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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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浸食する病

 リビングに戻ってくるとそこにアリューズの姿はなかった。椅子として置かれていた丸太のそばにあったリュックもなくなっておりどこへ行ったのだろうと考えていると遅れて部屋を出てきた族長がリビングを見回してユーリたちへ言った。


「あんたら、今晩は村へ泊まっていくのか?」


「アリューズに訊いてみないとわからないな……ていうか、泊めてくれるのか?」


「わざわざやってきた客人を追い返したりせんよ。このリビングでわしとアンゼリカも一緒にということににゃるが……それでもよいなら遠慮することはにゃい」


「ありがとうございます、族長さん」


「とりあえずあいつを探してからだな」


 そうしてユーリたちは家の外へ出ると村の中を歩きながらアリューズの姿を探した。さっき隠れてしまったモイティベートたちもまた外に出てきており、呼びかけるユーリの声を聞いてそのうちの一匹がとことことこちらへ歩いてくる。


「あのお嬢さんならさっき村の外へ行ったわよ」


「わ、可愛い。女の子」


「うふふ、ありがとうお嬢ちゃん。でもあたしはもうけっこうなおばさんよ?」


「全然見えない。もふもふしてて可愛い」


 満足げにモイティベートと目線を合わせて微笑むアイリスに彼女も気をよくしたようでにゃあーんと鳴きながらしっぽをふりふりと動かしていた。


「アイリス、行くぞ。たぶん馬車に戻ったんだろ」


「えー、二人だけで行ってきなよ。遠いしお話してたいもん」


「お前がいないと魔物が来たとき困るじゃん。ナーガのこと無敵だとでも思ってんのか」


「ナーガは無敵ですよ」


「じゃあいいわ。俺たちだけで行ってくる」


「わかったわよぅ、ついてけばいいんでしょついてけば」


 アイリスは仕方なさそうに立ち上がるとぞんざいにため息をついて名残惜しそうにモイティベートへ手を振った。


 茨のカーテンを抜けて村の外に出るとユーリたちは急いでアリューズのあとを追った。村を出てからそう時間は経っていないのですぐに追いつけるだろう。


 大声で彼女の名前を呼びながら来た道を引き返していると面倒くさそうについてきていたアイリスが辺りの気配を窺うように周りへ目を向けながら言った。


「ていうか、待ってれば帰ってくるんじゃないの?」


「それでもいいんだけど、できればいますぐ訊いておきたいことがあるんだよ」


「カスミさんのこと?」


「あいつの胸元見たか?」


「……は? いやなに言ってんの普通に気持ち悪いんだけど……」


 パンツを見ても寛容だったアイリスもさすがに引いたのか立ち止まって軽蔑したような眼差しを向けてくる。ユーリはげんなりしそうになりながらも首を振って訂正した。


「いまのは俺が悪かったけど、そうじゃなくて胸元に痣みたいなのができてただろって話だわ」


「見てないけど……痣って、怪我してるとかそういうの?」


「……たぶん違う」


「病気ってこと?」


「それはわたしの方からご説明致しましょう」


 そのとき突然草木をかき分ける音がして馬車のある方角からアリューズが姿を現した。まるで狙いすましたようなタイミングにすぐ近くで聞いていたのだろうかと思っていると彼女はじろりとこちらを睨みながら言った。


「大声で呼ぶ声がしたので戻ってきただけです」


「アリューズさんはカスミさんの身体のこと、知ってるんですか?」


「前回までの調査資料でもその可能性は指摘されていましたので。結論から申し上げますと彼女はフェアリクス病にかかっています」


「フェアリクス病……」


 アイリスがちらりとこちらへ目を向け、それほど驚きもしないまま曖昧にうなずいた。


「おそらくその影響で身体が麻痺しているんでしょう。もう少し詳しく検査をする必要があるかとは思いますがフェアリクス病であることには間違いありません。そして、いますぐにでも専門の施設へ入院させなければならないほどに深刻化しています」


