憧れを追いかけたあの日
族長がぎょっとした様子で振り返り、ユーリたちも呆気に取られてヴィオラへ目を向けた。
「ヴィオ、ラ……?」
二十代後半ほどの見た目をしていた転生者の女も驚愕したように微かに目を見開きながら呟く。
「カスミ……やっぱり……なんで、いままで、なにを……」
震えた声で呼びかけながらヴィオラが彼女のもとまで歩み寄り枕元へ膝を突く。その瞳には涙が浮かんでおりヴィオラはカスミと呼んだ女の手を両手で包みこんだ。
「ずっと探していたんだぞ……? 突然里からいなくなって、心配してたんだ……」
「……ごめん」
「カスミ、この方とは……?」
「……古い、友人です。この世界へ、やってきたばかりの頃に、たくさんお世話に、なってて……」
カスミの言葉はどこか不安定でおぼつかない口調だった。こんなところで再会できた偶然に涙ぐむヴィオラと同様にカスミもそれを喜んでいる素振りを見せていたが、彼女はベッドへ上半身をわずかに起こした姿勢のまま動こうとしなかった。
「ヴィオラ、この人、たちは……?」
「……旅の途中で出会った仲間たちだ。ユーリに、アイリスに、ナーガ。あの二人はカスミと同じ転生者だよ」
それを聞くとカスミはほんの少し笑みを浮かべユーリたちへこくんとうなずいてみせた。いや、頭を下げたつもりなのだろう。
そうして紹介されなかったアリューズへ窺うように目を向けると彼女は無表情にお辞儀をした。
「わたしはグレナディア支部所属のアリューズ・リーフと申します。この方たちには我々の仕事をお手伝いしていただいておりまして、あまり深く事情は存じ上げませんが……お二人には積もる話もおありでございましょうから少し席を外すことにします」
そう言い残してアリューズは部屋をあとにしていった。カスミの手をそっと握りしめたまま額に当て感慨に耽るように目を閉じていたヴィオラはやがて彼女を見上げると涙に濡れた声で呟いた。
「……ずいぶんと大人びたな」
「そりゃあ、そうでしょう……最後にヴィオラと、会ったのは……もうずっと、昔のことだもの……」
彼女がこの村へやってきたのが十三年前。さらにそれよりも前に里を出たとすればヴィオラの年齢が十七歳だというのはやはり偽りであると思えたが、アイリスはそれを口にすることなくもらい泣きをして涙ぐんでいた。
「わたしはカスミからユーリたちの世界のことをたくさん聞かせてもらったんだ。見たことのないわたしのためにカスミは毎日イラストを描き続けてアニメや漫画の世界を教えてくれたんだよ」
こちらへ横顔を振り向けながらまるで自慢話をするように嬉しそうに話す。カスミは少し照れくさそうにしながらも柔らかな微笑を浮かべてうなずいていた。
「そうしてたら、いつの間にか、ヴィオラも中二病に、なっちゃって……中二病って二人は、わかるかな……?」
「……わかります。いつも得意げに自分でつくった設定を話してて……あの、カスミさんはヴィオラがアイドルを目指してるって知ってますか?」
「アイドル……?」
「ばか、アイリス……言わなくていいから……!」
まるではじめて聞いた単語を繰り返すように呟いていたカスミは少し顔を赤らめて慌てるヴィオラを見てくすっと小さく笑った。
「わたしが、里で描いてた漫画……好きだったの、ヴィオラ」
「いや、別にわたしはそれに感化されたわけじゃ……」
「ときめきプリズムくるくるりん、だっけ」
「アイリスっ……!」
「いまさっきやったばっかりじゃん。なんで急に照れるの」
そんなやり取りを聞いて彼女は堪えきれずにぷっと吹きだして顔を伏せながら小刻みに肩を震わせていた。普段は恥ずかしげもなく口にしているヴィオラも顔を真っ赤にしており、カスミは顔を上げると笑いの余韻を残したまま言った。
「あの漫画のヒロインも、似たようなこと、言ってたかしら……ティンクル、ティンクル、きゅるるるるん……えーと……」
「……みんなの笑顔の一番星、星川美羽でーす、だ。原作ではずっと支えてくれたプロデューサーの事故死や競争相手の裏工作などで挫折し、一時は言葉を話せなくなるほど心に傷を負ってしまい予定していたイベント出演もキャンセルしてしまうが、人気がなかった頃から応援してくれていたファンの手紙に胸を打たれ、先立ってトップアイドルへ駆け上がろうとしていたかつての親友の粋な計らいにより突如ステージへ踊り出た美羽ちゃんが放った挨拶だ。みんなを笑顔にするにはまず自分から。わたしは……その、そんな美羽ちゃんに憧れてた」
「そんなお話、だったかしらね……」
遠い記憶を懐かしむような言葉を聞きながら、ヴィオラはおもむろに訊ねた。
「里の暮らしは嫌だったのか……?」
「ううん……」
カスミはほんの少しだけ首を振ってそれを否定した。
「わがまま、だっただけ。わたしは、ずっと漫画家になりたくて、こんな世界に来てもそれを……あきらめきれなかったの」
「それが、どうして……身体は大丈夫なのか……?」
「今日は、特に調子が、悪いみたい。苦しいとか、痛いとかじゃ、ないんだけど……少し身体が、動かしづらいの。でも、調子がいい日は、絵を描いてる」
そう言って彼女は部屋に飾られたイラストへ目を向け、ヴィオラは少し安心したようにうなずいた。
「……ヴィオラ、俺たちも外に行くわ。適当に時間潰してるから気にしないで話してていいよ」
「ありがとう、ユーリ」
「行くぞ二人とも」
なぜ軍が再三に渡り彼女の様子を確かめるためにこの村へ訪れていたのか。
その理由に気がついたユーリはひとまずアリューズに話を聞くことにして、アイリスたちを部屋の外へ促しながら聞こえないほど小さくため息をついた。