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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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猫好きの楽園

 モイティベートはとても臆病で警戒心が高く自らの縄張りに外敵が現れると戦うよりも逃げだして別の場所へ住処をつくる魔物だが、決して無抵抗というわけではなくむしろ天敵以外の生物に対しては果敢に立ち向かう攻撃的な一面も持っていた。


 その性質はとても排他的で種族内での仲間意識が強く、そんなモイティベートがなぜ転生者と生活を共にしているのかについては疑問でしかなかった。


「みゃあー」


 すると先を歩いていた集団の中の一匹が少女へ振り返り、彼女も同様に猫の鳴き声を返すと彼らは一斉に散らばってどこかへと走っていった。そうして少女がこちらへ振り返って小さく鼻を鳴らす。


「村はあそこにあるわ。狭くても文句を言わないでよ」


「はい」


 彼女が顎で示した先には草木を集めた大きな茂みがつくられていた。そこそこの範囲に渡って築かれておりあの中に彼らの集落が広がっているらしい。近づいていくにつれてユーリの後ろをついてきていたナーガが小さく不快そうに声を漏らした。


「……妙なにおいがしますね」


「なんの?」


「魔王様はにおいませんか。あまりよい気分のするものではないですが」


 そう言われアイリスたちに目配せをしてみたが彼女たちも気づかないらしく、ナーガは眉を寄せながらローブの裾で鼻を覆っていた。


「……魔物が嫌いなにおいでも撒いてあるのかもな。我慢できるか?」


「……はい。なるべく顔に出さないようにします」


 頭のいい魔物なのでこうした外敵への対策を講じていることにさほど意外さは感じなかったが、この様子だと他にも直接的な罠が仕掛けてあるかもしれないので気をつけておいた方がよさそうだった。


 そんなわけで他のモイティベートたちは見張りにでも行ったのか、ユーリたちは不機嫌そうな少女に連れられて彼らの村の前へとやってきた。けれど茂みはどれも鋭く尖った茨が絡みあっており押しのけて入ろうとしても怪我をしそうだ。


「ねえ、そこのあんた」


 そこで振り返った少女がユーリを見上げた。


「俺か?」


「そこの石を埋めてあるところが繋ぎ目になってるから開けてくれない」


 見たところナーガよりも少し年下のように思えるがそんなものはまったくお構いなしといった様子で、臆病だという話はいったいなんだったんだろうとユーリは思った。


 そもそもこいつはモイティベートなのだろうか。帽子の中に耳が生えているかどうかはわからないがしっぽの方はさっきからぴしぴしと自分の太ももを叩いているようだった。


「さっさとしなさいよ。手が塞がってるのが見えないの?」


「煮干しやかつお節を抱えてるから?」


 ぴしぴしぴし。


 微かに引きつった眉と共にしっぽがローブの中で暴れはじめ、ユーリは小さくため息をついて肩を竦めると茂みの前で膝を突いて茨をかき分けた。


「どいて」


 ふん、と鼻を鳴らしながらユーリの脇をすり抜けて先に少女が奥へ入っていく。背丈が人間と違うため屈まなければならなかったが彼女に続いてアリューズたちが続いていき最後にユーリも村の中へ足を踏み入れた。


 茂みの中は広々とした空間が広がっていた。整地された地面は短く刈り取られた草が芝生のようになっており頭上からは太陽の日差しが明るく降り注いでいる。村の中には大きな葉を集めて被せた二メートルほどの高さの三角形の家がいくつも建てられており、その傍らを歩く数匹のモイティベートたちの姿が見て取れた。


 ある者は縄を通した肉を屋根の下へ吊るしていたり、ある者は地べたに座りこんで数人でがりがりと石を削っていたり、またある者はひなたで寝そべってのんびりとあくびをしていた。


「わあ、たくさんにゃんにゃんがいるー」


 猫好きにはたまらない光景なのだろう。アイリスは普段よりも三倍は頭の悪そうな間延びした声で感激しながら瞳をきらきらとさせていたが、それを聞きつけたモイティベートたちは突然の来訪者に驚いてびくっと肩を震わせると持っていたものを地面に投げ捨ててすぐさま近くの家の中へ駆けこんでいった。


「あー……隠れちゃった……」


「軍の人間っていうのはこういう頭の悪そうな人ばかりなの?」


 残念がるアイリスを尻目に少女が冷めた表情で訊ね、それに対しアリューズは首を振って否定した。


「いえ、こちらは我々に協力してくださっている一般の方たちです。ちなみにこのお二方は転生者ですよ」


「こいつらが……?」


 胡散臭そうにじろりと睨みつけられたアイリスは少女の前でしゃがみ目線を合わせながらにっこりと微笑んだ。


「あたし、アイリスっていうの。よろしくね」


「訊いてないけど」


「猫ちゃんたちに会えるって楽しみにしてたの。あなたのお名前は?」


「なんで教えなきゃいけないの」


 どうやら相当嫌われているらしく愛想のかけらのない返事だったが、普段は人見知りをするアイリスも相手が猫だと気安く話せるのか怯んだ様子も見せずに冗談めいた笑みを浮かべた。


「じゃあチャトラちゃんって呼んじゃうよ?」


「……はあ?」


「茶色いトラネコっぽいから、チャトラちゃん。可愛いでしょ」


 馴れ馴れしく接するアイリスに少女は困った顔をしてちらっとこちらへ目を向けたがそうしているうちにアイリスが頭を撫でようと手を伸ばしたので彼女はさっと身を引いてきつく睨み返した。


「なんなのあんた、馴れ馴れしいのよ。わたしにはアンゼリカっていう名前があるの」


「そうなんだ。じゃあよろしくね、アンゼリカちゃん」


「別に仲良くするつもりないから」


「あ、ちなみにこの子はユーリくんっていうの。それでこっちがナーガちゃんで、そっちがヴィオラ」


「興味ないわよ。近寄ってこないで」


「他の猫ちゃんも言葉話せるの? ていうか、ずっと気になってたんだけどどうしてアンゼリカちゃんだけ人間っぽい見た目してるの?」


 不機嫌そうにしていたアンゼリカはそう訊ねられた途端に微かに表情を強張らせた。抱えていたお土産の包みが地面に落ちてどさどさと音を立て、アンゼリカは唇を引き結びながら大きなとんがり帽子のつばに手をかけて顔を隠すように目深に被った。


 訊かれたくないことを口にしてしまったと気づき戸惑いの表情を浮かべたアイリスへ吐き捨てるように小さく呟く。


「……だから嫌いなのよ、あんたたちって」


 そうしてユーリたちのあいだをするりと抜けるとアンゼリカは村の外へ走っていった。呆気に取られたようにその後ろ姿を見つめていたアイリスが困惑した様子でこちらに振り返る。


「えーと……」


「あーあ、泣ーかせた」


「や、やめてよぅ……」


「気にしていたのかもしれないな」


 ヴィオラはそう言いながらアイリスの肩にぽんと手を乗せるとそっと微笑んだ。


「あとで一緒に謝ろう」


「うん……」


 度が過ぎたと反省しているのかすっかり元気をなくしてしょんぼりと肩を落とす。アリューズは地面に散らばったお土産を拾い上げると気にした様子もなく村の奥を顎で示した。


「参りましょう。あそこにある大きな家に転生者がいます」

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