抜けた実力を備えていることになるが、そんな不確定なものを頼るよりは得意な防御魔導をきちんと使いこなせるようにさせる方が堅実だった。


「とりあえずいまは戴冠式がはじまるまでに怪我を治して万全の状態で護衛できるようにしよう。抱えた借金を帳消しにできるチャンスなんだからな」


「王子様の護衛だよね。会うの楽しみだな、どんな人なんだろ」


「魔王様は会ったことがあるんですか」


「いや、王子がいることも知らなかった」


 ずっと後ろを見ていたアンゼリカもようやくこちらへ向き直り、けれどそれは小刻みに揺れる馬車に酔ってしまったせいのようで話にはまるで関心を示さずヴィオラに背中をさすられていた。


「お城でなんやかんやしてたんでしょ?」


「そうなんだけど……」


「それはわたしの方からご説明しましょう」


 そのとき前の小窓がさっと開きアリューズが顔を覗かせた。アンゼリカは少し驚いた様子で肩をびくっと跳ねさせたがヴィオラはすっかり慣れてしまったようで鞄からリンゴを取りだすと果物ナイフで剥きはじめた。


「国王陛下にはお二人のご子息とご息女がいらっしゃるのですが、ユーリさんがセントポーリアへおられた頃は王妃殿下と共にヘリオスへご留学されていたんです」


 ヘリオスというのはブーケ地方の最北にある科学が発展した大都市のことだ。電気文明が栄えている唯一の都市であり、またフェアリーが枯渇した魔導士の存在しない地域でもある。


「王女様もいるってことですか?」


「……それについては少し申し上げづらいのですが、フィリア王女は事故に遭われ亡くなられています。王妃殿下もそのときに」


 アリューズはそれで気が済んだのかぴしゃっと窓を閉めてしまい、ヴィオラからもらったリンゴを齧るアンゼリカの咀嚼する音だけが車内に響いた。


「いろいろ事情があるみたいだけど……まあ、俺たちは式典が終わるまで王子を守ってればいだけだ」


「大勢の前でそばに立ってたりしなくちゃいけないんだったら緊張するな……」


「漏らさないでくださいよ」


「しないから」


 かしこまった場面に出くわしたこともないアイリスたちを連れて王族の護衛を務めるだなんて心配ごとばかりしかなかったが、いまからそれを考えたところで仕方ないと思いユーリは窓の外を眺めた。


 それよりも王様や城にいる士官たちに顔を合わせなければならないことの方がよっぽど気が重かった。

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