「やっぱりそうだったか……応援は?」


「これから馬車に置いてあるフェアリー結晶を使って合図を出そうと思っていました。フージェの支部にその旨は伝えてありますので」


「……わかった」


「ねえ待って、どういうことなの? カスミさん、そんなにひどい状態なの……?」


「身体に痣が現れはじめるとフェアリクス病の症状では末期とされています」


 重度のフェアリクス病患者はそこへの入院が義務づけられている。ただ、そこから退院した者の話は聞いたことがなく一度入れば一生出ることができない場所だというのが一般的な認識でもあった。


 一度体内で結晶化したフェアリーは取り除くことができない。どんな治療を施したところで治せるような病気ではなかった。


「それって……あの、カスミさん……死んじゃうって、ことですか……?」


「死にはしませんよ」


「そう、ですか……」


「それよりもまずい状況になる可能性はある」


 ユーリがそう言うとアリューズは表情を動かさないまま見透かすようにじっとこちらを見つめた。


「……ご存知なんですか」


「お前も聞かされてるみたいだな」


「でなければこんな仕事は任されません。できればその先は胸に秘めておいていただきたいんですが」


「こいつらには話しても大丈夫だよ」


「どういうことなの……? なにか大変なことになるの……?」


 嫌な予感を感じ取ったのかアイリスが恐る恐るといった様子で問いかけてくる。


 それを口にするのは多少の躊躇いがあった。けれど、どちらにしてもいずれ知らなくてはならないことだった。


「フェアリクス病はフェアリーが体内で結晶化していくことで発症する病気ってことは知ってるだろ」


「うん……」


「他の動植物と同じように、人間もその結晶が大きくなっていくことで最終的に魔物になるんだ」


「えっ……」


 アイリスは言葉を失ったまま呆然としたように立ち尽くしていた。ナーガも微かに顔色を変えながら、やがて察しがついたように真剣な声で言う。


「まさか、魔王種というのは」


「……そうだ。人間の天敵である魔王種ってのは俺たちが魔物化した姿なんだよ」


「うそでしょ……」


「信じられないかもしれませんが本当です。ただ、この話は軍でも大部分の者に伏せられ秘匿されている事実なので他言はなさらないでください」


「あ、あの……カスミさんは、大丈夫なんだよね……? 病院へ連れていけば間にあうよね……?」


 すがるように問いかけられたユーリは答えることができないまま目を背けた。


 痣が現れれば魔物化する一歩手前の状態だ。症状の進行を止めることができたとしても、カスミには厳重な監視がつけられ治療に追われてもうまともな生活はできなくなってしまうかもしれない。


「ねえ、なんとか言ってよ……アリューズさんっ……」


「まだ痣は一部にしか現れていないようなのでいますぐに魔物化するというわけではありません。ですが……これまで通りの暮らしには戻れないかと思われます」


「そんな……だって、ヴィオラのお友達なんだよ……? どうするの、ヴィオラになんて言えばいいの、せっかく再会できたんだよっ……?」


「……あの痣が全身に回れば本当に手遅れになる。だからその前にカスミを連れだすしかない」


 そのとき背後から草木が揺れる音が聞こえ、振り返ってみると木陰に立っていたアンゼリカが敵意のこもった眼差しでこちらを睨みつけていた。


「アンゼリカちゃんっ……」


「やっぱりあんたたち、カスミお姉ちゃんをさらっていく気だったのね……!」


「さらっていくって……違うよ、あたしたちはっ……」


「帰って! いますぐ帰って! もう村に来ないでよ! カスミお姉ちゃんが歩けなくなったのだってあんたたちのせいじゃない!」


 アンゼリカは涙混じりに叫ぶと踵を返して村の方へ駆けだしていった。咄嗟にアイリスが追いかけようとしたが思い留まったようにこちらへ振り返る。


「ユーリくん……!」


「……アリューズ、頼んだ。俺は村に戻る」


「すみません、お願いします」


 村へ戻っていったいなにをすればいいのだろう。とてもヴィオラに打ち明けられるような話ではなかった。


 それでも、カスミが魔物化してしまうことだけは止めなければならない。もしそうなればあの村だけじゃなく他の町にも被害が広がってしまう。


『だからお願い。間にあわなくなる前にわたしを殺して』


 あの雨の日に聞いた最後の言葉が脳裏をよぎる。その記憶を振り払うようにぎゅっと目を閉じて首を振るとユーリはアンゼリカのあとを追って村へ急いだ。

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