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水平線上のアルマティア  作者: 深波恭介
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絶望が覆う漆黒

 ごまかしついでに適当に言った通りを歩いていると服屋は実際にそこに存在していた。通りを歩いていく通行人たちから物珍しげな視線を浴びつつその店を見上げてユーリはなんとも言えない気分になっていた。


「さすが魔王様、たしかにありましたね」


 ショーウインドウに置かれたマネキンの着る服を眺めながらナーガが言う。


「さっそく入りましょう」


「待て」


 行こうとしたナーガの肩を掴んで引き止める。たしかに女ものの服屋ではあるんだけど……。


「……ちょっと派手すぎじゃないか?」


 普段着を何着か買うつもりだったのに、マネキンが着ているのはやけにフリルのついたモノトーンのワンピースだ。ユーリが抱くイメージだとこんなものを着ているのは富豪の令嬢かその屋敷でどこかに座っている人形だけだ。入口から店内を覗いてみても普通の服らしきものは置いてなく全体的にとてもファンシーだった。


「ナーガは嫌いじゃないですが」


「ほんとにこんなのでいいのか?」


「これでもナーガは乙女なところがあるんです」


「その服気に入ってるくせによく言えたな」


「愛着は姿かたちとは別のところに抱くものなのですよ」


「まあ、お前がいいって言うなら止めないけど……」


 必要になればまた改めて自分で買えばいいか。他の店を探してもよかったがせっかく気に入っているようなのでここに入ることにした。


「いらっしゃいま──」


 店内に入った途端に奥の方にいた店員が振り返り、こちらを見ていきなり絶句した。他に何人かいた客も二人の身なりを見てきょとんとした表情を浮かべている。


 揃いも揃ってこれから優雅を詰めこんだお茶会にでも行くような服装ばかりだ。我ながらこの場にふさわしくない恰好をしていると思ってはいるが、少なくともこの店内で二人に対して悪意のこもった眼差しを向けてくる者はいなかった。この世界の人たちは無闇に他人を貶めたりはしない。


「今日はどのような服をお求めですか?」


 一人の店員が笑みを浮かべて足早にこちらへとやってくる。とっても思いやりに満ちた世界ではあるけれど、さすがにあまり服に触れてほしくなさそうだったのでさっそくそばにあった服を手に取ろうとしていたナーガを止める。


「あまり派手じゃないものを三着ほど。これで足りますか」


 札束を取りだして店員に見せる。彼女はぎょっとしながら目を丸くしたが、どこか安心したような笑顔を浮かべ直すとナーガに顔を向けた。


「お好きな色などは?」


「絶望に覆い尽くされたような漆黒が好きです」


 無言でナーガの頭をぶん殴った。けれどやっぱり効いた様子もなく寝ぼけた顔でなにがいけなかったのかわからないといった顔で見返してくる。


 金属かなんかでできてるのかお前の身体は。


「あのー……?」


「似合いそうなデザインのものを選んでもらっていいですか。よくわからなくて」


「かしこまりました。少々お待ちください」


 店員はそう言って店内を見回すと歩いていきながらハンガーにかかっていた服を何着か選びはじめた。


「黒はいけませんか」


「絶望で覆い尽くしてんじゃねえよ」


「魔王様の好みかなと思いまして」


 俺のことをどんなふうに見ているんだこいつ。そう言っているうちにいくつかの服を抱えて店員が戻ってくる。


「こちらはいかかでしょうか。どれもお客様にとても似合うと思いますが」


 そうして選んでもらった服は漆黒とかわけのわからないことを言ったせいで黒い生地のドレスが多かった。他にも赤やベージュといった服もあり、けれどどれも普段着にするには派手なデザインばかりのものだ。


 周りに陳列された商品を眺めてみても軒並み派手なのは店柄的に仕方のないところではある。頼んだ手前あまり微妙な反応をすることもできず一つ一つ広げて悩んでいると奇跡的に一着だけ使えそうなものをユーリは見つけた。


「これなんかいいんじゃないか?」


 白を基調としたやや鮮やかな青の装飾が施された袖の長い襟つきのワンピースだ。胸の下で絞ってある大きなリボンが多少目を引くくらいでフリルも少なく、この店の中では比較的大人しめのデザインでこれなら町に出ても溶けこめなくもない。


 ぶっちゃけ魔法の世界だしこの程度は許容範囲というやつだ。場所によってはコスプレ会場かよと言いたくなるような様相を呈している町だってあるのだから。


「魔王様はこういうのが好きなんですか。いかにも清楚といった感じで少々ナーガの好みには合いませんが……」


「俺の趣味どストライクだな。これ着てる子がいたら惚れるわ」


「これにします。それと髪留め的なものはありますか」


 ちょろいなこいつ。微笑ましげにやり取りを見ていた店員はくすくすと微かな笑みを零しながらナーガにうなずいて近くにあった棚から二つの白いリボンを取ってきた。


「こちらもお客様にお似合いかと」


「……リボンですか」


「お嫌いでしたか?」


 ナーガは差しだされていたリボンをじっくりと見つめていた。表情自体はぼんやり寝ぼけ顔だが、どことなく微妙そうに感じてそうな雰囲気がある。そのままゆっくりとこちらに振り向いた。


「これではナーガの知的でクールな印象が損なわれてしまいませんか」


「頭悪くて無口の間違いじゃなくて?」


「ふふん、このナーガを見くびってもらっては困りますよ。これでも一族の中ではやるじゃんお前とよく言われたものです」


「残念だな、せっかく可愛いのに」


「ではこれで」


 こんな子どもだって引っかからない手で丸めこまれるのにいったいどこで知的な自分に自信を抱いたのだろう。


 店員はナーガの後ろに回ると肩の辺りでゆるく髪を二つに結んだ。少し落ち着かない様子で二本のしっぽを掴んで見下ろしていたが、やがてナーガは満足げに鼻を鳴らしてうなずいていた。


「他になにかお求めの品はございますか?」


「これと同じものをもう二着ください」


 とりあえず今日はこんなところかと会計に行こうとしたところでナーガがわけのわからないことを言いだしていた。


「別の色ですか?」


「いえ、同じ色で。ありますか」


「ありますけど……」


 店員が同意を求めるようにちらりとこちらに目を向ける。


「それだけでいいです」


「三着ほど必要なのでは……」


「せめて別のデザインにすりゃいいだろ。あの人いっつも同じ服着てるねとか言われてもいいのか?」


「好都合かと」


「なに目線の話してんだよ。ともかく、こんないい服は一着だけの方が特別な感じがするんだよ」


 そんなふうに店を持ち上げてごまかしつつ話を切り上げる。あとの服は別の店で改めて買うことにした。


「さっそく着替えても構いませんか」


「はい、ではこちらへどうぞ」


 ぶっちゃけまったく好みでもなんでもなかったのでその辺りについては多少の罪悪感がないわけではなかったが、とりあえず理由はどうあれ気に入ってくれたのならよしとしよう。人間というものは小さなうそを積み重ねていかなければ生きていけない生き物なのだ。


 店員に案内されて店の奥にあった試着室へ消えていくのを見送りながらユーリは小さくため息をついた。

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