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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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眠たい魔法使い

 呆然としたまま後ずさりをする。驚きと混乱が入り乱れていた。なんでこんな辺境の地に人間が、それも一人で。


 見たところ武器になりそうなものを持っている様子はなかった。周囲にもそれらしきものは落ちてない。服装だって旅人や戦士の類が身につけているようなものではなく至って軽装で、というかとてもくたびれていた。


 死んで間もないせいか血色のいい顔には微かな幼さも感じられ、まだ十代の半ばといったところだったのだろう。


 とにかく、まずは下ろした方がよさそうだった。このまま首を吊られたまま野ざらしにされるのはさすがに不憫だしこの子も浮かばれない。


 けれどいったいどうやって下ろせばいいのやら……。


 首吊り死体を見上げながら、手っ取り早く行くには二階に結ばれたロープを切り落とすのが一番かと結論づける。そうして辺りを見回しながら刃物かそれに代わる瓦礫の破片を探そうとして、いつの間にか雨が上がっていることに気がついた。


 それどころかあれだけ重く広がっていた雲に切れ間ができ日差しが照りはじめていた。その眩しさに目を細めながら顔を伏せると足元から伸びた影に背後で吊るされた少女の影とが重なりふわりと揺らめいた。


 ……揺らめいたどころか、なんだか一瞬もぞもぞと動いたように見えた気がした。


「……?」


 怪訝に思いながらうろんげに後ろへ振り返る。


 すると頭上に吊るされた少女が目を開けてじーっとこっちを見下ろしていた。


「……よかった。ご無事だったんですね、魔王様」


 どっきーん、とその瞬間に心臓が強烈に跳ね思わず飛びのいた拍子に瓦礫につまずいて後ろに転んでしまう。


「いってぇ!」


「大丈夫ですか」


「な、えっ、いい生きてんのかお前っ……!? なんだっ、なんで死んでないんだよっ!」


「ナーガは魔導術で身体能力を常人の一億倍にまで引き上げているんです。魔力が尽きない限りナーガを絞殺することは不可能というわけですよ、ふっふっふ」


 少女はぶらぶらと風に揺られながらちょっと得意げに胸を張っていた。首に巻きついたロープがしっかりと食いこんでいるが平気なのだろうか。


「魔導士……なのか、お前……?」


 言いながら、はっとしてすぐに立ち上がる。常人の一億倍も筋力あってどうしてこんなことになっているのかとかそういうささやかな疑問は一旦脇へ追いやることにした。


 ともかく無事ならすぐに下ろしてやらないと。魔力がどうとか言っているがうっかりしてたら本当に手遅れになりかねない。普通は手遅れだ。


「ちょっと待ってろ、すぐに下ろしてやるから……!」


「ありがとうございます」


 そうして一度その場所を離れて厨房があった場所まで走っていった。


 こっち側は建物へのダメージが薄かったらしく、面影が残る程度には損壊を逃れていた。崩れた壁面から室内に入り、足元に散らばった破片をかき分けていく。


 ここなら使える道具があるはずだ。


 やがて瓦礫のすきまから調理器具が散乱しているのを見つけだす。手を伸ばしてその中の一つを引っ張りだし、息を吹きかけて砂ぼこりを払う。パン切り包丁だ。途中で折れてしまっているがこれならロープも切れるだろう。


 それを持って急いで少女のもとへ戻っていく。


「大丈夫かっ……?」


「心配ご無用です」


 彼女はロープを掴んで抵抗するとか、首元を押さえて苦痛に喘ぐとかそういった危機的なにおいは一切漂わせることもなく宙ぶらりんになったままのんきな声でうなずき返してきた。


 せっかく緊迫感出して戻ってきたんだからそれっぽい雰囲気で返せとは口に出さずに瓦礫の山を登って二階に上がり、くくりつけてあったロープに刃を走らせていった。


「ナーガだったか。お前、どこから来たんだ? さっきの口振りだと俺を倒しに来たわけじゃなさそうだけど」


「ナーガはここで働かせていただいていた魔導士です。普段はトイレ掃除を担当していました」


「ここで……?」


「はい」


 てっきり外からやってきたものだと思っていた。というかこの城に俺以外の人間がいたのか。ぶっちゃけこの城に誰がいたかなんて逐一チェックしてなかったから全然知らなかった。魔王になってからというものの、ほとんど誰とも会わずに一人で過ごしていたから。


「ここでなにがあったんだ? っと……その前に、そろそろ切れるぞ」


「ひと思いにやってください」


 ぎこぎこと包丁をスライドさせているうちにぶつっとロープが切れる。ナーガはそのままどさりと地面に落下した。


 そこでほっとため息をついて下に降り、首からロープを外すのを手伝いながら多少警戒しつつ少女を眺めた。


 なんなんだこの女は。生きていて一安心といったところだが九死に一生を得た理由が不気味すぎる。いやあの感じピンチでもなんでもなかったぞ。


「魔王様は……」


 不意に気だるげな瞳がこちらを見て、言葉を飲みこむように目を伏せた。ぼんやりとした雰囲気の少女だった。腰にまで届きそうなブルーグレーの髪が表情を隠すとより儚げな印象が強まる。でも儚いというよりは単に眠たげといった方がしっくり来るかもしれない。


「なんだ」


「魔王様は、なにも覚えていらっしゃらないのですか」


「……ああ。気がついたらこの有様だった」


 ここでなにかが起きて、そして俺はなぜか無事でこいつは首を吊られていた。


 ナーガは身体を起こして服についた汚れをぱたぱたと払うと小さく一息ついてぺたりと地面に座りこんだまま頭を下げた。


「ありがとうございました。すみません、お手を煩わせてしまって」


「そんなことより話してくれ。なにがあったか知ってるんだろ?」


「はい」


 ごほんと咳ばらいをして瓦礫の上に正座する。


 痛くないのか。


 そう言いかけたがたぶん痛くなさそうな顔をしていたのでなにも言わなかった。尖った部分が思いっきりすねを押し上げているような気がするけど……まあいいか。


「ばっさり言いますと、魔王様の配下にあった魔物たちが反乱を起こしました」

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