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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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凍結していた時間

 村の中でも一際大きな、といっても人間サイズで見れば少し小ぶりな木造の小屋の扉を叩くとそこから現れたのは小さな杖を突いた灰色の年老いたモイティベートだった。


 アリューズの土産を喜んだ様子でくんくんと鼻を動かしていたモイティベートはリビングのテーブルに五人を通すと『どっこいせ』と端の席に腰を下ろした。だがこの小屋だけは人間サイズでつくってあるせいでテーブルから顔の半分の出ていない。


「わざわざ遠くからよくいらっしゃった。わしはこの村の族長をやっておりますー……あー……名前はなんだったかな。みんなからは族長と呼ばれておりますもので名前は忘れてしまったのぉ。にゃんにせよ、今回は若者ばかりで安心……」


 そう言いながら突然ねじが切れたように言葉を区切った族長を怪訝に思っていると、彼はわざとらしくごほんごほんと咳ばらいをしてどこかへ目を逸らしながら言った。


「エラストラのあんたはあまり村を歩き回らない方がよいかもしれんのぅ……」


「ヴィオラが? なんで?」


「いやな、その、我々は歳を重ねている他種族がどうも苦手なもので……」


 なんの気なしに質問をしたアイリスは言いづらそうに答えた族長へ曖昧にうなずくと素知らぬ顔をしていたヴィオラへゆるりと視線を振り向けた。


「……ねえヴィオラ、族長さんこう言ってるんだけど潮時だって思わない?」


「なんの話だ? あぁ、もしかして年齢のことを言っているのか? ははは、まったく困った奴だな。まだその話を蒸し返すのか?」


「ユーリくん、なにか言って。びしっと追い詰める一言。そういうのやらせたら天才だってあたし認めてるから」


「もういいだろ別に。言わせておけばいいじゃん」


「だって気にならないの!? いまチャンスだよ!? ヴィオラが実は何歳なのか、いいのこのままごまかされたままで!」


「……いいよ、怖いもん。俺の予想じゃ百歳超えてるんだぞこいつ」


「ユーリ、さすがにそれは言い過ぎだ。たしかに二つ三つサバを読んでると、そんなふうに疑いたくなるのは納得できる。だが百歳は心外だ。百年も生きてて『ときめきプリズムくるくるりん☆ ヴィヴィッドオーラな流れ星! ヴィオラティア・ベル・リュミエルだよー!』なんて挨拶ができると思うか?」


 疑っているサバは二つや三つの騒ぎではなかったが、わざわざポーズに声色までつくって見せたこともないキャッチフレーズを言ってのけたところにはプロ根性を感じざるを得なかった。


 微かに笑いそうになっていたアイリスは気圧されかけた勢いを押し返すように仏頂面をつくると強くヴィオラを見返した。


「じゃあどうしても十七歳だって言い張るんだね。あたし、ヴィオラのこと信じていいの」


「あのときは少し面白そうだったからネタに走ってしまっただけなんだって。こんなことになるなら言うんじゃなかったよ」


「いまさら感」


「だいたい考えてもみろ。長寿といっても年齢と共に衰えは来るんだぞ? わたしがそんな高齢に見えるか?」


 実際にどの程度の年齢になれば相応の見た目になるのかは知らなかったが、たしかにヴィオラは十七歳と言われても納得できるほど肌は艶やかで淑やかな美しさがあった。彼女が言うように実際はそれほど歳は離れていないのかもしれない。


 ときめきプリズムをくるくるりんして許されるのは大目に見ても二十歳辺りが瀬戸際だろう。聡明なヴィオラにそれがわからないとは思えなかった。


「じゃあ族長さんが間違いだって言うの?」


「エルフは年齢に反してとても落ち着いた気質を持っている者が多いのさ。わたしも大人びて見られることには慣れているが、村の方たちに怖がられないよう気をつけるよ」


 ヴィオラは族長をじっと見つめながら言った。


 族長はそれとなく目を逸らしたままこっくりとうなずいた。


「わしも歳なもので嗅覚の衰えを感じることもあるからのぅ……失礼なことを言ってすまにゃい」


「いえ、よくあることなので。仲間内の冗談でお騒がせしてすまなかった」


 アイリスは懐疑的な表情を浮かべながらもようやくヴィオラの言葉を信じたのか半信半疑な様子でため息をついていた。


 ただ、否定の表現でありながらも直接的な言葉を避けたように思えたのは気のせいだろうか。


「それはともかくとして、貧しい村なものでもてなしのご用意はにゃいがゆっくりしていってください」


「本日は突然訪問してしまい申し訳ありません」


「いやいや、土産まで用意していただきこちらこそ申し訳にゃい。それに、そろそろ来るのではないかと思っていたところです」


「さっそくなんですがあれから転生者様のご様子は……」


「うむ……前回も具合はよくなかったがここ最近はずっと寝たきりでの。気になるところではありましょうがいまは眠っておりまして、できれば起こさぬようお静かにしておいていただきたい」


「わかりました」


 二人の会話を耳にしながらユーリはゆっくりと家の様子を見回した。


 リビングには六人がけのテーブルが一つ置いてあるだけで他に家具と呼べるものはなにも見当たらなかった。隅にはちょうどモイティベートが一人くつろげる程度の干し草のクッションが置いてあり、跳ね上げ窓にもガラスはついておらず森の中にあるものを使って建てられているようだ。


 キッチンなどもつくられていないようでこの家にあるのは簡素なリビングともう一つ、奥にある扉の先に続く別室だけのようだった。そこが転生者の寝室になっているらしい。


「どうしてここに転生者が住んでるんだ? モイティベートは他種族との交流を避ける魔物だって聞いてたんだけど」


 ユーリがそう訊ねると族長はしっぽをゆらゆらと動かしながら言った。


「彼女は我々の守り神にゃのです。もう十三年も前になりますかのぉ……当時この森には外からやってきたある魔物が住み着き大変悩まされておりましたんです。我々ではどうにもできにゃいし被害が出る前に住処を移そうかと話しあっていたんですが……あれはそう、とてもひどい大雨の夜じゃった。家の中で身を潜めて雨が降り止むのを待ち続けておりましたら村の外から助けを求める声が聞こえ、彼女が熱を出した赤ん坊を抱えてやってきたんです。聞けば住み着いていた魔物に襲われていたらしく助けてもらえないかと……」


 そこで族長は言葉を切り思い返すようにテーブルに目を落とした。それからユーリたちをぐるりと見回して落ち着いた声色で話す。


「我々は知っての通り警戒心が強く他種族との交流は好まん。村の者たちも気が進まない様子だったんじゃが、彼女が連れてきた赤ん坊には我々と同じしっぽや耳が生えていたんじゃ」


 それを聞いてアイリスが恐る恐るといった様子で問いかけた。


「それって、もしかして……アンゼリカちゃんですか……?」


「……あの子は我々と人間との混血なんでしょう。父親がどのような経緯で我々との子をつくったかはわからんが……母親は生まれて間もないあの子を連れてこの村へ逃げてくる途中で魔物に襲われ、アンゼリカを守るために命を落としてしまった。きっともともと住んでいた村を追いだされ、相当な距離を渡り歩いてきたんじゃろう……あと少しというところで、まったく無念にゃ話じゃ」


 魔物と人間との混血種。知性を持ち社会性を築く魔物は十数種類ほど存在しているものの、異種同士による子どもなんて聞いたことがなかった。


「それから彼女はアンゼリカの具合がよくなるまで看病をする傍ら、森に住み着いた魔物を退治しすっかり追い払ってくれました。その後も引き取ってもらえないかと懇願されましたが、いくら混血とはいえやはりアンゼリカには人間の血が流れておりましたから共に暮らすのは難しい判断でした。引き取ること自体はよいが我々とは食べるものも違いますし、なにより魔物に襲われても逃げ延びるための足がない。その事実に心を痛めた彼女は村の安全を約束する代わりにあの子をここへ置いてくれないかと頼んできたんです。特に行き先があるわけではなく地方を放浪していたようで、そんなわけで彼女はこの村の守り神として現在まで魔物から我々を守り続けてくれていたんですじゃ」


 話し終えた族長は喋り疲れたように長いため息をついた。物憂げな表情で耳を傾けていたアイリスが微かに目を伏せながら言う。


「……あたし、無神経なこと言っちゃったんだね」


「ん?」


「どうしてアンゼリカちゃんだけ人間っぽい見た目なのって、訊いちゃったんです」


「……憐れな子じゃよ。モイティベートにも人間にもなりきれず、あの子は曖昧な世界で生きていくことを強いられているんです。いまでこそ村の者も彼女を受け入れておりますが、それでもやはりあの子には負い目があるのかまだ幼いのに村の討伐隊に志願しましてな。危なっかしくて村の者もひやひやしとりますが、どうにか村の一員として役に立とうとしているんでしょう。ですが、まあ……あんたがそう気に病むことではありませんですじゃ。いずれあの子が自分自身の力で受け止めなくてはにゃらにゃいことで、それはあの子もよーくわかっておる」


 そこで族長は不意に耳をぴんと立てると背後の扉へ振り返った。どうしたのだろうとユーリたちもそちらへ目を向けると族長は椅子を下りながら扉の方へ声をかけた。


「軍の方たちじゃよ。具合は大丈夫かの」


 扉の向こうから声は聞こえなかったものの、族長は返事をするように何度かうなずくとやがてこちらへ向き直った。


「どうやら目が覚めたようです。ご挨拶をしたいそうで、よろしければ」


 体調がよくないときに大勢で行くのは気が引けたが族長は手招きをしてユーリたちを促し、五人はなんとなく顔を見あわせると席を立った。


「寒くはないかの」


 寝室にはベッドが一つと窓がついているだけの質素な部屋だった。どこからか手に入れてきた布のシーツをかけられた転生者がベッドで横になっており、先に寝室へ入っていた族長が枕元に立って気遣わしげに話しかけている。


 部屋は質素だったが殺風景ではなかった。壁にはこの村の住民と思われるモイティベートの肖像画やどこかの泉を彩った風景画、それになんらかのワンシーンを描いたような人物画といった様々な絵を描いた紙が張りつけられていたからだ。


 あまり上手とはいえず素人が趣味で描いたようなものばかりだったが、しげしげとそれらを眺めるアイリスの傍らでヴィオラは唖然としたように絵を見つめていた。そうして族長が枕の位置を動かしほんの少し身体を起こした転生者へ視線を移すと呆然とした声で呟いた。


「カスミ……?」

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